雲(一)竹内浩三
ふわふわ雲が飛んでいる
それは春の真綿雲
むくむく雲が湧いて来た
それは夏の入道雲
さっさと雲が掃いたよう
それは秋空 よい天気
どんより灰色 いやな雲
それは雪雲 冬の空
まあるい空のカンヴァスに
いろんな雲を描き分ける
お天道さんはえらい方
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もうすぐ発刊!
定本 竹内浩三全集「戦死やあはれ」
『日本が見えない』から11年。新しい作品を発見し、新編集した決定版!…ということです。
A5上製 布クロス装貼函入 760ページ
ISBN-13: 9784894348684
刊行日: 2012/8
定価: 9,975円





ふわふわ雲が飛んでいる
それは春の真綿雲
むくむく雲が湧いて来た
それは夏の入道雲
さっさと雲が掃いたよう
それは秋空 よい天気
どんより灰色 いやな雲
それは雪雲 冬の空
まあるい空のカンヴァスに
いろんな雲を描き分ける
お天道さんはえらい方
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もうすぐ発刊!
定本 竹内浩三全集「戦死やあはれ」
『日本が見えない』から11年。新しい作品を発見し、新編集した決定版!…ということです。
A5上製 布クロス装貼函入 760ページ
ISBN-13: 9784894348684
刊行日: 2012/8
定価: 9,975円





なんとなく国会中継を少しだけ見ていました。
自民党 たちあがれ日本 無所属の会 中山恭子議員が、静かな口調で「野田総理は日本を愛していらっしゃいますか?誇りを持って日本を愛していらっしゃると言えますか?」と野田総理に聞いていた。それには深い意味があるようだったので、野田総理は少しとまどいながら「愛しています」と答えた。
(以下に続きの答弁のみ)
中山議員「日本が古来培ってきた文化は貴重なものです。東日本大震災では被災者の慎ましい生活ぶりが世界に感銘を与えた。東南アジアの人びとは、日本人は慎ましやかで礼儀正しく、弱い者いじめをしないというイメージを持っています。日本人とはそう言う民族である思っているのです。日本を母国とするものは日本の文化を愛していかなければならないのです。またそういう日本人であるからこそ世界に貢献できる文化があると思うのです」
野田総理「日本人は貧乏だけど気高いものです。いまや日本は貧乏ではなくなりましたが、日本人としての気高さは残っている。それが震災時の被災者の姿に如実に現れており、世界に評価されるのです」
中山議員「今の日本は、責任は取らない、いじめもある、貧しくない者が良い思いもしている。今こそ日本人として誇りを持てる生き方を考えていく必要があると思う」
特に意味はないし、慎ましくもなく貧しくもない国会議員に「日本人とはこうあるべき」などと軽々しく語ってもらいたくないが、まあ、まともな人間が語った言葉と言う仮定で、この答弁の意味を考えてみたいと思います。
ミドリ安全.com
自民党 たちあがれ日本 無所属の会 中山恭子議員が、静かな口調で「野田総理は日本を愛していらっしゃいますか?誇りを持って日本を愛していらっしゃると言えますか?」と野田総理に聞いていた。それには深い意味があるようだったので、野田総理は少しとまどいながら「愛しています」と答えた。
(以下に続きの答弁のみ)
中山議員「日本が古来培ってきた文化は貴重なものです。東日本大震災では被災者の慎ましい生活ぶりが世界に感銘を与えた。東南アジアの人びとは、日本人は慎ましやかで礼儀正しく、弱い者いじめをしないというイメージを持っています。日本人とはそう言う民族である思っているのです。日本を母国とするものは日本の文化を愛していかなければならないのです。またそういう日本人であるからこそ世界に貢献できる文化があると思うのです」
野田総理「日本人は貧乏だけど気高いものです。いまや日本は貧乏ではなくなりましたが、日本人としての気高さは残っている。それが震災時の被災者の姿に如実に現れており、世界に評価されるのです」
中山議員「今の日本は、責任は取らない、いじめもある、貧しくない者が良い思いもしている。今こそ日本人として誇りを持てる生き方を考えていく必要があると思う」
特に意味はないし、慎ましくもなく貧しくもない国会議員に「日本人とはこうあるべき」などと軽々しく語ってもらいたくないが、まあ、まともな人間が語った言葉と言う仮定で、この答弁の意味を考えてみたいと思います。
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「ぼくのねがいは」竹内浩三(筑波日記 1944年6月8日)
ぼくのねがいは
戦争へ行くこと
ぼくのねがいは
戦争をかくこと
戦争をえがくこと
ぼくが見て、ぼくの手で
戦争をかきたい
そのためなら、銃身の重みが、ケイ骨をくだくまで歩みもしようし、死ぬることすらさえ、いといはせぬ。
一片の紙とエンピツをあたえ(よ)。
ぼくは、ぼくの手で、
戦争を、ぼくの戦争がかきたい。
竹内浩三:1921年に三重県宇治山田市に生まれた。34年に宇治山田中学校に入学。「まんがのよろづや」という誌名の回覧雑誌を作る。40年に日本大学専門部映画科に入学。42年には中井利亮、野村一雄、土屋陽一と「伊勢文学」を創刊。同年10月に三重県久居浜町の中部第三十八部隊に入営。43年には茨城県西筑波飛行場へ転属。44年1月1日から「筑波日記一」の執筆を開始。同年7月27日に「筑波日記二」を中断。12月に斬り込み隊員としてフィリピンに向う。45年4月9日、フィリピン島バギオ北方一〇五二高地で戦死(三重県庁公報による)。
当然の事だが浩三は本当に戦争に行きたいわけではない。人というのは素直になれないときには心と真逆の言葉を吐き出すものだ。人は決して強い生き物ではない。素直になれぬ者を諌めたりしない方がいい。誰もが苦しいときに素直な気持ちになれる自分に感謝する時がくるだろうから。
*浩三は現実に人が殺し合う醜い姿や、傷ついた仲間を救おうとする神々しい姿を記録者として描きたかったのかもしれない。ただし、心優しい浩三にはそんなことはできないだろうなぁ。
「竹内浩三集」よしだみどり編 藤原書店発行
ISBN4-89434-528-5 C0095 ¥2200

ぼくのねがいは
戦争へ行くこと
ぼくのねがいは
戦争をかくこと
戦争をえがくこと
ぼくが見て、ぼくの手で
戦争をかきたい
そのためなら、銃身の重みが、ケイ骨をくだくまで歩みもしようし、死ぬることすらさえ、いといはせぬ。
一片の紙とエンピツをあたえ(よ)。
ぼくは、ぼくの手で、
戦争を、ぼくの戦争がかきたい。
竹内浩三:1921年に三重県宇治山田市に生まれた。34年に宇治山田中学校に入学。「まんがのよろづや」という誌名の回覧雑誌を作る。40年に日本大学専門部映画科に入学。42年には中井利亮、野村一雄、土屋陽一と「伊勢文学」を創刊。同年10月に三重県久居浜町の中部第三十八部隊に入営。43年には茨城県西筑波飛行場へ転属。44年1月1日から「筑波日記一」の執筆を開始。同年7月27日に「筑波日記二」を中断。12月に斬り込み隊員としてフィリピンに向う。45年4月9日、フィリピン島バギオ北方一〇五二高地で戦死(三重県庁公報による)。
当然の事だが浩三は本当に戦争に行きたいわけではない。人というのは素直になれないときには心と真逆の言葉を吐き出すものだ。人は決して強い生き物ではない。素直になれぬ者を諌めたりしない方がいい。誰もが苦しいときに素直な気持ちになれる自分に感謝する時がくるだろうから。
*浩三は現実に人が殺し合う醜い姿や、傷ついた仲間を救おうとする神々しい姿を記録者として描きたかったのかもしれない。ただし、心優しい浩三にはそんなことはできないだろうなぁ。
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ISBN4-89434-528-5 C0095 ¥2200

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