weisswurstのブログ -199ページ目

スイス旅行記(第3日目の1)

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コンサートの様子は別に譲り、観光の様子だけを追加します。

3日目、朝、目が覚めると昨日から降り始めた雨は一層激しさを増していました。
昨日の朝、ピラトゥス山に行くことを選択したことは間違っていなかったと思う反面、
この雨ではリギ山に行ってもハイキングは無理そうなだぁ~と思いました。

そこで、出発前のオプションとして考えていたウイリアム・テルの街、アルトドルフに
いくことにしました。この日のコンサートは18時30分と比較的早い時間の開演と
いうこともあり、ホテルの食事を取らずに、駅に入っているパン屋さんでサラダと
パンを買って、電車に飛び乗ります。

ところで、日本ではウイリアム・テルの名前で有名ですが、ドイツ語で書くとWILHELM TELL
と表記されるようですからヴィルヘルム・テルが正しい読み方なのでしょうね。

まずはフリューリエンという街までスイス国鉄に乗っていきます。そして、そこからは
ポストバスに乗り込みます。このポストバスというのは郵便配達用の車がついでに
乗客を乗せて走るといったものです。どこかの国の郵政問題と違って、使えるものを
有効に利用しているますね。親書がどうの。。。なんてことも言わないのでしょうし。

さて、フリューリエンからアルトドルフまではポストバスで10分くらい。
この頃には雨はかなり小降りになっていました。

アルトドルフの街に入ってくるとすぐに牛の絵のついた旗が目に付きます。
イメージ的に言えば、シカゴ・ブルズのイメージキャラクターに近いような牛です。
後でわかったのですが、スイスには27のカントン(州)があり、このアルトドルフは
ウリ州の州都で、この牛の絵はカントン(州)の絵になるようです。

街中に入ってすぐにウイリアム・テルの銅像がある広場に到着します。
どうやらここで息子の頭においたリンゴを射抜いたとされる場所のようです。

が、普通の観光地と違って、この銅像以外に看板などの目立ったものは何もありません。

ウイリアム・テル像から歩いて数分行ったところにはウイリアム・テル劇場があり、
そこでは定期的にウイリアム・テルの演劇が演じられているようです。
テル劇場の前は小さな広場になっていて、ヨーロッパでは良く見られるミニマーケット
が開かれていました。チーズやミルク、ハムといったものから花まで、車10台くらい
が集まってお店を開いています。

私もその場で買い物をしたかったのですが、残念ながらあまり現金の持ち合わせが無い。
銀行が開くまではあまり余分なお金を使っている余裕は無い。ということで、市内の散歩を
します。本当に小さな街です。30分近く歩きましたが、あまり特別な建物や光景も
ありませんでした。

会社の同僚へのお土産も買わなくては。。。と思って、銅像近くのお店に入りますが、
ウイリアム・テルを題材にしたお土産はほとんどありません。

もっとゆっくり散歩をする予定だったのに、観光案内図を見ても取り立てて見て回る
スポットもないようなので、そこからさらにポストバスに乗って、ウイリアム・テル
生誕の地といわれているビュルグレンまで足を延ばすことにしました。

今回の写真は、①ポストバス、②アルトドルフの街中の光景、③ウイリアム・テル像、
④テル劇場―の4点です。

がせネタ多くない?

本日はちょっと仕事に関連する愚痴。

ブログを書いているみなさんには仕事の内容を題材にしている方が
結構いらっしゃいます。
私の場合、職種という観点だけで言えば、平凡な事務職なのですが、
具体的にやっていることを書くとばれた時にいろいろありそうなので、
あまり具体的には書いていません。とりあえず、金融業の端くれで
ひっそりと仕事をしています。(まぁ、中間決算期の9月に旅行に
出掛けられるくらいですから、現業を行っている人ではない・・・
くらいの推測はつくかもしれませんが)

ところで、みなさんは新聞記事って全部信じてますか?
私は全部は信じていません。
〔その癖、「新聞に○○って書いてあったよ」とか言って
しまうのですが。(^^;〕

なぜか?
例えば、仕事の関係で政府や与党の会議の傍聴に行ったりすることがあります。
そのとき、翌日、新聞を見ると自分が受け止めた内容とは異なった記事が載って
いたりすることが頻繁にあります。記者自身が会議を傍聴できないケースもあり、
ニュースリリースを渡されて、それをもとに記事を書くことになるからなのでしょうが、
そういうことを何回か経験すると、結果として、その他の記事を見てもかなり
バイアスが掛かった記事になっているなぁと感じることがしばしばあるということです。

私の会社は小さな会社ですが、それでもたまには会社自体のことが
新聞記事になったりします。それとは別に、私がかかわっている
仕事(保険・共済関係)についても記事になることもあります。

が、この記事が問題なんです。

特に日経新聞。最近がせネタ多いんじゃないの?(アドバルーン記事も
多いような気もするけど・・・)
もともと、新聞記事というのは専門外の人が記事を書くことが多いので、
取材はしてるけど、バックボーンなどを取り違えてしまい、事実・真実とは違う
書き方になることが多々あります。
でもこの新聞社については、経済新聞社であって、経済ネタとして書いている記事にも
かかわらず、事実と全く違うってのはどうなの??

普段から電話の多い部署ですが、おかげで内容確認の電話とか来客とかが
2倍、3倍になってしまい通常業務にも影響が出てます。
しっかりしろよ、日経新聞!!

スイス旅行記(第2日目の4)

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今日はお昼の電話当番なのですが、電話も全然掛からずヒマなので、その時間を使って旅行記を
アップします。

ピラトゥス山からルツェルン市内へ戻って食事をすますと、午後からはワーグナー博物館に
足を伸ばします。

もともとルツェルン訪問の決め手は、ルツェルン音楽祭を聴くためで、当日の演目はマーラーの
交響曲第9番、通称マラ9。この曲、本当に難しくて、一般的になかなか良い演奏に
当たらない曲と言われます。その昔、バーンスタインがイスラエルフィル(IPO)を
率いて行った来日公演のマラ9は語り草になっていますが、そういうのは珍しいのでしょうね。
記憶が確かなら、前回私がマラ9を聴いたのはゲルギエフ指揮キーロフ管弦楽団の来日公演ですが、
この時も非常に出来が悪くて、一緒に行った知り合いともども、終演と同時にそそくさと帰った
記憶があります。

それはさておき、マーラーはワーグナーとブルックナーに影響を受けていると言われていますが、
そのためかマーラーが好きな人はワーグナーも好きな人が多いようです。ご多分に漏れず、私も
マーラーもワーグナーも大好きなので、この博物館には是非足を運びたいと思っていました。

ルツェルンでは、湖のほとりにあるトリプシェンという場所に家を借りて、そこでニュルンベルグの
マイスタージンガーや妻コジマの誕生日のために作曲したジークフリート牧歌などが書き残されて
います。

トリプシェンまではバスで10分くらいとなっていますので、距離にすると3~4キロだと
思いますが、これまた湖のほとりにある公園を散歩しながら進みます。写真にもありますが、
当日は非常に暖かく、フィァーヴァルテンシュテッター湖で泳いでいる人たちがたくさん
いました。と言っても、日本人の私からすると、「いくらなんでもこの気温で泳ぐのはちょっと
寒いんじゃない?」とは思いましたが。

湖にはヨットがたくさん浮かんでいました。確か、スイスは前回のアメリカズカップ(←ヨットの
世界一決定戦)のチャンピオンだったはず・・・という記憶がよみがえります。アメリカズ
カップの防衛戦は、チャンピオンの国で行われるはずなのに、海がないスイスでどうやって
やるんだろ?と思っているのですが、どなたかレギュレーションをご存知内ですか??
あと、前回はルイ・ヴィトンカップ(←アメリカズカップの挑戦艇決定戦)へ参加を取りやめた
日本ですが、次回は是非挑戦して欲しいものです。

そんなことを考えながら公園を抜け、ヨットハーバーを過ぎると、こんもりとした丘のような森が
見えてきます。そこがトリプシェンです。ここは市街地からちょっと奥まった場所で、さっきまで
目の前に広がっていたヨットハーバーが嘘のような静かな別世界が現れます。
ここにくると、どうしてジークフリート牧歌が生まれたのか分かるような気がします。こういう
気持ちになったのは、ザンクト・フローリアンにブルックナーを訪ねていったとき以来です。

博物館に到着したのは午後1時50分、午後の開館は午後2時なので博物館の周りをぐるりと
一周します。裏庭からみる湖の光景も非常に素晴らしいものです。定刻に開館後、中に入り展示物を
見て歩きました。展示物にあまり変わったものはありませんでしたが、ワーグナー本人が
利用していたイスやピアノが残っており、それなりに楽しめました。ただし、展示物自体
あまり多くないので、普通に見れば2~30分もあれば十分かもだと思います。

私もぐるっと一回りして、博物館を後にしました。
とりあえず、ホテルに帰り2時間ほど仮眠をしてから夜のコンサートに挑みます。

今回の写真は、①湖のほとりの公園で甲羅干しする人達、②ワーグナー博物館の案内板、
③トリプシェンの小径、④ワーグナー博物館-の4点です。