名無しのリスの話(23)
キャンディのパパは言いました。
「何を言っているんですか、メープルさん!
ここまで私を来させておいて、黙って待っていろって、
ひどい話じゃぁないですか?
キャンディは私の大切な娘です。
あなたと同じ様に、あの娘の為なら、この命なんか惜しくありませんよ。
さぁ、早く、千年桔梗を捜しに行きましょう。」
その時、パパの目が鋭く光りました。
メープルは、パパと二匹で谷の頂上を目指す事を決めました。
さっきから吹き始めた、凍る様な冷たい突風が時折、
二匹が前に進んで行くのを阻みます。
こんな風に身を晒したら、足を後ろに戻されてしまうばかりか、
体温がすぐに奪われて、体がいっぺんに弱ってしまいます。
二匹は岩影に隠れながら、風が治まるのを待ってから、
一歩一歩着実に進んで行きました。
空からは、白い冷たい物も降り始めました。
辺りもだんだん暗くなってきました。
「雪だ!!
このまま降り続く様なら、体力が持つか分からないですね。
パパ、今日はこれ以上、先に進むのは諦めて、
さっき通り過ぎた所にあった、横穴の中に身を寄せましょう。」
メープルは言いました。
(つづく)
名無しのリスの話(22)
絶望の谷は、ウェスト・メープル・ウッズの北の外れです。
キャンディの住む巣穴から出かけた二匹は、途中の杉林の中で野宿して、
翌朝、一番から歩き続けて、お陽さまが空のてっぺんまで上った頃に、
ようやく絶望の谷に辿り着きました。
メープルは言いました。
「さぁ、ここが絶望の谷です。」
キャンディのパパはその景色の恐ろしさに、思わず息を飲みました。
大きなゴツゴツした岩の中腹にリスが一匹やっと通れるくらいの、
狭い狭い道が一本、岩の周りを囲んでいます。
谷底は恐ろしい程に深く、暗く落ち込んでいます。
もし、この谷底に足を滑らせたなら、きっと生きて這い上がっては来られないでしょう。
また、上の方を見上げると、はるか天に向かって、断崖絶壁がそそり立っています。
おまけに春一番の強い風が谷間をビュービュー吹き荒れています。
「キャンディのパパ。
この岩の周りには、所々もろくて崩れやすい部分があるんです。
今日は特に強い風が吹いています。
こんな日は、ここに慣れた者ですら、命が危ない。
まして、土地に慣れていなければ、なおさらです。
お願いです。
ここは僕に任せて下さい。
どうか、パパはここで待っていて下さい。」
メープルはパパにそう話しかけました。
(つづく)
名無しのリスの話(21)
キャンディのパパは蒼い顔をしながら言いました。
「メープルさん、話は理解出来ました。
娘の事をそこまで気にかけて頂いて、あの娘の親としては、
あなたに頭が上がりません。
でも、そんな危険な場所に、家族ではないあなたを行かせる事は出来ません。
折角のご提案でしたが、その件はなかった事にしてください。」
でも、メープルは諦めません。
「キャンディのパパ。
キャンディは僕の事を生まれて初めて仲間だと言ってくれたんです。
大した縁ではないと思われるかも知れませんが、
今までずっと一人ぼっちだった僕にとっては、誰にも代えがたい、
たった一匹の大切な仲間なんです。
その仲間の為に、命を賭ける事は無駄な話じゃぁないと思うんです。
どうか僕の気持ちを分かってやって下さい。」
メープルは涙を流しながら、パパに詰め寄りました。
パパは言いました。
「分かりました。
ありがとう。
でも、あなただけを危険な目に遭わせる訳にはいかない。
私もその絶望の谷まで、一緒に行かせて下さい。
それでは娘が目を覚まさない内に、今すぐにそこに向かいましょう。」
こうして、メープルとキャンディのパパの二匹は早速、
千年桔梗の種を探しに出かけたのでした。
(つづく)