コラム:円安の背景に日米金利差、違和感覚える国力低下論=尾河眞樹氏(ソニーフィナンシャルグループ執行役員兼金融市場調査部長)(24年4月27日 ロイター日本語電子版無料版)

 

記事の概要

(1)「ドル1強」

(2)「ドルを買わざるを得ない需要」

(3)「「ドル買い需要」が一巡するまでドル円の堅調地合いは続きそう」

(4)「国力の低下で深刻な問題だと不安を煽ら円の先安観が強まれば、今後さらに円安を後押ししていく可能性」

(5)「バブル崩壊後に円高・デフレになったのは経済力が弱かったから」

(6)「2022年以降の急速な円安は、ほとんどが日米金利差で説明がつく」

(7)「コロナ禍を各国は「財政出動」と「金融緩和」のポリシーミックスで対応」

(8)「FRBの資産残高はリーマンショック前の約8倍「マネーがジャブジャブの状態」」

(9)「マネーがジャブジャブだと少しでも金利の高い通貨にマネーが向かいやすい」

(10)「ドル騰勢は米国のインフレ抑制、政策金利見通し次第」

(11)「日米の10年金利が4%と1%になってもドル円は140円割れない」

(12)「円安は国力低下の反映」

(13)「リーマン後の円高・デフレの負のスパイラルは「異例の金融緩和」で克服した」

(14)「金融緩和の継続と円安が長期化したため財政赤字慢性化、ゾンビ企業温存という副作用が起きた」

(15)「内外インフレ格差を無視した円安が進めば国力の低下を招く」

(16)「成長戦略を推し進め、労働生産性と資本生産性を高める必要がある」

 

記事[東京 25日] - 

 

(1)「ドル1強」

円安・ドル高が止まらない。年初来の対円の通貨騰落率(4月24日時点)を見ると、円が全面安となっている一方、外為市場で取引量が多い主要10通貨のうち、ドルの上昇率は9%でトップとなっている。

まさに「ドル1強」状態だ。

ドル円は155円ちょうどの大台に乗せたが、目標値としては(あくまでテクニカル分析だが)、年初来の上昇トレンドチャネルの上限が位置する157円ー158円付近、さらに上抜けると、1990年4月以来となる160円20銭が視野に入る。

 

<強制的なドル買い需要>

 

(2)「ドルを買わざるを得ない需要」

ドル円の上昇トレンドが強まると、重要な抵抗線を超える度に、ドルを改めて買わなければならなくなるケースが増えていく。

つまり、前向きな「ポジションメイク」というよりは、ドルを買わざるを得ない向きが炙り出されている可能性もある。

 

(3)「「ドル買い需要」が一巡するまでドル円の堅調地合いは続きそう」

介入警戒感がある分じりじりとした値動きであるため、利益確定のドル売りや、ポジション調整の円買いも持ち込まれにくい状況だ。

相対力指数(RSI)や日米実質金利差などから見ても、足元のドル円はややオーバーシュート気味ではあるものの、こうした「ドル買い需要」が一巡するまでは、ドル円の堅調地合いは続きそうだ。

 

<国力低下論、にわかに浮上>

 

(4)「国力の低下で深刻な問題だと不安を煽ら円の先安観が強まれば、今後さらに円安を後押ししていく可能性」

エネルギーの輸入価格を示す「円建て原油価格」は、足元1万3000円付近まで上昇。2022年6月のピークだった1万6000円台には及ばないながらも、中東情勢の緊迫化による原油価格への上昇圧力と円安が相俟って、国内では更なる円安に対する不安の声が高まっている。

「足元の円安は、日本の国力の低下によるものだという論調」

確かに、日本の人口減少や財政問題などを踏まえると、人々の将来に対する不安は根強い。

さらに円安と関連付けて「国力の低下だ」「深刻な問題だ」と不安を煽られると、円の先安観が強まれば、今後さらに円安を後押ししていく可能性もあるだろう。

 

<違和感覚える論調>

 

(5)「バブル崩壊後に円高・デフレになったのは経済力が弱かったから」

「国力」とは、国語辞典には、「国の勢力。国の経済力や軍事力などを総合した力」と説明されている。

世界最強の軍事力を誇る米国と日本の差は歴然であり、今に始まったことではないので横に置くとして、「経済力」についてはどうだろうか。

バブル崩壊以降、「失われた30年」と言われるほど景気の低迷が続いた日本の経済力は、「相対的に弱かった」と言えるが、ドル円が急騰し始めた2022年からのこととは言えないだろう。

そもそも、バブル崩壊後に円高が進行し、2011年に1ドル=75円台の超円高に見舞われた際、日本では「円高・デフレ」のスパイラルが大きく問題視されていて、「経済力」は極めて弱かったことは誰もが知るところだ。

こうした点からも、最近の円安の背景を「国力の低下」だと単純に説明するのには、やや違和感を覚える。

 

<日米金利差が円安ドライバーに>

 

(6)「2022年以降の急速な円安は、ほとんどが日米金利差で説明がつく」

為替レートの決定要因は、もちろん金利差だけではない。しかし、結論から言えば、2022年以降の急速な円安については、ほとんどが日米金利差で説明がつくと筆者は考えている。

これまでも述べてきた通り、日米実質金利差(10年)とドル円は長期にわたり連動しているが、特に2021年7月以降直近までの期間を取ると、相関係数は0.94と極めて高い。

 

(7)「コロナ禍を各国は「財政出動」と「金融緩和」のポリシーミックスで対応」

これには、2020年のコロナショックが影響していると思われる。パンデミックにより、世界各国は共通の危機に晒された。

したがって、どの国も「財政出動」と「金融緩和」のポリシーミックスによりこれを乗り越えようとした。

 

(8)「FRBの資産残高はリーマンショック前の約8倍「マネーがジャブジャブの状態」」

この結果、各国中央銀行は量的緩和を一気に拡大。

米連邦準備理事会(FRB)は、2022年6月から、欧州中銀(ECB)は2023年3月から量的引き締め(QT)を実施しているため、それぞれ中央銀行の資産残高はピークアウトしているが、それでもFRBのバランスシートは依然として、リーマンショック前の約8倍、コロナ前と比較しても約2倍となっている。

このように、金融市場において中央銀行の資金供給量が拡大している状態、つまり「マネーがジャブジャブの状態」になった。

 

(9)「マネーがジャブジャブだと少しでも金利の高い通貨にマネーが向かいやすい」

おいては、イールドハンティングで、少しでも金利の高い通貨にマネーが向かいやすくなり、金利差の変化に対する為替レートの感応度も高くなっていることが考えられよう。

2021年後半からの米国の利上げ観測、2022年3月以降の実際の利上げ開始とこれらに伴う米国金利上昇が、円安・ドル高を促してきた。そして、今年は米国経済の予想外の強さに、利下げ観測が後退するなか米長期金利は再び上昇。ドルも騰勢を強めているという格好だ。

 

(10)「ドル騰勢は米国のインフレ抑制、政策金利見通し次第」

このトレンドが明確に転換するかは、米国のインフレ抑制、政策金利見通しが今後どう変化するか次第だが、米インフレの粘着性を踏まえれば、年内FRBが利下げに踏み切ったとしても、利下げ幅は限られるかもしれない。

 

(11)「日米の10年金利が4%と1%になってもドル円は140円割れない」

先述した日米実質金利差とドル円の相関性から試算すると、今後仮に米10年金利が4.0%付近までしか低下しなかった場合は、もし、日銀の追加利上げなどにより日本の10年金利が1.0%付近まで上昇したとしても、ドル円の下落余地は143円前後となり、140円は割れないとの結果が得られる。

 

<国力を削ぐ長期円安>

 

(12)「円安は国力低下の反映」

話を「国力」に戻すと、日本がデフレを脱却できず、長期にわたり日銀が金融緩和を続けなければならなかったこと自体が、間接的に「国力の低下による円安」だと言えば、そう言えなくもない。

実際、2013年のアベノミクスでは「3本の矢」が注目を集めたが、結局は財政出動と金融緩和が政策推進の軸となり、肝心の成長戦略ではダイナミックな経済構造の変化は起きず、なかなかデフレ体質を脱却できない状態が続いた。

 

(13)「リーマン後の円高・デフレの負のスパイラルは「異例の金融緩和」で克服した」

先述した通り、2011年にドル円が75円台を付けた局面では、日本は超円高とデフレに悩まされていた。その後の日銀による「異例の金融緩和」により、円高・デフレの負のスパイラルを断ち切れたことは、日本経済に大きく貢献したと言えよう。

 

(14)「金融緩和の継続と円安が長期化したため財政赤字慢性化、ゾンビ企業温存という副作用が起きた」

ただ、その後も金融緩和の継続と円安が長期化したことにより、財政赤字が慢性化し、低生産性の企業(ゾンビ企業)が生き残るという副作用も発生している。

 

(15)「内外インフレ格差を無視した円安が進めば国力の低下を招く」

2012年以降、円の実質実効レートは下落し続けており、足元は55.87(IMF・2010年=100)と、プラザ合意前の円安水準(1982年の69.35)をも割り込んでいる。

更に今後も内外インフレ格差を無視した円安が進めば、人材の海外流出などをはじめ、一段の購買力の低下による「国力の低下」につながる可能性がある。

結局のところ、国力の低下が円安の要因というよりは、むしろ「長期にわたる円安が国力の低下を招く」ということなのではないだろうか。

 

<なるか「脱」米政策頼みの相場>

 

(16)「成長戦略を推し進め、労働生産性と資本生産性を高める必要がある」

一方、今年の春闘は大幅な賃上げとなり、いよいよ「賃金と物価の好循環」の兆しが見られ始めた。

低成長、低金利、低生産性の罠から脱却するには、規制緩和などの構造改革や、DXなどの情報化投資、人への投資の強化などの成長戦略を推し進め、労働生産性と資本生産性を高める必要があるだろう。

そうすれば、日本経済の成長力も高まり、高い金利が受け入れられる世界になっていく。

生産性の向上を起点とするこの「好循環」のチャンスを逃さないようにする必要がある。海外から日本への直接投資が増え、異例の金融緩和からの正常化も進めば、ポジティブな意味で円がじわり買われる時が来るのではないか。

しかし、そうならない限り、ドル円は米国の政策頼みの相場が続きかねない。

(編集 橋本浩)

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

 

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員兼金融市場調査部長、チーフアナリスト。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析を担当。著書に「〈最新版〉本当にわかる為替相場」、「ビジネスパーソンなら知っておきたい仮想通貨の本当のところ」などがある。