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WEBマーケティング屋のブログ

WEBマーケティング屋ブログでは
・役に立つツールのご紹介
・業者任せにしない自社サイトの運営方法
などを中心にWEB担当者、中小企業様でWEBを活用したい
経営者、担当者の方々に向けて情報を発信していきたいと思います。

日野原重明先生

日野原先生の話については、昇地三郎さんがラジオ出演された頃から時たま話を聞く事があり
「人さまのお役に立つにはつらい経験も必要だと」

10歳の頃は1年間運動できなかった病気の経験があり
23歳の時は結核の病気で1年間殆ど何も出来なかった。

でも病気の経験が教訓を与えてくれた。
大変だけど上を向いて一緒に支え合う様な気持ちを同情ではなく共感する

一緒に感じるエンパシーを感じて人間は成長する

 


だから
死なない程度の病気をしたまえと。。

 

 

お二人に共通しているのが想像を絶する体験を何度も経験しながらも、最後にはその経験を前向きに捉えて前に進んでいる。

長生きして過去を振り返る機会のある方だからこそメディアに取り上げられるのかもしれませんが長生きできなく、年齢が若くして亡くなられた方でもお二人の様に立派な生き方をされていたのがきっと明治生まれ、大正生まれの方に多かったんだろうと思います。

 

7月11,12開催のリフォーム産業フェアにおいてお客様の新商品の内容を把握しに。

その際に配布されたがこちらの

10の工事別専門サイト

特定の工事に特化した情報が集められてユーザーに分かりやすい点が好評
毎月50~60件ほどの問い合わせがホームページ経由で来るとのこと

 

 

実際にサイトを見てみる

サービス別にサイトを持つ事で確かに専門、専用サイトの方が会社サイトに来てそこから深い階層で見ていくよりは見やすい&お悩みに対して解決してくれるかもしれないというのが多分すぐに見えるというのがあり

人ありきや雰囲気ありきではなくサービスがまずあって、そこを深堀していくという点において見習うべき点多々ありと改めて思います。

 

そこで課題になるのが

誰がやるか?

誰がコンテンツを作るか?提供するか?

が1つのポイントとして大きいかと。

実際に頭で理解し、そういう風にやってみるチャレンジしてみるというのは勿論ですが、本業ではないWEB制作を行うにあたっては業者さんに1サイト1サイト毎の依頼となると金額負担になる。

担当の方を置いた場合は、時間を要する、専任でおくまでの余裕が無い

+アップするだけではなく、アップした後の定期的な更新やメンテナンスまでを考慮するとやりたくても出来ないというケースが大半と想定されます。

だからこそ自分の仕事が成り立っている所もあるのですが、今後の中小企業さんが自社サイトだけではなく専門サイトやニーズ別サイトを持ちながら運営していくという点においては上記を逆手にとって

他がやれない理由が多いからこそチャレンジするチャンスではないかという視点で
チャレンジし続ける土台の支援を進めていきたいと。

言うからには自分のところでもWEBに関するニーズ別でのサイトを展開しながら自分自身を実験台にして事例を持って提案出来る形にしたいと改めて気づかされた所でした。

昔の社長の記事も


 

 

100年後も残って欲しい会社セミナー 100年後の子供たちへつなぐ人間が真ん中にある会社づくり
100年後も残って欲しい会社セミナー 100年後の子供たちへつなぐ人間が真ん中にある会社づくり
100年後も残って欲しい会社セミナー
100年後も残って欲しい会社セミナー
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100年後も残って欲しい会社セミナー 100年後の子供たちへつなぐ人間が真ん中にある会社づくり

第4期「100年後も残ってほしい会社セミナー」
開催:平成29年8月18日、19日一泊二日合宿形式
定員:20名 参加費 15万円(税込み・受講費・昼食2食・懇親会費・特別テキスト代含む)
事前振込完了を持って正式なお申込みとさせて頂きます。
会場 湯河原リトリート「ご縁の杜」〒259-0303 神奈川県足柄下郡湯河原町土肥5-4-6
電話番号 0465-64-0150 JR湯河原駅徒歩5分

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フォローアップ研修第1弾 アドバネクス埼玉工場

加藤雄一氏が代表取締役会長をされている株式会社アドバネクス埼玉工場を加藤雄一氏にご案内いただき、世界トップメーカーに育てられた現場を見学させていただくと同時に、加藤氏によるセミナーを開催致しました。

 

100年後も残って欲しい会社セミナー 100年後の子供たちへつなぐ人間が真ん中にある会社づくり

 

アドバネクス社では自動車部品や家電製品、プリンター、デジカメなどの精密機器に使用される、精密ばね・精密部品の開発・生産を展開し海外8カ国に製造・販売拠点を持ち、世界でトップクラスの生産シェアを誇ります。
品質管理の指標を「不良品率」から「良品率」という発想に切り替え
・良品を作る人のノウハウを共有
・良品を作り続ける人の行動習慣
を基に工場内での品質管理を行う事で、結果良品率99.8%という成果を達成されています。
工場見学でも掃除が徹底されている状況から、スタッフさんの品質管理におけるノウハウ共有が浸透し商品に1つでも不良品がある場合はラインをストップするという徹底した品質管理があるからこそ高い良品率を維持されています。

 

働く目的が変わってきた「やりたいからやる経営に」

人生の中で仕事に占める割合は生活の中で大半を占める。

その仕事をやらされてやる、言われたからやるという意識ではなく「やりたいからやる経営に」という事で現場で働いている社員さんがどうすればやりたくなる気持ちになるかを加藤会長は大切にされ、そのやりたいという意識になるために行った事(オプションマネジメント)を事例を踏まえて解説頂きました。

やりたい、そして選んだ働き方にするために「オプションマネジメント」が存在する。

例えばユニフォームの色が選べる、お客様が来社された際は飲み物のメニューがあり選択できる
自分が欲しい、自分が好む、そんな選べる経営を確率し働く人がやらされ感がなく自発的になる仕組みを確立されています。

そして、100年後も残って欲しい会社セミナーでも加藤会長が常々仰る「他の人と違う事をやる」「変化に対応し変化を創る」
過去の成功は失敗の基になってしまうと共に成功は陳腐化する。時間が経つと他社が追い付いてきて陳腐化するのを考慮すると常に新しいものを生み出し続けなければいけない。

だからこそ「変化に対応し変化を創る」事が大切で、世の中が変化した分自分達も変化する。さらに自分たちが変化を創る。

状況に応じてベストの対応策がある

1人1人の価値観に対して何が喜んでもらえるか?そのためにどうしたらいいのか。
重要なのは「状況に応じてベストの対応策」があるという事。

状況によって常に変化しているのが前提であり、状況を無視して正解がある訳ではない。

だから、誰かが意見した事に対して不採用するよりも状況が変われば今不採用でも採用される意見かもしれない。常に状況の変化を見極めて今何がベストな選択肢なのかを考え、そして1人1人の意見を聞きながら今使えなくても将来使える可能性があるという視点で選択肢をストックしておく。

 

毎回運営メンバーで集まりながら、どう素晴らしいセミナーにしていくか。次のステップはどう価値を高めていくかも毎回終了後に行っています。

100年後も残って欲しい会社セミナー 100年後の子供たちへつなぐ人間が真ん中にある会社づくり

 

今回は第3回の訪問となりました。

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夏には”大”花畑になる予定の、ヒマワリの管理作業を行い、今後も皆さんと一緒に創り上げる事を楽しみにしています。ご興味のある方は是非ご参加下さい。

 

いい会社東京首都圏勉強会

今回の勉強会では、6月末に見学会を実施したワイスタイル様の紹介

 

ワイスタイル様はケーキを通じて人を幸せにする

過去に訪問させて頂いた 夢ケーキの菓匠SHIMIZUさんとのつながりも深く

菓匠SHIMIZUの清水社長との出会いから会社、社員さんに対する意識が変わってきたとのことです。

一般的にパティシエの継続勤務年数は平均2年いないといわれており、正社員で就職できるのは非常に厳しい状況でもある中、ワイスタイル様では清水社長との出会いから日々計画する事の大切さを認識しどの位の売上、利益が必要かを先に算出、そして人の大切さについても毎月パティシエさんを人として成長する為に様々な研修を用意し参加頂いているとのことです。見学会においては朝礼の段階から参加した時に、通常であれば今日どの商品をどの位製造するかを決める事が多いのですが、声を出すところからスタートし、技術だけではなく接客も大事。ワイステイル様では自分から辞める人はいないとのことで、独立してお店を出す方が殆どとのことですが、それも踏まえて独立の際に金銭面での支援から人としての成長の支援を会社に所属している段階から提供しているとのことでした。

2012年8月2日菓匠SHIMIZU様訪問

次回勉強会と合宿予定

次回の東京首都圏勉強会は9月2日を予定し

夏合宿は新潟エリアで9月10日から12日

スノーピーク

きものブレイン

八海山酒造

雪国まいたけ

フジイコーポレーション

を予定

 

 

法則は「人にやさしい会社になる」

4つの経営資源と言われる人物金情報の中で
いい会社の経営者に共通して見られるのは「人」が大切という事。

 

 

人が活かされる職場でなければ、元々情報を持ってくるのも、お金を稼いでくれるのも、物を動かすのも人が原点にあり
人を大切にできない、していない所は長続きする経営のモデルにはならない。
それを事例を踏まえて紹介頂きました。

 

 

 

例えばよくあるケースとして
「何で何回も言っているのにお前は分からないのか?同じ失敗をするのか?」という事に対して

出来の悪い人ではなく、理解出来なていない、それは理解する様に話をしていないから
心が離れてしまっている状態でいくら正論を言ったとしても本人が聞く気持ちにまずなっていない。
そこに何度も指摘をされたとしても、その場では対応しても見えない所で不平不満が出てくる。
そうなってしまった人が情報やお金を持ってきてくれるのか?というのを上司や上の立場の人間が考えなければいけない。

 

人は大切にされないと人も集まらないという事で
これからの時代、少子化の流れがある中において、女性、外国人、障害を持つ方を雇用していく際に
大切にする事を怠っているとそもそも応募が来ないという状況が生れてくる。

 

 

人を大切にするという事で何を行えばいいかというと、何をやったらダメなのか?何をやったら不幸になるのか?を知っておく事。

それは過去は変えられるという事と=であの時こういう事があったから会社を変える、考え方を変えるきっかけになった。

元々、いい会社の経営者は最初から何事も全ていい会社であった訳ではなく、様々な試練の中で変わるきっかけがあり、その時に5人を大切にするという考え方が共通している。

 

 

1 社員とその家族
企業経営とは,社員とその家族の永遠の幸せを実現するための活動

 

 

2 社外社員とその家族
協力工場や外注さん,仕入先,下請けの部品会社,ベンダーさんなどいろいろな言い方がありますが,外部経済で我社の仕事をやって下さっている人は,材料やコストではありません。景気の調整弁でもありません。人間です。これは,非正規社員のことではありません。非正規社員は,1 番の方です。我社の社員ではないけれど,我社の仕事をやっている人々のことを社外社員と位置付けなさいという経営学

 

 

3 現在顧客と未来顧客
現在顧客は,今日買い物をしてくれた方,我社に利益をもたらしてくれた方ですが,未来顧客というのは違います。我社の前を通っている人

 

 

4 地域住民とりわけ社会的弱者
地域住民というのは,社外社員ではありません。顧客でもありません。会社とは,直接関係を持たない方々も大切にする。とりわけ社会的弱者というのは,自分一人では歩くことも立つこともできないなどの弱き人々です。具体的には,高齢者や障がい者です。その方々の幸せづくりを支援することも,企業市民として大事な仕事だと思います。事実,業績がぶれない会社は,高齢者も障がい者もシングルマザー,シングルファーザーの雇用にも注力している

 

 

5 出資者・支援者
株主。しかし1 番目から 4 番目を追求している会社で赤字になった会社は,歴史上存在しないので,結果として幸せになると思います。

 

 

 

いい会社東京首都圏勉強会

 

7月7日「食と農と脳」をテーマに都立駒込病院篠浦伸禎先生、食養指導 児玉陽子先生 ナチュラルアート代表鈴木誠3名での対談を行います。

 

7月7日(金)18時から20時にて都立駒込病院 脳神経外科部長 篠浦伸禎先生、食養指導 児玉陽子先生 ナチュラルアート代表鈴木誠3名での対談を開催します。

 

(日時)7月7日(金)18時から20時 (懇親会 20時半~22時半)
(場所)赤坂(参加申し込み頂いた方に詳細をお伝えします)
(参加者数)最大20名(限定での開催となります)
(参加費)セミナーのみ5000円、セミナー+懇親会7000円
(テーマ)「食と農と脳」
主に地産地消における良い点と問題点を解説頂きながら、農、食、脳と各分野の視点においてこれからの在り方について対談を行います。

 

 

篠浦伸禎先生ご紹介
東京大学医学部卒業後、富士脳障害研究所、東京 大学医学部附属病院、茨城県立中央病院、都立荏原病院、国立国際 医療センターにて脳神経外科医師として勤務。1992年、東京大学医学部の医学博士を取得。同年、シンシナティ大学分子生物学部に留学。帰国後、国立国際医療センターなどで脳神経外科医として勤務。2000 年より 都立駒込病院脳神経外科医長として活躍し、2009 年より同病院脳神経外科部長。脳の覚醒下手術ではトップクラスの実績を誇る。「2015年12月12日週刊現代「人として信頼できるがんの名医100人」に脳領域で唯一選ばれるなど日本を代表する脳外科医師。主な著書に「脳は「論語」が好きだった」(致知出版社)、「脳にいい5つの習慣」(マキノ出版)、「人に向かわず天に向かえ」(小学館)、「驚異の「ホルミシス」力」(太陽出版)、「相性は脳で決まる」(エイチエス)、「逆境をプラスに変える吉田松陰の究極 脳」(かざひの文庫)、「脳腫瘍 機能温存のための治療と手術」(主婦の友社)、「人生の 主役になる脳の使い方」(エイチエス)他がある。

 

 

 

児玉陽子先生ご紹介
18歳で皮膚病、23歳で結核を患い日野式を実践、食養を学び、1969年から河野臨床医学研究所付属北品川総合病院で食養指導を開始、内科医の日野厚博士と共に、我が国で初めて一般病院(松井病院)に食養内科を創設し、40年近くにわたり2万人以上の患者の食生活指導にあたる。現在はフリーランスで活躍中。家庭における食生活の大切さを説き、多忙を極めている。著書に『臨床栄養と食事改善指導』『アレルギーにならないための離乳食』共著(緑書房)などがある。

 

 

ナチュラルアート代表 鈴木誠紹介
1966年、青森県青森市生まれ。青森高校卒業、慶應義塾大学商学部卒業後、1988年東洋信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)に入社。
ベンチャー投融資等を担当し、野村證券への研修派遣を経て、9年10 カ月勤めた銀行を退社。その後の2000年、慶應義塾大学院経営管理研究科(ビジネススクール)卒業(MBA取得)。奥村昭博研究室。2003年、株式会社ナチュラルアートを設立、現在に至る。農業・食品流通・食育・地方創生・店舗運営のプロデュース。

今回の講座では第1期卒業生で11期の講師、土橋優子さん、宮崎智美さんがゲストとして参加頂きご自身が体験した出産、子供さんの胎内記憶についてお話頂きました。

 

 

産婦人科医として38年間お産を見てきてわかったこと

母親の妊娠中、出産時の感情は出産そのものにも子供の成長にも影響する。

 

 

2008年フィンランドの研究により
子供達が行動や情緒面での問題が少なく社会的能力が高いのは母親の感情がどのような条件の時か?を調査した結果、1981年から17年間の追跡研究により
母親が出産直後、3ヶ月、3歳、4歳の時点で幸せを感じているのが16年後も子供に影響し続けているとの事でした。

 

 

お産は気持ちかもしれない

母親が自分のお産を安産と思ったお産(子供の記憶はプラスイメージが多い)
母親が自分のお産を難産と思ったお産(子供の記憶はマイナスイメージが多い)

母親の生まれた時の「幸せ感」が子供にいい影響を与え続けた。
子どもたちの発育において、社会に適応出来るか否かをお母さんの気持ちと絡めて調べた場合 出産後すぐと3ヶ月4ヶ月の場合で調べている中、生まれた時の幸せ感が子供にいい影響を与え続けた。

反対にマイナスイメージとして、子供たちが傷つくのは無視されること。
無視をされたり、虐待を受けた子供に見られるのは前頭前野が機能していないケースが見られ、我慢できない、集中力が欠ける、被害者意識が多いというのが見受けられます。その様な子に人の気持ちを理解しなさいと言っても人の気持ちが分からない

 

 

大切なのは妊娠、出産、育児と一連の流れで考えること

お母さんと子供さんがともに出産時だけでなくその後の幸せにつながるかについては、お母さんが子供が産まれる事だけに興味がいっていて出産時だけの喜び、幸せだけではなく
本来は妊娠、出産、育児と一連の流れがあり、子供が産まれる事だけではなくどういう子に育って欲しいかを妊娠時から考えて出産、育児につなげて頂きたい。それが将来の子供にとってもお母さんにとっても3歳4歳の時に幸せを感じれる可能性が高くなるのではないか。

 

 

 

 

胎内記憶について

胎内記憶の中でもポジティブな記憶とネガティブな記憶の違い


安産と思った人の子供の記憶は約95%がポジティブな記憶
退行催眠の結果、1980年、90年代の調査からは胎児の記憶がネガティブな記憶が多いという書物を見かけたが池川先生の調査結果からは95%の方がポジティブな記憶。それは、恐らく退行催眠を受ける方というのが生きづらい方が受けている方が多かったという事があり生きづらい方が行うとおなかの中でも生きづらいと感じる赤ちゃんが多い。それは伝えないといけないという事があり、胎内記憶を行うきっかけ。

(退行催眠)退行催眠は、記憶をさかのぼり、つらい出来事があった前の状態まで戻すことでトラウマを解消する療法。治療として取り入れられており、多くの人がトラウマを克服していると言われています。

 

 

 

映画うまれるの紹介

最後に池川先生から映画うまれるを紹介頂きました。
子供は親を選んで生まれてくるという胎内記憶をモチーフに、4組の夫婦の物語を通して自分たちが生まれてきた意味や家族の絆、命の大切さ、人との繋がりを考える作品です。
詳細はこちら

 

2017年6月20日(火)愛の子育て塾第10期第2講座

2017年6月20日(火)愛の子育て塾第10期第2講座

2017年6月20日(火)愛の子育て塾第10期第2講座

2017年6月20日(火)愛の子育て塾第10期第2講座

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2017年6月20日(火)愛の子育て塾第10期第2講座

2017年6月20日(火)愛の子育て塾第10期第2講座

ご祈祷・座禅体験

定期的に参加させて頂いております釈先生の護摩供養と座禅・瞑想の会
2017年7月16日 10:30


「竹寺」の本堂をお借りして、護摩供養を行います。
ご先祖様のご供養をし、皆様一人一人のご祈祷をします。
念珠や身につけているもののご祈祷も致しますのでお持ち下さい。
その後は竹寺名物の竹づくしの精進料理を頂き、座禅や瞑想も行います。

 

 

 

 

過去の講和会から抜粋

「日本とイスラエル」

日本とイスラエルついては
モーゼの話に遡るのですが
モーゼは実は桃太郎と非常に類似した過去があり
どんぶらこのお椀が川で流れてくるところから
これは神様が与えてくれた子供だと思い、育てられ
ただし、モーゼは自分がカナンの出身だということを知って
親子の対立が生じてしまうと。


モーゼは兄がいることを知り(名前はアロン)
アロンはパレスチナを建設し初代国王の名前がダビデであったと。


イスラエルは北イスラエルと南イスラエルとに分かれており、アシリア帝国が治めた後にバビロニア帝国が出てペルシャ帝国が出来た。ペルシャの立法で自治を認めていた時に、イスラエルに帰る事を許されている中で、唯一戻ったのがユダ族であったと。


ほかは東へ東へ移動して日本にたどり着いたと言われています。
また、日本にたどり着くまでにおいては朝鮮半島を経由して渡った経緯があるとの事で
その様な我々の文化文明がたどり着くまでの歴史や背景を知る事が重要であると説いていらっしゃいます。

 

 

 

「日本人はどこからきたのか」

日本史においては8世紀頃までしか研究されていない。しかし重要なのはその前の段階であると。
昔の昔を辿ると
私たちが教えられてきた「日本人は単一民族である」⇒ここが間違い
祖父母の世代では
尋常小学校では「神様の子孫」と習い天照大神とスサノオノミコトの日本神話があり、そのおふたりから続いていく日本人は神の直系の人間とされていた。

それに対し、旧約聖書の創世記では「土から神が人間を作った」との事

とここまで前置きで
「日本人は多民族である事(⇒ここ重要)との事です。
※世界で類を見ない位血が混じった多民族現在の教科書では縄文人からスタートする形になっているが、既に縄文時代には下記の様な民族がいたと。
宮古島や沖縄近辺のクマソ
鹿児島のハヤト
出雲のオロチ
難波のツチグモ
関東から岩手、青森にかけてエミシ
北海道のエゾ(アイヌ)

これらの民族は全て船に乗って狩りをしていた。
教科書にある様で無いこの紀元前の民族がどの様にして生まれたのか?どこから来たのか?
等々を講話会の中で聞く事が出来ます。


そしてお伝えすべき内容というのが
・上記の様な事を知らないor知るきっかけの場を作らなければいけないなと。同時に我々の祖先にあたる方々が素晴らしい文化、活動を海外に向けて展開していたという事
まだまだ幕末や戦国時代しか興味の無い人が多く、自分もそのうちの1人で
和の精神、和の文化を紐解いていくと
知らないことが多々あり、新たな気づきを与えてくれます。

 

真言宗の修行、密教とは?

まず、仏教においては
上座部仏教

大乗仏教

密教

という流れにおいて、上座部仏教と大乗仏教は顕教と言われています。

 

密教について
伝わり方は2つ
1、日本に伝わった真言宗
2、北を通っていく時輪密教

 

 

平安時代に
天台宗:最澄と真言宗:空海が出てきた。
天台宗は
円(法華)、密、禅、戒、浄土、修験、古神道の各々の教えがあったが、真言宗は1つの教えのみであった。
その為に天台宗は様々な教えがあったからその後分かれていったという流れがあり

法華からは日蓮、禅は道元、浄土からは法然、そして親鸞という形で。


真言宗には即身成仏という教えがあり私は既に仏である(生まれながらにして仏)という教えがあり
仏であれば虐待したり、虐めたり、悪い事は出来ない【これが奥義】という事で
三密(身、口、意)を高めていくという事です。

 

それに対して顕教は
仏になる為に修行する(だから厳しい修行がある)

顕教も密教も魂がある(慈悲)

 

 

 

「真実のイエスキリストの教え」

特に戦国時代の武将(大友宗麟、蒲生氏郷 、黒田長政 、小西行長 、
高山右近等)が何故当時厳しい時代に新しく入ってきたキリスト教に改宗(キリシタン大名)になったのか?

その何故が重要で。そこには「愛」があったと。

それまでは主従関係が当たり前で、与えたら求めるというのが当たり前だった時代に

「イエスは与え続ける」当時与えるというのが新鮮で、当時の武将がキリスト教になった経緯はみんな千利休の影響が強いと言われ、利休の下に集まった武将は改宗し、その後影響が強くなった為に秀吉に弾圧されたと。

 

 

 

「児童養護施設の子どもたちについて」

児童養護施設に入所する子どもたちが、年々増加傾向にあるということや、入所を余儀なくされる子どもたちの事情はさまざまであっても、その殆どが父母の問題

 

父母に如何なる事情があるとは言え、多感な子どもたちにとって、父親や母親から愛情をうけられない孤独はとても辛いものです。また親に棄てられた哀しみを、憎しみに変えことで自分の存在を見出している子どもたち。皆いっぱいの悲しみを抱えて必死に生きています。子どもはどんなに親を憎んでも、本当の心は親に会いたくて仕方がないのです。親に会えたら全てを許してしまう、それが子どもというものです。

 

そのあるべきものとないというほど、子にとって非情な世界はありません。昨日まで優しい眼差しを向けてくれた親が、冷たいむくろとなって、呼んでも叫んでも揺り動かしても、一向に応えてくれない。昨夜までいた親が朝起きると居ない。優しかったお父さんやお母さんが、いつの日からか鬼畜となり、あらん限りの虐待をし、わが子を殺してしまう。


これが私たちを取り巻く現実という事で、愛について、孤独についてを深く考える機会になりました。

 

 

 

「命の重み」

即身仏には即身成仏という(生きたまま悟りを開く)という教えがあり、自分の死を持ってその方々の苦しみを救いたい、死後の霊力で助けたいというのがあるそうです。仏教の教えでは、他人の為に亡くなる行為は自殺とは言わないそうです。また、ここ半年において昨今の凶悪犯罪で釈先生自身被害を受けた方との面識があり、何故普通に生きて生活しているのにも関わらずそういう方が被害を受けるのか。。

祈りや加持祈祷ではどうしようもない事もあると。

そんな中において、本当に大切なのは「友」(仲間の存在)それがあるから頑張れる。

 

 

 

「仏教は宗教ではない」

仏教は仏道であり、宗教ではない。言い換えると仏教は思想である。本当の仏教と言うのは、超ニヒリズムで、現実的お釈迦様(ガウタマ・シッダールタが本名)の誕生から亡くなるまでの内容を事細かく教えて頂き神様、仏様と手を合わせて拝むのを望んでいたのではなく、自分自身の心に向き合う事を説いていたという事で

 

 

「人間の心の中から全て苦しみが生まれる」

心の境地を仏道と捉え四諦という言葉で
苦諦:苦という真理(このなかに生きる悩み、老いる悩み、病気の悩み、死ぬ悩み)
集諦:苦の原因という真理
滅諦:苦の滅という真理
道諦:苦の滅を実現する道という真理

という事で4つの苦しみがさらに細分化して四苦八苦という言葉が生まれた。

 

 

 

お釈迦様は上記の様な悩み、苦しみを心を正して不安を少しでも和らげていく為に正しい言葉、姿勢、反省をする事が大切
そして

「使命があって意味があって生まれてきている」

幸せになる為に私のことを認めてくれる人がいて、私の周りにいる事が大切とお釈迦様が説いている。

私と相手同じ目線で見てくれる、認めてくれる人がいる時にカルマというのが浄化され
ブッダになっていく(なお、ブッダは誰という事ではなく誰でもなれるとの事で悟りし者の名前)

 


その為にも対話説法を重視して行っていたとの事です。

 

つまり、絶対的な権威があって、これでなければいけない!という事ではなく、その人その人に合わせて同じ目線で見ていたという事かなと思います。

 


お釈迦様は現在のインド(当時北インド、現ネパール)でシャカ族(シャーキャー族)の王様として29歳までは過保護に豪遊生活をしていたが、外の世界を見た時にこれではいけないという事で6年間修行に出て何故生まれ、老い、死ぬのかを問い続け、その後80歳の2月15日に亡くなるまで対話説法を続けていたと。

 

 

大遷都委員会とは

大遷都は感性論哲学の芳村思風先生が語られていらっしゃいます。

「日本人が果たす役割」

日本の真上に世界の中心がある。日本人自身が人類の指導者になるべき、我々が目標を掲げて人類を導いていく指導的役割を日本人が自覚する。

その自覚を持つきっかけとして

日本が東京から広島へ日本の首都を移す大遷都があります。

平和の原点が広島であり、日本が広島を中心に平和を導く為に民族に与えられた歴史的使命を果たす為にも。

我々は芳村先生の想いを基に大遷都が叶う事でいかに日本が発展し、世界から尊敬される日本になれるかを東京思風塾の塾生と共に勉強会を通じて学んでいます。


 
 
 

日本人自身が人類の指導者となり、我々が人類に未来への目標を掲げて導いていく。その様な指導的役割を持てるのが日本人である。

どういう風に表現するかというとやり方として大遷都が挙げられる。

大遷都を東京から広島へ。何故広島かというと明らかに戦争から平和の時代に変わっており平和の原点というのは世界の共通認識。

世界から認められ認識されるのは広島に首都が移るという事が日本人が平和を実現する指導者として世界の認識が変わってくる。

そして、平和はいつまでも祈りであってはならない。

祈る平和から創る平和への進化になる為に日本人が自覚を持つ事が大切。

その平和の心を持つ為に

心に響いた言葉を味わってみて自分の中に問いをしていくと感性が高まっていく

 

 

【歴史的な背景から】

日本は古来、奈良時代から奈良県に日本の中心があり中世には京都、平安遷都があり日本の遷都が始まり武士の時代に鎌倉に移り、京都の室町に変化した。

京都という風土は平安時代に風土の基となる潜在能力を使い果たしてしまった。

その後戦国時代、江戸となり関東平野が中心となり日本の近代が始まる。明治になり江戸から東京になり今日に至る。

世界史を振り返っても時代時代に風土を移し替えながら今日に至るまで発展している。今の時代の時流が脱近代、つまり過渡期にある。

その過渡期を担うのが日本であり、過渡期の使命として何をやったらいいのか?という問いに対して大遷都が挙げられる。

どこに日本の都市を遷都するのか?

新しい都は広島しかない。日本が平和の指導者として日本こそこれからの世界の平和を目指すべき役割を担っている。

世界の平和を目指し、戦争の無い平和を目指すならば広島。ただ、広島だけではなく広島を中心として中国地方を大首都圏として捉える。

 

戦前から戦後にかけて和辻哲郎の風土という書物がある。

土地というものはどれ程大きなエネルギーを持って動植物を支配しているかの構図がかかれている。

風土が違えば文明、文化が違う。

だからこそ、日本を変えたい、活力をよみがえらせるには遷都が必要

大遷都こそ日本再生最後の切り札

大遷都委員会in広島

 大遷都委員会in広島

大遷都委員会in広島

大遷都委員会in広島

大遷都委員会in広島

大遷都委員会in広島

大遷都委員会in広島

文明が変わる時、過渡期の民族が果たす役割

民族が持っている役割というのがそれまでの時代の文明を質において完成し終わらせる
そして新しい時代の原理を提案する。
石の文化の頃から中世、近代にいたるまでを振り返ると

中世は真理は1つという時代において、ユダヤ教とキリスト教の進出がある中、ローマカトリックという大きな教団の中で封建社会が成立しルネッサンス人がそれまでの中世の文化を質において完成
(建築技術や芸術など)させて終わらせた。

その後人間の本質は理性という事で理性の時代(科学技術文明)が始まった。

※どの時代にも不安があり
力に対する不安:力でないものとして真理は1つという考えに
不合理不条理に対する不安:国民の不安に対してそこから論理的に考えるという
合理へのあこがれから理性へのあこがれが生まれ人間の本質は理性という考えが生まれ

その後

理性への恐れや不安に対して:感性の時代(日本人が科学技術文明において質の面で完成させて終わらせる)そして新しい時代の原理を提案するのが日本人しかできない事であり

科学技術文明が造り出した4つの負の遺産に対して答えを出せるのが日本人である。

4つの負の遺産というのは
・自然破壊
・環境破壊
・人間性の破壊
・核の問題
の4つ

1つ核の問題を例に挙げると、放射能の問題について

それは20世紀が生んだ1個人(アインシュタイン)に帰するものであり、それは人類が創ったものに対して、否定し逃げてはいけない。

無くする、辞めるという事は科学技術の進化を否定する事につながる可能性もあり、進化を否定するのではなく受け止める事が大切。

それは常に、「神様は乗り越えられない試練は与えない」

従って人間の英知である原子力を何かの都合で否定し諦めるのではなく、受け止め乗り越える

例えば、放射能を無毒化する技術を生み出す、福島や広島に対して研究センターを創って研究する場所を創るなど人類の功績を否定せずに乗り越える英知を集めて日本が先導して乗り越えていく事こそが重要

感性論哲学の目的は「全人類の人間性の進化と平和」であり

我々は4つの負の遺産に対して実際にアプローチできる事は人間性の破壊に対してのアプローチと思われ、具体的に考えた場合に感性論哲学を広める事が人間性の破壊に対して我々が学び、伝え、広める事が出来るかもしれない。

 

 

翌日は福岡にて初開催の思風塾でした。

 

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