一昨日くらいの帰宅中、後のギアがトップまで行かないのに気がつきました。変速ワイヤの異常(ささくれ立って切れる寸前)は何度か経験して、その場合はいつもレバーが重くなりましたが、今回はレバーは軽いです。レバーは軽いけどトップ側までチェーンが行きません。トップの2枚手前までしか行かない様子。なので最初、「ワイヤではないだろう、このところドロドロの中走ってるので、リア変速機に泥が詰まって、バネの力だけだとトップまで戻らなくなったのか?」と想像。

帰宅して、ペットボトルに汲んだ水掛けて泥を流しましたが症状変わりません。あとの8枚の間は普通に変速してくれるので、昨日もう一度会社まで乗って行って、近くの洗車場で高圧水洗浄。直ったかな?、、、全然直っていません。泥じゃないんだ。。。

帰宅して、明るい所でもう少し見てみました。どうやら変速レバーのところに引っ掛かりがあって、戻りが悪い様子。ロー側への変速動作が全然重くないのが不思議ですが、こうなるとやはりワイヤしかないなぁ、と。昨日はそのあと合唱のお稽古だったので自転車いじりする時間はなし。

今日は午後が雨~雪予報だったので車通勤、帰宅後自転車いじり。ワイヤの痛みが軽いうちだと、ワイヤを押せばタイコは抜けてきて、抜けた穴から新しいワイヤを入れることができます。それだとバーテープ剥がさずに済むのでラクなんですが、、、

反対側から押してもびくとも動きません。仕方ないのでバーテープ剥がしてみると、、、

 

 
切れる寸前やん。これじゃ押しただけで抜けるはずがありません。


まずはささくれ立ったワイヤを取り除けるだけ取り除き、残った芯をワイヤカッタで切って、レバー付け根のカバー外して細いドライバーとラジオペンチ使って、、、

 

なんとかタイコを引き抜きました。

 

 

こんなになってしまっていました。

ホントはアウターも一緒に替えた方が良いのですが、今日は根気が続かないのでインナーだけの交換。新しいワイヤ入れて張りを調整して、動作確認OK。

ワイヤーなんて安いもんだし、おかしくなる前に交換しておけば作業はもっと簡単なんだから、年に一回替えておけばいいんだろうなと、分かっちゃいるけど。。。

 

これを書いている2月26日現在、ドイツ各地でもコロナウイルス感染者発見のニュースが飛び交っていて、一部の街ではカーニバルのパレードを中止しました。来週末のハーフマラソンもヤバいかな。。。

家でブログ記事書くのは何のリスクもないし誰にも迷惑かけないので続けますか。

ドロミテスキーの2日目は、余裕をもって「一周」すべく、ホテルの朝ご飯を開始時刻の7時に食べて8時には出発、8時半に最初のゴンドラに乗るというのが前夜時点でのプラン。

、、、ですが早速私のチョンボで寝坊。スマホの目覚ましは6時45分にセットしたつもりでしたが、それは普段平日のためのアラーム。この日は土曜日なので鳴りません。朝方何度か目が覚めて、そのうち「えらい明るいけど、ホントにまだ6時45分になってないの?」と思ってスマホを見たら8時過ぎでした。

息子起こして、朝ごはん食べて、日焼け止め塗って着替えて、、、ホテルを出たのは9時半すぎ。前日の帰りに下見してあったSanta Christinaのゴンドラ乗り場脇駐車場に着いて、靴履き替えてリフト券買ったのは10時半。この時間でも駐車場はまだ余裕で苦労しなかったので助かりました。予定よりだいぶ遅くなったけど、普通に滑れば5時間くらいで一周できるらしいのでまあいいか。

「1周」の分かりやすいマップがあったので拝借。

 

 

緑とオレンジの、ちょっと太い線でだいたい四角く描かれたのが「セラ一周」ルートです。オレンジ色が時計回り、緑色が反時計回り。先に見つけた紀行文に「時計回りの方がリフト類の連絡がいいですよ~」と書いてあったので、我々も時計回りにしました。

我々のスタートは、地図で左上の角の「Selva」の更に左側のSanta Christinaです。ここから「1周」に出るには、まずゴンドラとリフトを乗り継いででCiampinoi(2252m)まで登ります。前日、一つ奥の街Selvaからゴンドラ1本で登ったのと同じところ。そのリフトの斜面が広々して気持ちよさそうだったので、まずここを2本滑ってから次へ。

頂上からSelvaの街まで滑り降りて、「歩道橋」で道路を越えて反対側(東側)の斜面の短いリフトに。そこから一旦Selvaの街に向かって戻る感じで滑ると、次の長~いゴンドラの乗り場。このゴンドラはまず東に向かい、途中駅で北東に向きを変え、この界隈の最高点、Dantercepies(2300m)まで連れて行ってくれます。

前日は間近から見上げたSassolungoが、ここからだと横から眺める感じ。いやー、それにしても景色最高。

 

 

 

ここから東側斜面の長~いコースを下り、Colfoseoのゴンドラ駅(1645m)まで。「一周」ルートは更に下のCorvara(1568m)まで下りますが、その区間はスキーで滑れるコースがないのでゴンドラで。この間、写真全然撮っていませんでした。


Corvaraからは南に向かう長いゴンドラに乗って、、、

 

 

Biz Boe山頂駅(2224m)まで。

お腹も空いたので昼ご飯に。レストハウスは新しくて立派な建物で、セルフコーナーのほか、サービス付きのちゃんとしたレストランもあります。我々はセルフコーナーでスパゲッティ。気温はプラスの一桁だったと思いますが、日が射して無風なのでとっても暖かくて、大半の人達は外で食べています。

 

 

話には聞いていたけど、山の上のゲレ食のスパゲッティも十分旨いです。一つだけ文句があるとすると、量が少なめなこと。街中のレストランでは確かにパスタ類はメインの前に食べる「一皿目料理」なんでしょうけど、ゲレ食でパスタ+メイン食べる人はそんなに居ないと思うんだけどなぁ。

ここから、「1周コース」には入っていないけど、更に上のVallon(2550m)まで行くリフトがあります。案内板では「黒色」、上級者向けってことですが、見たところそんなすごい斜度でもなさそうだし、広々して滑りやすそうなので1本滑ることにします。

こちら、そのリフト終点の風景。

 

 

 

この斜面を滑り降りると先ほどのゴンドラ終点のレストハウス前。一周コースは更に南に向かい、リフト1本分滑って、リフト1本乗って、またリフト1本分滑るとArabba(1602m)という町に着きます。

ここから一周コースを離れて南の方に向かうと、この界隈で唯一氷河らしい氷河のあるMarmorada(3342m)の頂上直下まで行けるのですが、今日は出遅れたので断念。1周する前にリフトが終わってしまうと帰るのがとっても面倒になりますので。

1周コースは、ここから南のPorta Vescovo(2478m)に向かうゴンドラかロープウェイに乗ります。ロープウエイは、固定ロープと駆動ロープがともに2本ある珍しいタイプ。強風とかに強いのかな?

 

 

ここの山頂駅も最近再整備されたらしい綺麗で立派なレストハウス。

 

 

 

今回思ったのですが、ドロミテはリフトやゴンドラの設備も、山頂レストハウスも、新しくて綺麗なところが多いですね。「山奥の自然景観が、、、」と考えるとちょっと複雑な気分ですが、でもそもそもリフト類を使うゲレンデスキー自体が自然保護とは両立しないもので、そのゲレンデスキーが好きでやってる自分が自然保護云々なんて言い出したら自己矛盾ですね。

余談ですが、日本でいう「ゲレンデ」は、元はドイツ語の「Gelände」でして、「野山」の意味です。スキーの世界では整備されたコース以外の「オフピステ」を指して、日本と反対の意味になります。整備された斜面は「Piste」または「Skipiste」です。

Porta Vescovoからの下り、最初の部分は結構傾斜があって少し緊張しますが、幸い雪質は硬くなっていないので怖いというほどでもありません。

 

下りきった所がPonte de Vauz(1851m)、無雪期は池があるんでしょうね。そこからはPordoi峠に向かう長~いゴンドラに。

 

 

この少し前から写真が少なくなっています。ちょっと雲が出て景色が見栄えしなくなったのもあるけど、あまりにずっと素晴らしい景色続きで感動が薄くなったのもあるかもしれませんね。なんとも贅沢な話ですが。

そのあとリフト1本分滑ってリフト1本登ると、Beldedere(2377m)。今更ながら意味を調べたら、「展望台」という意味の一般名詞なんですね。

この写真がその滑り出しのところかな?見覚えのある山容と再会です。

 

 

リフト1本+ゴンドラ1本分滑り降りた最低地点がPian Frataces(1715)、そこからゴンドラ1本登ると前日来た所に合流しました。

 

 

あとは昨日も通った所なので一層写真が減ります。途中お腹が空いたのでケーキ休憩は前日と同じレストハウス。意図したわけじゃないけど、時間的に丁度いい加減だったので。

 

 

あとはとりあえず、朝最初に上ったCiampinoi(2254m)の頂上まで戻ります。ここからは車を置いたSanta Christinaまで滑って降りるだけなので、リフト終了まで安心して滑れます。

 

 

朝も滑った広い斜面を3本滑って、最後は頂上から下まで滑って終了。ここがワールドカップのスーパーGのコースにもなっているというのは、立派なゴールゲートとポスターを見て初めて知りました。
 

 

写真の時刻は16時44分。実はまだあと2本くらい滑れたのかな?

この日のランニングウオッチのGPSデータから、横軸時間、縦軸標高のチャート。

 

 

延べ行動時間6時間半、水平移動距離75km、延べ獲得標高(=延べ滑降標高差)7700mってことらしいです。

「セラ一周」の印象は、まず景色が素晴らしかったことですね。コースは概ね滑りやすいです。この日は朝出遅れたのと、全部でどれくらい時間がかかるか読めなかったので、途中おいしそうなピステも寄り道しないで滑ったのがちょっと残念でした。また来ることがあれば、今度は要領が分かるので更に楽しめそうですね。

この日の晩ごはんは泊っている街の小さなビール醸造所併設レストランで。今時流行りのミニブルワリーかと思いましたが、100年以上まえからやっているビール屋さんでした。

 

 

 

明日はもう最終日です。

 

 

先週末、木曜日午後から月曜日までを有給休暇にして、息子と二人でドロミテまでスキーに行きました。今回はカミさんは家で留守番というか、手のかかる男どもがいなくいて清々する週末を楽しんだことと思います。

「私とスキー」みたいなのはまた今度書くことにして、今回の記録を。

ドロミテは、夏の山歩きでは何度か来ていますが、スキーは初めてです。自転車仲間の一人が毎年ここへ来て素敵な景色の写真を見せびらかしてくれるので、自分も一度行きたいものだと思っていました。

 

ドロミテ中央部のいくつかのスキー場はコースとゴンドラリフト類がつながっていて、Piz Boe(3151m)の周りをぐるっと一周できるようになっています。これをSella Ronda(セラ一周)と言って、ドロミテスキーの名物みたいになっているようです。我々も当然これを目指します。

息子が金曜日に休みを取れて、かつ私自身も合唱の本番も練習もない週末ということで選んだのがこの週末。あとホテルも直前予約なので、天気予報を見ながら「この週末が狙い目!」ってことで。スキーエリア内のホテルはバカ高いの以外は全く取れず、車で30分ほど離れた下界の街のホテルを確保。少しでも長く滑りたかったので、木曜日の夕方にウチを出てミュンヒェン郊外のホテルに泊まり、金曜日の昼にはドロミテに着くプラン。

ドイツ&オーストリア内は小雨でしたが、ブレンナー峠を越えたら青空。有名な話ではあるけど、出来過ぎ!

 

 

 

ドロミテ一周コースの登り口の一つ、Santa Christinaのゴンドラ乗り場脇には大駐車場があるのでそこに停めようと思っていたが、道路沿いでそれらしいP看板が見目に付かないので走っていたら集落を抜けてしまい、次のSelvaまで来てしまいました。こちらはゴンドラ駅脇にP看板あるも、満車。更に進んで、P看板を追いかけると空いている場所がありました。すぐわきからリフトも乗れるようなのでここでいいか。

時刻は12時過ぎ、お腹が空いているけど、ゆっくり昼ごはん食べるのも勿体ないのでそのままリフト半日券買って、ゴンドラでCiampinoi(2252m)の頂上へ。出来合いの大ぴなピザを切り売りしていたので、一切れ買って息子と半分ずつ食べて、滑り出し。

午後から「一周」はちょっと無理ですが、とりあえず「反時計回り」の標識にしたがって滑って、ゴンドラリフト類を乗り継ぎます。毎年行くスキー場は人が少なくてコブとはほぼ無縁ですが、ここの滑り出しは結構なコブ斜面。ボロボロの滑りで通過すればすぐに普通によく均したピステに。でも人工雪比率が高いせいか硬い所が結構あります。

ロープウエイの窓の正面に、有名な岩峰Sassolungo(3181m)。これだけでもドロミテ来てよかったなと。

 

 

次のリフトからは、同じSassolungoが少し違う角度で。

 

 

右側の鞍部まで無雪期はハイキングコースがあり、更に歩きたくない人用の小さなゴンドラも通じています。私も、25年ほど前にカミさんと来た時に、裏の方から登って、そののゴンドラで降りてきた記憶があります。

更に進んで、この地区最奥のRodella des Alpesまで。この日買った半日券は地区内限定なのでこの先のリフトには乗れません。時間的にも、ぼちぼち帰路に就いた方がよさそうで。

 

 

昼ちゃんと食べてなくてお腹が空いたので、途中でコーヒーとティラミスで休憩。一旦車のそばまで来ましたが、まだリフト最終まで時間があるのでもう1本。さすがに夕方の景色です。それにして、景色いい!!

 

 

停めた駐車場は下山コースのすぐ脇で、まさに車のところまで直接滑って帰れました。

 

 

帰りに通る、Santa Christina~Ortiseiの街では、道路脇にこんな氷柱(?)が立っています。噴水を出しっぱなしにして凍らせているようです。なんか、これもこの辺の名物らしく、数日前にググって見つけた方の紀行文にも出てきました。

 

 

途中少し渋滞あって、ホテルのある町Chiusa(伊語)/Klansen(独語)まで45分ほど。たまたま、手頃価格の部屋が取れたから泊った所ですが、なかなか素敵な街でした。この日は写真を撮りそびれたのでまた後日。

今日は雨の日曜日、久々に頑張って書いたけど、続きは何時書けるかな?

 

 

 

 

 

 

 

「Weingau」なんてのをブログのタイトルにしてますが、ワインのことそんなに勉強してないし詳しくもありません。でも数量だけは結構飲んでますか。

ワインが興味の対象になったのは、今から思うと、サラリーマン3年目か4年目の頃ではないかと思います。1984年頃です。

 

学生時分はオケ仲間と、会社に入ってからは同期や寮仲間と、飲みに行くのは専ら今でいう「居酒屋」の類で、飲むのはビールか日本酒。けどワインも「おしゃれな飲み物」として一応ちょっとは知っておかないとなー、くらいの気持ちでした。


「ワインと言えば、やっぱりフランス」が当時でも常識でしたが、あまりに王道通りじゃつまらないと思ったり、その王道のすごいマニアの人達のレベルに恐れをなしたり、前からなんとなくドイツという国には少し興味があったりして、ドイツワインから入ろうかという気分になりました。

 

あるとき会社の帰りに本屋でワイン関係の入門書みたいなのを漁っていたら、一冊の本が目に留まりました。「新ドイツワイン」(伊藤眞人著)。

 


この本との出会いでドイツワインへの興味が一気に高まりました。何度も何度も読み返したので、一部のところは諳んじて言えるくらいにも。私はこの本を勝手に「教科書」と呼んでいます。

その2年後に結婚して、新婚旅行はドイツ、初めてのヨーロッパ。うち1日、わがまま言ってラインガウのブドウ畑見物に行きました。醸造所を訪問しようとか、そんな大それたことは考えもせず、ただブドウ畑散歩。でも行くからには有名なところをってわけで、滞在地フランクフルトから比較的近いラインガウへ。DBのOstrich-Winkel駅からブラブラ歩いて、Schloss VorradsとSchloss Johannisbergを外から眺めて、Geisenheim駅までの半日散歩でした。

ワインにはカミさんもそれなりに興味持ってくれたので、ドイツワインは主に家飲みで。その頃は日本でのドイツワインは今ほどマイナーではなくて、デパ地下なんかではそれなりに品揃えがありまして、先の「教科書」に出ている有名なやつなんかも見かけました。もっともそれらは結構なお値段なので、ちょっと奮発するときにはそういうのも買いましたが、普段はお手軽価格のやつ中心。それでも2000円ほど出せば、一流醸造所の一番ベーシックなワインくらいは買えました。その後、赤ワインも少し飲むようになり、ロゼみたいに薄い色の昔風ドイツの赤ワインも結構飲みましたが、ぼちぼちフランスやイタリアのベーシックなやつも飲み始めました。

数年後にドイツ駐在に。この辺の経緯は別の機会に書きますね。

 

駐在先の最初の8カ月はデュッセルドルフ、その後フランクフルト近郊への移転が決まっていました。デュッセルでは、大抵はアルトビール飲んでいましたが、たまーにデパ地下でドイツワイン買って飲んでいました。ある日曜日の週末ドライブでアール(Ahr)地方のブドウ畑散歩も。

フランクフルトへの引っ越しは、最初はあまり嬉しくありませんでしたが、ワイン産地に近いって点では恵まれています。

 

カミさんとの最初のデートが東京のドイツワインを飲ませる店で、そのとき飲んだのが「Rauenthaler Baiken」でした。この選択は「やっぱりラインガウで、でもお値段もそんなに張らないやつで」という消極的選択でしたが、まあ「思い出のワイン」ですよね。

 

そんなこともあって、このラウエンタールのブドウの丘は、我が家の週末お出かけ先の定番になりました。あまり同じ所ばかりじゃもったいないので、同じラインガウのいろんなところにも行きましたし、その後もう少し遠出してのプファルツ地方も定番に加わりました。

駐在の最初の頃は自分のパソコンは持っていなくて、会社のやつは日本語が使えませんでしたが、そのうち一人一台、日本語も使えるのが貸与されるようになりました。まもなく一時帰国の際に日本語環境の自分用PCも買って、インターネットにデビュー。「ブログ」はまだなくて(知らなかっただけかも知らないけど)、「個人ホームページ」がちらほら。

 

コミュニケーション手段としては「メーリングリスト」がメインで、ドイツ在住日本人関係のMLに2つほど入っていました。そのうちの一つに、有名なガイゼンハイムのワイン大学(当時の正式名称は違うけどそれは省略)の学生だという人がいて、オフ会をきかっけに知り合いになりました。この人は日本で大学出てお酒の輸入商社に就職して、そこからの派遣でプファルツの著名醸造所で1年実習した後、もっと本気で勉強したいということでガイゼンハイムの学生になったと。

この人が言うに、「新ドイツワイン」はとってもいい本だと思いますけど、作り手情報はさすがに古いですね~。昔有名だったところでも、今は品質下がって評価が落ちたところもあるし、いま最高の評価を得ているところがこの本には出てなかったり、と。

 

じゃあ何を目安に、と聞いたところで「ゴミョー」(ガイドブック)の存在を教えてもらいました。「ゴミョー盲信ばかりじゃだめですよ~」と言う人達に出会ったのはそのだいぶ後。

 

それ以来、買って飲むワインはだいたい「今時評判の、、、」が中心になって今まで続いています。一部の作り手はすごい値が付くようになりましたが、大半はそんなことはありません。

 

「もっと無名の、安くておいしいワインを探して飲むのが醍醐味」ってのが正論で、実践してる人も多いのは承知です。だけど飲めるワインの量と種類には限りがあるので、ハズレを引く確率少ないことを優先して、「今時評判」路線を続けています。定年になって、もっと質素な生活しないといけないようになったら、そのときまた考えます。

10年ほど前に「自転車」が重要な趣味の一つとなり、さらに「2つ目の合唱団」に参加したりしたので、週末のブドウ畑散歩頻度はずいぶん下がりましたが、それでも年に何度か、天気のいい日にブドウ畑散歩に行くのはずっと続いています。

あとは、これからも普通に飲み続けられるように、肝臓あまりいじめ過ぎないようにしないとな、、、とずっと前から思っているのですが、実践が。。。。。





 

Facebookでは合唱のコンサートやカンタータ礼拝のときに宣伝したり写真紹介したりしていますが、その経緯などを書く機会がありませんでした。というか、そういうのは書いたとしてもFB向きの記事ではない感じですね。でもどこかに残しておきたいとも思う(自己満足)のでブログに書くことにしました。

合唱をちょっと真面目に始めたのは2007年のこと。もう12年以上続いています。参加しているのは近くの教会の合唱団、メンバーの大半は純粋な素人で、中高年比率が高いです。私なんかが「若手メンバー」になるくらい。
https://www.kirchenmusik-dreikoenig.de/index.php/de/kontakt-de/mitsingen/48-kantorei-sachsenhausen


発表の機会は年に5回ほどある「カンタータ礼拝」と、年に一度のコンサート。合唱団のメンバーの大半は素人ですが、ソリストとオケにはプロの奏者をお願いして本番を迎えます。

コンサートは、同じ指導者が主宰する「上手な方の合唱団」との合同で、それなりの大曲をやります。合同コンサートは隔年でアドヴェント(クリスマス前の季節)と受難節(イースター前の季節)に交互にやりまして、前者だとバッハの「クリスマスオラトリオ」が定番でこれに何か無名曲を追加し、後者は「受難曲」のことが多いです。J.S.バッハの「ヨハネ」もやらせてもらいましたが、C.P.Eバッハの「マタイ」とか、ホミリウス(Homilius)の「ヨハネ」「マルコ」など、ちょっと珍しい曲もやります。

 

 

J.S.バッハの「マタイ」や「ロ短調ミサ曲」などは、この団のメンバーには難しすぎると判断されているようで、「上手な方の合唱団」だけで演奏するコンサートで取り上げられます。

カンタータ礼拝は、普段の日曜日の礼拝から日を選んで、礼拝中の奏楽として大抵はカンタータを1曲演奏します。年に5回あるとしたら、3~4回はJ.S.バッハで、あとの1~2回がバロック期の他の作曲家の曲をやる感じです。後者では「フランクフルトでは初演」の曲をやることもちょくちょくあります。(これはコンサートでも同じ)

 

 

J.S.バッハの教会カンタータは約200曲が現存しますが、年に3曲で12年やって、これにコンサートでやった分を加えると、これまでに40曲くらいはやった勘定になりますね。そのうちリスト作ってみよう。

指導者はカントル(教会の音楽監督とでも訳せばいいのかな)で、この人は同時に楽譜研究などもやっていて、どこかの図書館などで未出版の曲の昔の筆写譜などを見つけてきては、現代譜スコアに書き直してこの合唱団での演奏機会に供したりします。

その合唱団でやる次のコンサートは4月4日+5日。モーツァルトの「戴冠式ミサ曲」をメインに据えて。全プログラムのちゃんとした曲名などはチラシを見ていただくのが確かですね。ちなみに、J.C.バッハのMiserereはわりとレア曲で、得意の「フランクフルトでは初演」だそうです。でもどうやって初演だと確認するんだろう?

 


新教ルター派教会のゲマインデ(地区単位の教会と信者の集まりとでも言えばいいのかな)に属する合唱団なので、コンサートや礼拝で取り上げる曲もそっち系のカンタータ類が多いですが、時々こうやってカトリック系の音楽も取り上げるのがまた嬉しいです。

私が合唱始めるようになった経緯とかは、また別の機会に書きますね。