8月8日(月) Monte Gaviola (3025m)

現地第1日、天気はそこそこ良いです。

 

 

写真はアパートのベランダから見る村の中心部方面。

前日の到着が遅くて買い出ししそびれたので、朝はまず朝食と昼間の行動食用の食材買い出しから。滞在地 Santa Caterina にはスーパーのようなものが2軒あり、まずはアパートに近い方に。普通の食材はまあ普通に棚に並んでいるのですが、パックされたハム・チーズとかパンの棚が見当たりません。奥の方に人が対応する肉とチーズのコーナーがあって、ハムソーセージなんかもここで言って切ってもらうようになっています。パンもその後ろに置いてあって、言って取ってもらうシステム。(写真撮りそびれましたが、分かりますでしょうか?)

最低限の買い出しして、朝ごはん(パン)食べて昼用のサンドイッチ作って身支度していたら、出発は結局11時ちょい前。ガイドブックと地図みて計画していたコースの中には「山頂往復2時間半」なんてのもありまして、迷わずこの日はこのコースに。滞在地は標高約1800m、そこから Gavia峠(2621m)を越えて反対側へ抜けるまで道路があり、峠の駐車場から Monte Gaviola (3025m)を往復するというのがその「山頂往復2時間半」コース。

ってことで、この日行った辺りの地図を。



 

峠へ向かう道路は、道幅結構狭くて急カーブもありますが、路面はそこそこきれいに舗装されています。我々が行った時間帯は車の通行量も少なく、ヒルクライムを楽しむ自転車族がいっぱい。景色もいいので自転車で登ってもなかなか快適な道ではないかと。ただ路面がそんなに良好でもないところがあるのでダウンヒルはあまり飛ばせないかもです。

九十九折をぐいぐい登り、傾斜が緩くなって周囲が開けてからもしばらく走ると、小屋と駐車場となんかモニュメントが。峠に着いたようです。車を停めて、身支度して、写真撮って、歩き始めます。時刻は11:24。

 

 



正面遠方の氷河をまとった山は Punta San Matteo (3678m) かな? 

この橋を渡ってすぐのところに分岐があって、そこから Monte Gaviola へ向かう道があるはずなんですが、分岐の標識には「Monte Gaviola」がありません。なんで~?

ここまで来てからようやく地図をちゃんとみて気がつきました。車を停めたのは Gavia峠じゃなくて、その少し手前の Arnaldo 小屋のところだったんですね。何とも間抜けな。道が平らになって、小屋と駐車場があって、行き過ぎそうになると道が少し下り始めるように見えたので、ここが峠だと思い込んで何も疑いませんでした。歩き始めに地図見れば、湖が無いので変だなと気がつくはずですが、頭の中には「駐車場から東へ向かう道を行く」ってのがあったので地図も見ないで歩き始めていました。いや~、お恥ずかしいというか、慢心しちゃいけないなというか。

で、車まで戻って峠まで行ってもいいのですが、そのまま遊歩道を歩いても40分ほどの距離だというので後者で。





その遊歩道の風景。後方遠くのの雪を被った三角の山は Königspitze(独)/ Gran Zebru(伊)3851m、右手手前のは Pizzo Tressero (3594m), Pizzo Pedranzini (3599m) 辺りではないかと思います。




後方の建物があるところがホントの Gavia 峠。後ろの山は Punta di Pietra Rossa (3283m) ではないかと。




Monte Gaviola への分岐。




Monte Gaviola への登山道、最初のうちはこんな感じで随分幅広くて石が敷き詰めてあります。四駆自動車なら走れそうな感じ。




その登山道を上空から見た景色。フランクフルト空港を飛び立ってすぐ眼下に見えるライン川の三日月湖跡の景色を連想します。急な折れ曲がりがないところなんか、やっぱり車両が走るために作ったことを思わせます。第一次大戦の頃に軍事目的で作ったものでしょうか?

後方の山は Monte Gavia (3223m) 。ガイドブックには、この Monte Gavia のすぐ手前、Monte Gavia 南峰(3083m)まで行くというコースも出ていて、どっちを登るか少し迷ったのですが、てっぺんがすぐそばにあるのに行けない(岩登りルートになる)のは悔しいので「Gaviola」の方にしました。




Gavia峠の南側はすぐに傾斜がきつくなって九十九折。こちらも自転車族が続々と。




登山道も、上の方まで登ってくると車両が通れるほどの幅ではなくなりますが、それでも石をきれいに並べてよく整備されています。




頂上間近。







頂上記念&証拠写真。時刻は13:53、歩き始めから2時間半ほどでした。

 

 

頂上から見下ろす、、、




Gavia峠と、




Gavia峠と勘違いして車を降りたArnaldo小屋周辺。




山でオニギリは今回初めて。

少し前まで休暇先に炊飯器を持ってきてご飯を炊くことは考えもしなかった(炊飯器が100V仕様だったのもある)けど、先日のエタップ合宿でのご飯がとてもありがたく感じたので、炊飯器がかなりくたびれてきているのも口実に230V仕様の炊飯器を買いまして、早速持ってきたという次第。

しばし休憩の後、ぼちぼち下山。







 

 

 

峠の湖のところから北の方角。右の三角の山が Königspitze(独)/ Gran Zebru(伊)3851m、左の最高点っぽいのが Ortler (3905m) ではないかと思います。

更に車を停めた所まで40分ほど歩いて、、、本日の山歩き終了。時刻は15:25。




駐車場のそばに何か記念碑があります。花輪みたいなのが置いてあるので戦争慰霊碑か何かかと思いましたが、、、 「1914-1918」とかって数字は書いてないし、イタリア語しか書いてないので、結局なんだかわからないまま。

あとはおまけ写真です。




村にある、もう一軒の方のスーパーの様子。こちらの方が少し大きめです。




村の公共駐車場。夜間19時~7時は無料、昼間は1時間1ユーロ。さすがにイタリア人以外も一杯来ること考えたか、使い方ガイドは英語もあります。





アパートから徒歩2分の庶民価格ピッツェリアで夕食。

 

サラダとおつまみは、まあお値段なりでしたが、ピザとお肉は美味しくてコスパ素晴らしいです。ワインもメチャ安い。わざわざドイツ品種のワイン頼んだのは、この地方ではそれなりに作ってるので「どんなんかな~」という興味で。メニューには詳しく書いてなかったけど、出てきたのは微発砲で少し甘みがあってアルコール度数軽め(11%)のモノでした。それはそれで、こういうシチューションには悪くないです。

これにて現地第1日終了。

 

8月7日(月) 移動日、Santa Caterina di Valfurva(北イタリア)へ

前日の8月6日(日)は、Frankfurt City Triathlon にリレーで参加。私は自転車、カミさんはラン。更にその晩は打ち上げ(飲み会)があるので月曜日朝から出かけるのは厳しいなと思い、火曜日からの宿をとってありました。

ですが現地の天気予報を見ると、月~木はいいけどその後崩れると。じゃあ1日でも早く現地入りしようってことで、月曜夜の1泊分を急遽追加予約。こういうこともあるだろうと荷物の用意は前々日までにほぼ終えてあったのと、打ち上げでバカ飲みしなかったので、当初予定より1日早く出かけることが出来ました。

フランクフルトから滞在地 Santa Caterina di Valfurva まで約620㎞、Googleさんの予測で7時間半ほど。宿は21:30までに着けばいいのですが、できれば普通の時間にちゃんと食事をしたいので、10時に出て、渋滞ロスタイム1時間あっても18時半くらいには着くという目論見。

なんですが、なんだかんだで出発が遅れるのは世の常で、結局ウチを出たのは11時半頃。それでも20時到着ならまだ余裕だとタカをくくっていたのですが、、、現地まであと50㎞、1時間ちょっとというところで急に不安になりました。

Googleさんがお勧めするベストルートは、ドイツのFüssen近くまで高速で行って、その先も立派な国道で国境を越えてオーストリアを横断してイタリアに入り、最後の方で山道の峠越えでスイスを一旦通ってイタリアに戻るというもの。最後の方を除き、何度か通ったことがあるのでだいたいの感じは覚えています。

この最後の区間の山道が結構ローカルな道で、スイスへ一旦入るところの国境検問所も寂しげ。人はいなくて、一旦停止するだけでそのまま通過できるので良く見えなかったのですが、脇には「オープン時間」みたいな表示がありました。書いてある数字は読めなかったのですが、これみて急に胸騒ぎ。

7月上旬にエタップ遠征した時、宿はフランス、スタート会場もフランスなんですが、途中スイス領を数キロ通過しました。この道が畑の中のローカル道で、国境検問所も普段は人もいなくてそのまま通れるのですが、「オープン時間、7:00~19:30」の看板。

着いた初日、宿からスタートへの道の確認を兼ねて軽いライドに出たのですが、帰りはうっかりその19:30をちょっと過ぎていました。そしたら国境の遮断機はしっかり降りていて。でも遮断機の脇を自転車はすり抜けることが出来たし、そうじゃなくても自転車か徒歩なら畑を突っ切ればなんとでもなります。ですが、自動車でこの状況の遭遇してしまうと大変かも。

イタリアから一旦スイスに入ったあと、心細い山道をグングン登ります。この時点で時刻は19時過ぎ。これを登り切った峠のてっぺんが国境。もしここの国境が閉まってたら、、、引き返して、24時間開いている高速とか国道経由で行かないと宿にはたどり着けません。でもそうするうちに宿のレセプションが開いてる21:30を過ぎてしまう。お願いだから、次の国境、ウチらが通る時まで開いててくれ!!!

しかしこの峠越えの道、えらい高い所まで登りまして、なかなか着きません。国境が何時に閉まるか、そもそも閉まるのか閉まらないのか、スマホでざっと調べた限りでは分からないのですが、19:30をちょっと過ぎそうです。もしダメだったら、、、宿の1泊分無駄になるけど、その辺で一泊していくっきゃないよな、と腹をくくった頃にようやく峠に到着。峠にはしっかり検問所はありましたが、人は誰もいなくて遮断機も下りていませんでした。よかった!!



写真のタイムスタンプは19:32でした。心細い山道とはいえ、国境両側の地区を結ぶ唯一の道路なので、24時間開いているか、そうでなくても少なくとも19:30には閉まらない国境だったということのようです。そういえばエタップ合宿で通ったところは、すぐそばに立派な国道があってこっちは24時間開いていて、その脇の畑の中の国境が夜は閉まるというものでした。けど、今度からはこんなにドキドキしなくていいように、ちゃんと早く出て早く着くようにしようっと。

あとで地図見て、少し遠回りでもいいからもっとメジャーな道(高速や広い国道)だけで現地入りするルートはないかと探したのですが、いずれも相当遠回りになって時間のかかるものしかありません。やっぱり基本的にはGoogleさんを信じてあまり大きな間違いは無いようです。

滞在先の休暇アパートには20:30くらいに着きましたが、チェックインやら駐車場探し(アパート付属のは全然数が足りなくて満車、周辺路上は全面駐禁)に結構時間がかかり、食事に出かけられたのは21:20くらい。スキーリゾートとはいえ小さな村で、この時間で食事できるところがあるのがかなり不安でしたが、村の目抜き通りに面したちょっと高そうなレストランはまだオッケー。安くはないけど、フランクフルトで同じような雰囲気の店で食べるのよりはだいぶ安くて、それよりなにより十分美味しかったです。さすがイタリア。



まだ本題の山歩きに到達していませんが、長くなったのでこの辺で。
 

山歩きをちょっと本格的に始めたのはサラリーマン2年目くらいの頃。それ以来、ほぼ毎年夏休みは山歩きに行ってます。結婚してからも続いていまして、ドイツへ来てからは本場アルプスへ気軽に行けるのが嬉しいです。しかしそれも30年ほど続くと、行き先選びがそれなりに大変です。

行き先選びに関して自分で勝手に決めたガイドラインは以下の通り。
・高山の景色、アルプスのどこかか、そうでなければピレネーか、ノルウェーか。
・できれば立派な氷河が間近で見られるところ。
・できれば「頂上」に立ちたい。更に欲を言えば3000m以上の。
・でもスキー場などがあまり目に入らない所。
・一般ハイカーでも普通に行ける所、つまり岩登りや氷河歩きがないこと。

ドイツへ来て最初の5年くらいは「地球の歩き方、アルプスの山歩き」が主なネタで、いわゆる有名所をいくつか廻りました。そのうち自分で決めた行き先ガイドラインがだんだんうるさくなり、「地球の、、、」ではネタ切れになりました。それからは会社同僚にお勧め聞いて、自分でもガイドブック買って読んで、、、で行き先考えるのですが、毎年結構悩みます。

今年も行先探しで「Alps 3000m Wanderung」なんかでググっていたら、いくつかの山の記事が出て来るほか、ガイドブックが数多く出てきました。中には「Alps easy 3000m mountains」なんてそのものズバリのタイトルの本もあります。Amazonなどで目次ページあたりをチラ読みして、今回買ったのはこの2冊。



 

 

 

 

目次は山の名前と標高のリスト。色分けは難易度で、青が「易しい」、赤が「中くらい」、黒が「難しい」。この色分けはスキー場のコース案内なんかでもヨーロッバ内共通で使われます。

具体的にどれくらい易しいか~難しいかというと、例えばスイス山岳会なんかがT1~T5で表すスケールを定めていて、ガイドブックやネット上のコース案内なんかでもしばしば使われています。

 

 

 

 

このT1~T5のグレード分けと、青・赤・黒の関係は1:1でもなく、各ガイドブックが想定する読者層によって微妙に違うようでして、この2冊の場合はだいたいT3までが青、T4が赤、T5以上が黒の関係にあります。

岩登り難易度としては、UIAA(国際山岳連盟)が定めたグレード分けがあって、ローマ数字のIからXI+で表します。Iはすでに「手を使う必要がある易しい岩場」で、前述のハイキングルートのグレード分けT4くらいから難易度Iの岩場が登場します。

我が家の場合、だいたいT2~T3の範囲を対象にしていまして、ごく稀に、T3+になっているけどガイドブックの記事や地図の雰囲気で大丈夫そうな感じの時にそういうコースを辿ることもあります。


で、ようやく今年の行先の話。

今年はスイスよりもオーストリアか北イタリア、いわゆるチロル~南チロルの気分でした。一昨年はスイスのヴァリスで、去年はチロルでしたが怪我した直後で大人しい所しか行きませんでしたので。


ガイドブックと地図を睨めっこして選んだメイン行き先は、Suldenspitze (独語)/ Cime di Solda(伊語)、3367m。ドイツ語とイタリア語の両方の名前が地図にも書かれているのは、この場所が旧オーストリア領で今も独伊2言語が公用語になっているボルツァーノ自治県と、昔からイタリアであったロンバルディア州の境界線上にあるからでしょう。

「それは何処?」と訊かれても、あまり有名なところでもないので答え方に困ります。なのでまず全体図からご紹介。

 

 

 

 

まず大雑把には、ミラノ、ヴェネツィア、インスブルックを結ぶ三角形の重心近くと言ってよいでしょうか。もう少し近くにある著名な街として、Davos(ダヴォス)、St. Moritz(サンモリッツ)、Bolzano(ボルツァーノ)の3カ所に目印を付けました。もっとも、これらの街から滞在地まで、車でざっと2~3時間のところ。いずれも峠越えの山道経由になりますので。

山地の名前としては「Oltleralpen」(独語)または「Alpi dell'Ortles」(伊語)というそうですが、普通知りませんよね。主稜線から少し北側に外れた所にあるOltler(3905m)が最高峰なのでその名前が付いているのでしょう。

この辺り一帯は「ステルヴィオ(Stelvio)国立公園」でもあります。Stelvio峠(2757m)は一般車も通れる立派な舗装道路としてはヨーロッパで最高地点でしょうか? 自転車やってる人、自動2輪乗ってる人たちの間ではちょっと有名な峠です。

次に部分拡大図、その1。

 

 

 

 

Oltler(3905m)以下、3500m以上の山がいくつもあり、かなり規模の大きな氷河を抱えているらしいことが地図でも分かります。

主稜線上の3000m峰のほとんどは岩登りや氷河歩きを経て登る山屋さんの世界ですが、一般ルートで行ける3000m峰もいくつかあって、そのうちの最高標高でかつ広々とした氷河を目の前に見ることが出来そうなのがこのSuldenspitze。

現地には6泊、中5日の日程での滞在です。そのうち天気が一番良さそうな日に早起きしてSuldenspitzeを目指し、他の日は周辺の山へ行ったり近くの街へ行ったり、というのが大さっぱな計画。

結果的には、現地初日と3日目に別の山へ登り、4日目にSuldenspitzeに登りました。2日目は天気イマイチにつき山以外、更に4日目で山歩きには十分満足したので5日目も山以外。この辺についても追々書きますね。


ってことで、山歩き紀行が始まる前にごちゃごちゃいっぱい書いてしまいました。これだけじゃつまんないでしょうから、フライングになりますが、メインイベントのSuldenspitzeに登った日の写真をチラ見せしますね。
 

 

 

 

まずは朝のアプローチ。一般車道終点Pから1時間ほど歩いたところから、目指すSuldenspitze方面。

左手の立派な山はこの山域で2番目に高い、Königspitze(独)/ Gran Zebru(伊)、3851m。目指すSuldenspitzeは画面右端近く、ほとんど頂上には見えないなだらかなピーク。だから一般ルートで登れるわけですね。

 

 

 

 

Suldenspitze頂上での記念写真。後方はZufallspitze(独)/ Cime Cevedale(伊)、3769m。
その頂上直下から続く氷河がなんとも広大です。この写真ではちょっと感じが伝わらないけど。


以上、準備編+αでした。

 

 

旅行3日目の8月8日(月)はめぼしいオルガンの演奏機会が見つかりませんでした。

歴史的オルガンに限定しなければオルガン聴く機会はあるのですが、そういうのは旅行先でなくてもあるわけで、それよりはハンブルクならではの観光を優先しました。これはこれで、とっても面白かったので紹介しようと思いますが、まずはオルガンの方を書ききってしまおうかなと。

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第4日、8月9日(火)

この日はハンブルクの街の中心部にあるSt.Jacobi教会のオルガンを聴きに行きます。

 

 

大都会ハンブルクの街の中心ですから第二次大戦の空襲をもろに受け、この教会も激しく破壊されたので、今ある建物の大部分は戦後1960年頃に再建したものです。概ね1700年頃の形に再建しましたが、塔の屋根の部分だけはモダンなデザインで新造されました。言っちゃ悪いが、私の眼というか脳ミソには、なんかちょっとしっくりこないですね。
 

以下のオルガンに関する情報はWiki独語ページからの要旨抜粋です。

教会には大きなオルガンが2つあり、一つはシュニットガーがほぼ新造した楽器を修復再現したもの。

 

 

 

 

https://de.wikipedia.org/wiki/Orgel_der_Hauptkirche_Sankt_Jacobi_(Hamburg)

「ほぼ新造」と書いたのは、それ以前にあったオルガンの一部の部品は使い廻したらしいからです。シュニットガーはこの楽器を1693年にひとまず完成させ、更に後年に拡張して、4段鍵盤60ストップ、パイプ総本数約4000本となりました。当時ヨーロッパの北半分では最大のオルガンであったと。

その後もオルガンは拡張や改造を重ねたが、第一次大戦後にまず一度「オリジナルに近い形に戻す」修復が行われ、第二次大戦で破壊されたあとの修復を経て、1990年代にさらに徹底して「1762年時点の形に戻す」修復が行われました。この際に調律も当時のものに近い調律に戻されました。

先に書いた通り、教会は第二次大戦の空襲で激しく破壊されたのですが、オルガンの構成品のうち音色に一番影響があるとされる主要なパイプと「風箱」(パイプを立てる箱)は空襲前に疎開してあったので、シュニットガー作のオリジナルが今のオルガンにも使用されています。

オルガンの「入れ物」や演奏台(鍵盤やペダルなど)は疎開しなかったので破壊され、戦後の修復時に「1762年当時の姿に出来るだけ近く」復元されました。


もう一つのオルガンは1960年に新造、更に1970年に拡張されたモダンオルガン。

 

 

 

https://de.wikipedia.org/wiki/Hauptkirche_Sankt_Jacobi_(Hamburg)

シュニットガーオルガンは17世紀の姿に再現修復されたので、オルガンにとってやはり重要なロマン派以降の曲の演奏には適しません。でもこの場所ではそういう音楽も演奏したいということで、ロマン派以降の曲の演奏を念頭に置いたモダンなオルガンが新造されました。

教会堂の正面入り口上の「オルガンの場所」にはシュニットガーオルガンがあるので、この2つ目のオルガンは側方に設置されています。外から見える部分にはそんなに長いパイプもなく、ぱっと見「サブオルガン」みたいに見えるのですが、ストップ表によると4段鍵盤66ストップと、シュニットガーオルガンよりもストップ数が多いです。

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さてこの日、ここのオルガンを聴く機会が2回ありました。

1回目はMittagsandacht(昼の黙祷)の時間。毎週火曜日12:30~13:00にこの黙祷が行われ、その中で短いオルガン演奏が4回あります。
 

 

 

 

 

最初の前奏は、知らない曲ですがバッハよりずっと前の雰囲気。あとで曲目紹介があり、スヴェーリンク(Jan Pieterszoon Sweelinck、1562~1621)の曲とのことでした。

中間の2回は即興演奏?(紹介なし)

最後の後奏は再度古典で、曲目紹介があったのですが聞き逃しました。

コンサートではなくて礼拝(黙祷)で、集まった人も2~30人くらいだったでしょうか。

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2回目は夜20時からのコンサート。

この教会では7月と8月は毎週火曜日の20時からオルガンのコンサートをやっています。更に言いますと、これは市内中心部の6つの大きな教会でやっている「Hamburger Orgelsommer」というイヴェントの一環でして、この間は毎週火・水・金~日の5日はどこかでオルガンのコンサートをやっています。(土曜日は2箇所で!)

 



ただオリジナルに近い状態の歴史的楽器があるのはこのSt.Jacobi教会だけで、他のはモダンな楽器か、第二次大戦で破壊された歴史的楽器の復元(オリジナル部品も若干残って使われている)です。

この日8月8日(火)のSt.Jacobi教会のコンサートのプログラムはこれ。

 

 

前半はバロックの曲のシュニットガーオルガンによる演奏、後半は20世紀の曲のモダンオルガンによる演奏です。前者を目当てに来ている我々には全部バロックでシュニットガーオルガンでの演奏だと嬉しいのですが、、、主催者としては両方聴かせたいし、演奏者の方も両方弾きたい人が多いのでしょう。

なおバッハの命日である7月28日の特別コンサートは、オールバッハプログラムが演奏されたようです。

日曜日に聴いた2つのシュニットガーオルガンの響きにも十分に感激しましたが、大きな教会堂で聴くシュニットガーの大オルガンの響きはひときわ印象強かったです。


コンサート終演は21時ちょい過ぎ。夏至の頃なら昼間みたいに明るい時間ですが、8月となるともう十分夕方の感じです。




、、、というところで、プチ旅行のメイン目的は終了。

翌日はもう帰宅ですが、その途中にもう一件、オルガンとは関係ないアトラクション見物を予定しています。月曜日の番外編ともども、そのうち紹介しますね。

 

 

世間では夏休みの真っ最中。我が家も例年であれば山歩き旅行に行く時期なんですが、少し前に私が自転車でコケて怪我をしまして、山歩きはもう少し我慢した方がよさげ。

ですがウチの青年の学校も休みでヒマな時期、ウチでだらだらしているのも勿体ないです。何しようかとちょっと考えたところでひらめきました。「そうだ、シュニットガーオルガン聴きに北ドイツへプチ旅行しよう!」

クラシック音楽聴き始めたころからバロック音楽に興味があり、更に15年ほど前にはオルガンに触れる機会もありました。その後中断してしまったのが残念ですが。

その頃からCDの解説やらなんやらで目にして覚えたのが2人のオルガン製作者、Gottfried Silbermann(G.ジルバーマン)とArb Schnitger(A.シュニットガー)です。ドイツ語圏のバロック時代のオルガンではこの2つの名前がとりわけ有名らしいと。

G.ジルバーマンは主に中部ドイツで活躍した人で、以前仕事でドレスデンに足しげく通っていたときにドレスデンとその近郊にあるジルバーマンオルガンを聴く機会は結構ありました。

他方のA.シュニットガーはジルバーマンより少し前の人で、北ドイツ~北オランダで活躍した人。残っている楽器の多くもこの地方にあります。

解説本などで読む情報では、ジルバーマンの音は比較的地味でシュニットガーのは華やかだとか、バッハはジルバーマンのオルガンに触れる機会が多かったがホントはシュニットガーの音が好きだったとか。

北ドイツもオランダも、仕事や旅行で滞在する機会はほとんどなく、シュニットガーオルガンを聴く機会がありませんでした。じゃあそれ目的に旅行しようかってことをだいぶ前から時々思ってはいましたが、夏休みはいつも自転車イベントと山歩きで忙しくて、シュニットガーオルガンの旅はこれまで未実現。

それが先に書いた通り、この夏はどちらもお預けになったので、急遽オルガンの旅のチャンスが到来。とはいえ8月中旬からはなんやかんや予定があるので、数日の間にドタバタっと主な行き先と旅行日程を決めて、8月6日~10日の4泊5日でプチ旅行と相成りました。

行き先は聴きたいオルガンとそれらの演奏機会日程と、その他の便を考えてハンブルクに。

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第1日は移動のあと、夕方からハンブルク市内プチ観光。これの写真をフェイスブックで紹介しました。

続いて第2日の写真を紹介しようと思って写真を選んで解説書き始めたのですが、なんかごじゃごじゃ書きたくなってきました。じゃあ、書いてもすぐ後ろに隠れてしまうフェイスブックだけじゃなくて、あとからでも見つけやすいブログにも書いておことかと。

ってわけで、旅行第2日からの記録となります。ま、第1日も後で書き足すかも。

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第2日、8月7日(日)

この日は旅行の主目的の「シュニットガーのオルガンを聴きに行く」が2件あります。

シュニットガーのオルガン、どの場所にどんな楽器があるかというのは、ググって出てきた中からこのサイトを主に参考にしました。

http://www.orgel-owl.de/as/ind_aska.htm

どこでいつどんな演奏会もしくは礼拝があるかというのは、各教会やその町の情報サイトで。

そうして見つけた最初の1件が、Stadeという街のSt.Cosmae教会の日曜礼拝。ハンブルクの西の方、車で1時間ちょっとのところにあります。まずはこの教会と楽器から。

 

 

 

 

 

 

 

オルガンは3段鍵盤42ストップの立派な楽器なんですが、入れ物である教会堂はそんなに大きくなくて、ちょっと無理やり押し込んだ雰囲気も。建物が小さいので残響も短めで、その辺がちょっと残念と言えば残念。

解説: http://www.orgel-owl.de/as/as_stad.htm

Stadeの街は行くまで全然知らなかったのですが、昔はそれなりに立派なハンザ都市だったようで地図ではっきりわかるお堀跡に囲まれた旧市街がしっかり残っていて、オルガン目当てじゃなくてもハンブルク辺りから日帰り観光に来る人が結構いるような街でした。

 

 

 

 

 

 

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次に回ったのはStadeから更に西に車で1時間ほど行ったところにある、Lüdingworthという小さな村にぽつんと建つSt.Jabobi教会。

 

 

 

 

 

 

ここのオルガンの基本部分はシュニットガーの作ではなく、シュニットガーより一世代前のAntonius Wildeという人が作ったもので、これに後年シュニットガーが補修と増設をしたと。

 

 

 

 

 

解説: http://www.orgel-owl.de/as/as_lued.htm

ペダルの長いパイプ(16フィートの金属開管)がないのでこじんまりとした感じに見えますが、3段鍵盤35ストップと結構な規模です。

残念ながら旅行期間中に演奏される機会がなかったので「見るだけ」の訪問でしたが、教会堂の内装ともども観る価値十分、「行ってよかった」と思いました。

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この日の3件目はハンブルク近郊まで戻ったところ、Neuenfeldeという街のSt.Pankratius教会。

 

 

 




これも現地で案内表示見て初めて知ったのですが、シュニットガーは71年の生涯の後半生をこの街で過ごし、そのお墓はまさにこの教会にありました。

 



 

 

この教会&オルガンでは、4月から12月まで毎月一回オルガンコンサートをやっています。そのうちの一つが8月7日でして、我々の旅行日程を決めた一番の理由でもありました。

2段鍵盤34ストップと、規模としては先に見たLüdingworthのと同じくらいですが、16フィートのPrinzipal管があるので堂々とした見栄えです。

 

 

 



 

解説: http://www.orgel-owl.de/as/as_neuf.htm

教会堂の大きさも先の二つの教会よりかなり大きく、オルガンの規模とのバランスも良さげです。そういう先入観も手伝ったとは思いますが、実際に聴いた響きもとても自然で「これがシュニットガーの音色か」と一人勝手に感激していました。


、、、というわけで、なかなか充実した一日となりました。


続きは明日書けるかな?