実は、私の子供の時分、両親の仕事が良好な為に、普通の家庭よりも、少し贅沢だったかもしれません。
しかし、その裏腹で、両親と休日を楽しく過ごすような事は、大変に少なかったと思います。
しかし、それでも、私が小学校の高学年になると、徐々に個人商売は減退を迎えていて、今考えると、そんな予兆が、子供心に感じた事を覚えています。
更に、時間が経ち、私が高校生になると、両親の仕事は更に悪くなり、母から高校受験の時に、「出来れば、都立に行ってほしい」と言われた事を覚えています。
滑り止めで、私立は受けましたが、私の希望もあり、高校は、都立に行ったのですが、高校に入ると母からこう言われます。
「4月までは、お小遣いを渡すけど、5月からは小遣いを終わりにするから、学校の校則があろうが、アルバイトで自分で、小遣いを稼ぎなさい」
私は、5月から、アルバイトをするようになります。
また、「バイクや車が欲しかったら、自分で稼いで買いなさい、自分で稼いで買うのなら、私は何も言わない、免許も自分で稼いで取りなさい」
私は、高校生の頃から絶えずバイトを人一倍してきた。車の免許も自分で稼いで、取ったし、ある意味、自分に掛るモノをある程度、高校生の時分から自分で稼いで買ってきた。
貯金もするようになった。
だから、どんなに、自分が窮地に追い込まれても、人を頼る事はしないし、収入が無くても、ある程度の期間なら、貯金で何とかなる。
当時は、母の教えが、他人の家と違うので、少し厳しいとも思ったが、しかし、あの教えがなければ、私はだらくしていたかもしれない。




