メロンとマロンの部屋 -37ページ目

震災後に励まされたこと

我が家は,内陸で被災したので,当然配給はありませんでした。一番困ったのは,食べ物と燃料です。

燃料不足のせいで,商品が流通せず,メロンの好きな牛乳などの乳製品,納豆,お豆腐,パン,卵,なども,ずっと手に入りませんでした。

衛生用品も足りません。それから,通勤に車や公共機関が使えず,隣町まで自転車で通っていました。


そんな中で,地元のお店や生産者の方々ががんばってくださり,震災後初めて,店頭に乳製品や生鮮食品が並んだときは,本当にありがたく思いました。


電気がついた時も感動しました。

復旧のために,見えないところで,昼夜を問わず,ご尽力くださった方々が大勢いらっしゃると思います。

心から敬意を表します。


本当にありがとうございました。


我が家に電気が通って,真っ先にしたことは,安否確認です。

家の電話が何度も鳴り,15年ぶりに友人の声を聞きました。

25年来の学生時代の友人とも話すことができ,友だちと,時を越えてつながっているように感じました。

やがて,新聞に生活支援情報が掲載され,燃料が流通し始め,電車が通って,何キロもの自転車通勤をせずに済むようになった時や,飛行機が飛んで,帰宅難民だった身内が帰宅できた時も,本当にありがたいことと思いました。


人は,たくさんの人に支えられて生きているということを,深く感じます。


ワールドファミリーのスタッフの皆さんや先生方も,復興支援のため,東北で無料イベントの開催など,いろいろ取り組んでくださっています。


メロンとマロンの部屋


メロンとマロンも,復興支援イベントに参加してきました。

2人とも,先生方にお会いできてとても喜んでいました。


お忙しい中,遠いところまで来てくださって本当にありがとうございました。

停電中に

震災後,我が家も停電しました。

まだ,雪が降るころでした。


家の暖房は消え,

コンビニを含め,ほとんどのお店が閉店し,

電話もつながらず,もちろん,テレビも見られません。

携帯も,すぐ使えなくなりました。

電車やバス,タクシーが動かなくなり,道路のすべての信号がとまりました。

燃料不足で車も使えません。

防災用ラジオは,被害の大きさを繰り返し伝えていました。


そんな毎日のなかで

も,子どもたちには,できるだけ不安を感じてほしくないと思いました。

そこで,学校が休みになると,子どもたちのそばにいるようにしました。

一緒に本を読んだり,しりとりをしたり,カードで遊んだり,お話を聞かせたり,

いつもと同じように明るい声で話すようにしました・・・。

夜は真っ暗でしたが,小さなろうそくの火を囲みながら,家族で分け合って食事をしました。


ある時,ふと,充電済みだったミッキーマジックペンを 思い出しました。


メロンとマロンの部屋


箱から出してみると,ちゃんと作動します。

私はうれしくなって,マロンに渡しました。

マロンは,「すごい!」と言いながら,すぐに遊び始めました。

笑顔がいっぱいの絵本と,いつものミッキー,ミニーたちの明るい声が聞こえてきて,

一瞬,元の生活に戻ったような気がしました。

停電中,ミッキーのペンは,私達を励ましてくれたのです。


お休みしていました。


東日本大震災で被災された皆さま,そのご家族の皆さまに,心からお見舞い申し上げます。


今も何万という人々が避難され,不自由な生活を余儀なくされたり,また,深い悲しみに耐え,日々を過ごされている方もいらっしゃいます。


本当に胸が痛みます・・。


皆さまのお気持ちを察すると,言葉になりません。


どうか,体調を崩されませんよう,お体を大切に過ごされますように・・・。


そして,皆さまにとって心の癒しとなるもの,それがひとつでも多く増え,1日も早く元気を取り戻されますよう願っております。