不意に訪れる者もあれば
予定された時刻になっても来ない客もある
容赦なく時間が流れるかと思えば
まるで止まってしまったかのように
のろのろとしか進まない
時計の針のような時間も
春めいた風が急な上り坂を吹き上がってくる
空は晴れ温かそうな雲が空を流れていた
鳥の声が草むらすれすれに聞こえる
家に戻るとダフネはまだ玄関のマットレスの上で
毛布をかぶったまま眠っていた
褐色の海藻が細い足に絡まっているのが見える
かすかに毛布が上下しているのを確かめる
でもダフネを起こさないように
体温を感じそうな距離をすりぬけて
僕はリビングまで行ってソファに腰を下ろす
庭の方からさきほどの鳥の声が聞こえる
何事もなかったように静かな昼が来るようだ
パーコレータに残っていたコーヒーを飲む
今頃になって昨夜の酒が
頭の中にしこりのように残っているのに気づいた
座ったまま僕は夢を見た
満開の桜並木の土手にモーゼが立っていた
長い年月の経過にもかかわらず
モーゼは若々しく見え
土手の草むらに小指の先ほどの花が点々と咲き
家族連れらしい花見客の声が聞こえるのに
姿は見えない
モーゼが見上げると桜の大きな枝の上に
白い服を着た少年が腰掛けていた
少年が「モーゼ」と呼ぶと
モーゼは後ろ足で立ち上がって枝に伸び上がり
頭に少年が手を伸ばすと
みるみる大きなモーゼの身体が小さくなり
霞のような花の群れの中に消えた
モーゼを見下ろしていた少年が顔を上げて
こちらを見る
ダフネの顔だった
急に僕は親しい友を失ったときにように
胸の奥を焼かれるのを感じる
死の天使がモーゼの命を吸い込んで
止めようとする僕をその炎の矢で焼くのか
来るはずの客たちからの連絡はなく
午後が来て
ダフネが起き上がり
砂と土に汚れたまま部屋に入って来て
ソファの前の大きな食卓に手をかけてよじ上り座り直す
バス・ローブの裾が割れて
ダフネの足が僕の鼻先でぶらぶらと揺れ始める
僕とは目を合わせないまま庭を見るダフネの顔には
表情はなかったが
ほんのり血の気がさしていた
もしかするとダフネはもうモーゼのことを覚えていないのか
思わず僕は荒々しい気分になって
ぶらぶらさせているダフネの足を
両手で押さえた
ダフネはぴくりと動いて
こちらを向き珍しくまっすぐに僕の目を見た
それから手を僕の方に伸ばして
「モーゼ」と僕を呼んだ
ダフネ
僕を連れて行くのか
そう尋ねようとしたとき目が覚めた
ダフネが起きて部屋に入って来ていたのは夢ではなく
ダフネは庭に面したガラス戸の前に
いつもの膝を抱く姿勢で座っていた
夜が来た
七時半を置き時計が打った時に電話が鳴って
訪問客の一行が市内のホテルに着いたことを知らせる
手短かに明日の約束をした家の主が
ダフネのところに行って
たぶん叔父夫婦の名前を告げる
長い名前だった
ダフネは膝に載せていた顎を少しだけ上げたが
見上げようとはしなかった
それでもダフネがその懐かしいはずの名を
じっと聞いているのが僕には分かる
横顔のうす青い灰色の目が何かを見つめているからだ
「朝九時頃には来るだろう」と
振り返って僕に言い「何か食べよう」と付けたした
遠くで犬の声がしたような気がする
ダフネが顔を上げたので
彼女もそれが聞こえたのだろうと思った