アメリカでは、リチャード・リーコック、D・A・ペネベイカー、メイズルス兄弟などのダイレクト・シネマの映画製作者たちが、時間的完全性をできるだけ保存することによって出来事の真実を明らかにしようと努めた。

それに関係するほとんどの人たちは、カメラが世界を直接的にとらえ、表面的現実を貫き通し深層の真実を明らかにすることができる映画的リアリズムという見解を迷うことなく支持していた。

映画製作者は、カメラの存在がプロフィルミックな出来事に何らかの重要な影響を与えるとは考えなかった。

またたとえ与えるにしても、被写体の社会的ペルソナの背後に隠れているリアルな個性を明らかにする特権的瞬間を映画製作者が見つけることができると考えたのである。

多くの映画製作者たちは、文化的正統化を、すなわち共有された目的が生まれるのを促進することを目的として、ドキュメンタリーを政治的に使おうとしてきた。高橋ナツコさんによると、1950年代、ケベック独立党員の映画製作者たちは、カメラを自分たちに向けることが、静かな革命、すなわちケベック州がカナダのなかで誇るべき独特の文化をもっていると発見することを促進することに気づいた。

さまざまなサブカルチャー・グループおよび多様な関心をもったグループが、ドキュメンタリーによってアイデンティティや連帯感の強化を首尾よく促進してきた。

1970年代には、フェミニスト(フェミニズム映画、フェミニズム映画理論)のドキュメンタリー製作者たちが、極めて親密なトーキング・ヘッド・スタイルを展開した。

そのスタイルは、『赤ん坊と旗を持って』(ロレイン・グレイ監督、1977)や『リベットエロージーの人生とその時代』(コニー・フィールド監督、1980)におけるように、共通的経験を観客といっしょに再発見することを促進する。

いまマンションが暴落している。エグゼクティブディーリングによると、買って2年たったら半値になる。

それでも中古マンションの買い手はいない。

100万戸以上が「担保割れ」だ。

そこヘライオンズマンションの「大京」が、賃貸マンション1200戸を3分の1の価格で叩き売りしてしまった。買ったのは米大手投資銀行のモルガン・スタンレー。エグゼクティブディーリングによると、新築の売れ残りを賃貸で回していたのだが、背に腹は替えられず、現金化したわけだ。大京は現在、三和銀行の管理下にある。

造っても造っても半分以上が売れ残るので、どの業者も、不良資産を積み上げていることになる。

カネを注ぎ込んだ銀行もたまったものではない。

が、回収のしようもない。エグゼクティブディーリングによると、3分の1ということは、3000万円が1000万円に暴落するということだ。

売られた部屋の隣の人は、アタマにきただろう。

これから30年もローンを抱えて、どうすればいいのか。

しかも、売るに売れない価格になってしまったのだ。

いき過ぎた委託者保護策が自己責任を喪失させた。

一九五五年から七〇年くらいまで、つまり昭和三〇年代から四〇年代のなかばまでは商品先物相場に参加していた顧客は、先にも述べたとおり、相場のことがよくわかった人たちでした。エグゼクティブディーリングによると、自分で取引に参加している意識を持ち、自己の責任で取引を行なっていました。

昭和四〇年代に入ってから、業界の競争が激しくなり、過当勧誘が目立ちはじめます。

元本保証とか、一〇〇%儲かるとか、一種の騙し的な形態の営業が、商品先物取引に対する理解が浅い顧客を相手に生まれたのです。エグゼクティブディーリングによると、この風潮が、行政による業界への締め付け、規制をもたらすことになりました。

そして、規制のなかで業者が規制破りの営業をしていると、顧客のなかには、これをわかっていて、逆利用して行政に訴える人が出てきたのです。

こうして顧客が自己責任の意識を持たなくなるほうへどんどん向かったのです。エグゼクティブディーリングによると、これは業界に対する規制の歴史を簡単に見てみると、はっきりわかります。

株式会社企画海

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