夜のダフネ | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 風呂から戻るとダフネはもう寝ていた
 
 別の部屋を用意してくれていたのに 
 ダフネは首を振って嫌だと言った

 僕は別にかまわない
 ダフネが一緒に寝たがるはずもなかったし
 なんとなくついてきてしまったものの
 見慣れない家でひとりは嫌なのだろうと

 この部屋は僕たちが
 親子三人で泊めてもらった部屋だった
 窓際のベッドは僕がいつも使わせてもらっていた
 ダフネはそこで寝息をたてて眠っている

 あれから何年たったろう
 あの頃はまだ奥さんが健在だったと思う
 部屋は昔のままだ
 ひとりで暮らすと
 自堕落になる人とそうでない人がいる
 あの人はひとりできちんと生きているらしい

 時間は
 不思議なものだと思う
 かわるものと変わらないものがある
 偶然を奇妙だと思うときもあれば思わないときも


 眠って居たらしい
 目を開けると
 庭の崖側の照明が部屋の中をぼんやりと照らしていた

 いつ起きたのか
 ダフネは裸のままベッドの端に座って
 外を見ていた

 夜は波の音が聞こえる

 まるで月明かりのように
 庭の照明がダフネの横顔を浮き上がらせる
 初めてそんなダフネの表情を見る気がする
 忘れていた怒りに似た

 ダフネの心が戻ってこようともがいている

 君の国へ帰れ
 親戚が待っている花の国へ
 もう十分に
 君は君を罰しただろう

 窓ガラスが風に鳴った
 海を望む家は潮のにおいがする

 君の国へ
 今はそのままではないにせよ
 幸せだった場所に

 いつかまた偶然が訪れるまで