ゆずのこと
今日5月2日は、娘のゆずの5回目のお命日です。
ゆずは10年間もの長い間、劣悪な繁殖場の檻に囚われ、やっと解放された時は末期癌で、
二重に不運な子でした。
でも最後の3ヶ月間は、短くてささやかだけれど、小さな陽だまりを見つけました。
それは少しは好運だったと、かあさんは信じたいのです。
名もないたくさんの繁殖犬が、一度も陽の光を見ることなく過酷に暮らし、
誰にも看取られず、哀しい一生を終えさせられているのですから。
ゆずという名の子は確かに居て、頑張って生き、そして死んだことを、どうぞ知ってやって下さい。
当時の拙ブログより転載させていただきます。
2016/5.2 の記事
先程、ゆずが天に召されました。
いつもとかわらず元気一杯で走り廻り、ご飯を催促していたのです。
午後から服部緑地に出掛けましたが、駐車場から公園に入ったすぐのところで突然倒れ、
ほぼ即死の状態でした。
さくら動物病院さんで必死に救命措置をして下さいましたが、命は戻りませんでした。
お腹の中は腫瘍で一杯で、大きくなりすぎた腫瘍が破裂した、ショック死だったようです。
ゆずは10年間繁殖場に囚われていた子です。
私は彼女に、悲しかった10年を必ず取り返してあげると約束しました。
なのに、たった3か月で、私の腕をすり抜けて逝ってしましました。
約束したのに、約束したのに!
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
2016/5.6 の記事
娘のゆずが、一生懸命生きた証に。
昨年の11月にゆずは繁殖場からレスキューされ、ちょうど柚子の実が色付き始めた頃でしたので、
預かりボランティアさんに「ゆず」という仮名をつけて貰ったそうです。
この小さな苗木がしっかりと根を張って、夏には緑の葉を繁らせ、秋には小さな実を付けて、
そして初冬に金色に色付き始めたら、かあさんはどんなに嬉しいでしょう。
10年間もの長い間繁殖場に囚われて、自由だったのはたった半年でした。
でもわずか3か月でもこの家で、この家族で、最後に穏やかな暖かな暮らしが出来たこと、
7cmの巨大な肝臓癌と多臓器転移を抱えていたのに辛い症状もなく、元気一杯だったこと、
直前まで楽しく散歩していた、苦しみのない突然死だったことを、
ゆず、あなたは幸運だったと思ってくれるでしょうか?
ゆずの身体を神様にお返しした翌日、
かあさんは公園をフィリオと歩いていて、このブログの読者と言われる方に声を掛けられました。
ゆずのことをご存じで、泣いて下さって、次に迎える子は里子にすると仰って下さいました。
ありがとうございます。
お一人でも里子を選択して下さることが、拙くてもこのブログを書いている目的です。
そうだ、ゆずの為にもブログを再開しなくては!
ゆず、あなたが会わせてくれたんだね?
いつまでもくよくよ泣いてばかりいても、きっとゆずは喜ばないでしょう。
今はまだ無理ですがもう少しだけ落ち着いたら、きちんと前を向いて立ち上がって、
ゆずと同じ境遇の子を、又迎えたいと思います。
ゆずがそう望んでいるような気がしますから。
ゆずが亡くなる前日の公園散歩です。
千里北公園の緑の丘で、大好きなボール遊びを、なんどもなんどもせがみました。
このお気に入りの黄色いボールも持たせましたから、きっと今頃は虹の橋のたもとで、
ボールを追い駆けて跳び回っていることでしょう。
ゆず、
さようならは言わないよ。
きっと又、会えるからね。
2016/5.8 の記事
今は、ゆずの遺した彼女の居場所には、同じ繁殖犬のショコラが居てくれます。
長い、私事の繰り言をお読みくださいまして、ありがとうございました。