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WEBマーケティング屋のブログ

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早20年になる5月2日

昔通っていたデジハリにて講師をされていたheath兄弟のM先生の話から急激にのめり込んだXJAPAN

初めて生で見たのも5月2日

 

金スマを見てこみ上げてくるものがあり 当時東京ドームに行ったときの事思い出しました。

 

人生大きな心の傷を背負った人が逆境を乗り越える、前向きに生きられる

自分自身も辛いなと思うときは多々あれども、独立しやっていこうと思った原点は正直プラスな事などは全く無く、マイナスな環境をどうかしたい、というところからのスタートで

アルバイト時代(学生スタッフ)で働いていた会社の社長は逮捕され

勤めていた会社も親の会社も駄目になった時は

常に何で自分が?を毎日問い続ける日々で、仕事も手につかずに悩むだけ

毎日朝起きて不安になり、四六時中不安な気持ちでいつもお金の連絡かお叱りの連絡が来て、苦しんで不安な状態を脱せずに悩むだけ

死にたいよりも苦しみから逃れたい

という状態でした。神宮橋メンバーも何かしら人生に傷を負っている人が多く乗り越えれたのはXがあったからという人達と話をしていた5月2日のドーム

誰もが強いマインドを持っている訳ではないので、同じ苦しみを持った方を自分と照らし合わせて何かしら前向きに頑張るきっかけを持つというのをプラスに捉える事は周りから見ると大した事の無いものでも、人それぞれ頑張る、前向きになるきっかけがある事は大切なことではないかと。

2018年(平成30年)第2回東京思風塾のテーマは

「時代が問題をつくり、問題が人物をつくる」

思風先生からは

問題は悪いもの、避けるもの、逃げるものではなく自分を成長させる為に与えてくれるもの

と解釈することの大切さを解説頂きました。

 

問題は人間を成長させる為、会社を発展させ、社会をよくする為に出てくる

ただ、本当の問題は今自分の持っている力でどうしようもしがたいものであり自分の力で解決出来るものは問題とは言えない。

そこに意味と価値が秘められており、潜在能力を引き出す為に与えられたもの。
だからこそ問題が生じるのはその人を苦しめる為に出るものではなく命を進化させる為に環境の激変という課題を命に与える

それが無ければ命が本当に成長し進化する事は無い。
命の形が進化する為に起こる環境の激変は、我々が半端な努力ではなく本当に努力する機会。
其の時にこそ母なる愛(与えてくれた問題)だと自覚を持って難問に立ち向かっていく。

いかなる困難があろうともその問題を乗り越える事が出来るまで
「辞めない」
その生きる姿勢が大切
 
 

人との出会いも大切であるが、問題との出会いも大切

森信三先生の言葉に
「人間は一生のうち 逢うべき人には必ず逢える しかも一瞬早過ぎず、一瞬遅すぎない時に」

これは行徳先生も仰る言葉

出会っても出会った事に気づかない人もいる。
出会っても見過ごす通り過ぎる。

そうなると本当の自分の人生の大業を成し遂げる為の出会いが無く人生を過ごしてしまう。
天分の才能というのは生まれながらに遺伝子として存在している。
問題は生まれながらに与えられている遺伝子を引っ張り出す、目覚めさせる為に与えられるものである。だからこそ意識さえすれば必然的に現れる問題に出会い気づく事が出来る。

 

 

問題を乗り越える為に

志を持って貫いて問題を乗り越えるには意志の強い人間になる

どうしたら意志の強い人間になる事ができるのか?
感性論哲学においては、「意志の強い人間は欲求の強い人間」

欲求が強いというのは
命から沸いてくる興味関心好奇心が強い事。
命から沸いてくるものが無ければ人間は行動を辞める。

「命から沸いてくる欲求こそが行動の原理」

これまでの哲学、心理学においては理性的な人間が意志が強い人間と捉えられてきた。
つまり我慢できるというのが評価され続けてきた過去があり、その我慢出来るというのは理性的な人間。理性的に作られる意志の強い人間も理解出来るが、そこに限界が来ている。

我慢し続ける事には限界があり状況(環境)の変化により辞めてしまう可能性が高い。
理屈抜きに意志を強く持ち続ける為に大切なものは

「理屈抜きで命から沸いてくる欲求、欲望、興味、関心、好奇心」
その意志を持ち続ける事により、意味と価値を感じる事の出来る人間になる

 

釈先生がいつもおっしゃられるのは
「日本人が世界に旅立つ事。そして日本の文化が世界に誇れる人材がどんどん海外に出て尊敬される事」という事で活動されていらっしゃいます。

 



自分たちのルーツを知る、他人のも知る。その差異を認めながら新しい文化、文明を創る事が大切!

 

 

その文化を学ぶ為に

歴史を学ぶ講和会から
座禅・写経教室
礼法教室
体験修行

等々

聖職者の活動は伽藍維持や儀礼が主体であるべきではなく、如何に衆生を救うかにあります。寺院にはそれ自体、衆生を癒す働きがありますが、しかし僧侶本来の責務とは、人々に「今を力強く生かさせる」勇気を与える為の流布でなくてはなりません。

 

 

 

深い話の時は主に死についての内容が多いのですが

自殺の言葉の裏には自分自身を認められない事がある
表に出ないストレス
表に出るストレスであれば紛争、争い

そこの表に出ないストレスが自らをリセットする自殺という行為につながっていく。

その背景には自分を認めてもらいたいという認証欲があり、それをマザーテレサにお会いした時に

自分が理解されたければ相手を理解
許されたければ相手を許す

自分が自分がではなく、他が為にという所からスタートしないと、認証欲を満たされるのは難しいと。

 

 

 

一言メッセージ

人生でうまくいっているときなんて1%もない

夢を叶えてもほとんどは苦難の道で苦しいことばかりだった。
夢を叶えるために楽な道のりは、一つもなかった。自分は不器用で現実から逃げることも多かったから、
最短距離で夢に向かって進むことすらできなかった。でも生きて歩き続ければ叶わない夢はないということ。
目の前が絶望だって、遠回りしたっていいから、前に進めば絶対に乗り越えられるということ

人の痛みがわかる人にしかできないことがあり、強く苦しい悩みの先には、きっと成長したあなたが待っている。
そこには逃げたって、何かを途中でやめたって、生きていれば必ず辿り着ける。
生きていれば、あなたはきっと人の痛みをわかる人間になれる。人の痛みがわかる人は一番強い人間だ。
人を想えるあなたの力は、悩み苦しむ人を救うことができるから

 

 

 

 

過去参加した際に興味深いテーマを何点か。

「命の重み」

「仏教は宗教ではない」

「真実のイエスキリストの教え」

 

「命の重み」は即身仏について

即身仏には即身成仏という(生きたまま悟りを開く)という教えがあり、自分の死を持ってその方々の苦しみを救いたい、死後の霊力で助けたいというのがあるそうです。仏教の教えでは、他人の為に亡くなる行為は自殺とは言わないそうです。また、ここ半年において昨今の凶悪犯罪で釈先生自身被害を受けた方との面識があり、何故普通に生きて生活しているのにも関わらずそういう方が被害を受けるのか。。

祈りや加持祈祷ではどうしようもない事もあると。

そんな中において、本当に大切なのは「友」(仲間の存在)それがあるから頑張れる。

 


 

「仏教は宗教ではない」

仏教は仏道であり、宗教ではない。言い換えると仏教は思想である。本当の仏教と言うのは、超ニヒリズムで、現実的お釈迦様(ガウタマ・シッダールタが本名)の誕生から亡くなるまでの内容を事細かく教えて頂き神様、仏様と手を合わせて拝むのを望んでいたのではなく、自分自身の心に向き合う事を説いていたという事で


「人間の心の中から全て苦しみが生まれる」

心の境地を仏道と捉え四諦という言葉で
苦諦:苦という真理(このなかに生きる悩み、老いる悩み、病気の悩み、死ぬ悩み)
集諦:苦の原因という真理
滅諦:苦の滅という真理
道諦:苦の滅を実現する道という真理
という事で4つの苦しみがさらに細分化して四苦八苦という言葉が生まれた。


お釈迦様は上記の様な悩み、苦しみを心を正して不安を少しでも和らげていく為に正しい言葉、姿勢、反省をする事が大切
そして


「使命があって意味があって生まれてきている」

幸せになる為に私のことを認めてくれる人がいて、私の周りにいる事が大切とお釈迦様が説いている。

私と相手同じ目線で見てくれる、認めてくれる人がいる時にカルマというのが浄化され
ブッダになっていく(なお、ブッダは誰という事ではなく誰でもなれるとの事で悟りし者の名前)
その為にも対話説法を重視して行っていたとの事です。つまり、絶対的な権威があって、これでなければいけない!という事ではなく、その人その人に合わせて同じ目線で見ていたという事かなと思います。
お釈迦様は現在のインド(当時北インド、現ネパール)でシャカ族(シャーキャー族)の王様として29歳までは過保護に豪遊生活をしていたが、外の世界を見た時にこれではいけないという事で6年間修行に出て何故生まれ、老い、死ぬのかを問い続け、その後80歳の2月15日に亡くなるまで対話説法を続けていたと。

 


 

「真実のイエスキリストの教え」

戦国時代の武将(大友宗麟、蒲生氏郷黒田長政小西行長
高山右近等)が何故当時厳しい時代に新しく入ってきたキリスト教に改宗(キリシタン大名)になったのか?

その何故が重要で。そこには「愛」があったと。

それまでは主従関係が当たり前で、与えたら求めるというのが当たり前だった時代に

「イエスは与え続ける」当時与えるというのが新鮮で、当時の武将がキリスト教になった経緯はみんな千利休の影響が強いと言われ、利休の下に集まった武将は改宗し、その後影響が強くなった為に秀吉に弾圧されたと。

 

 


釈先生ご紹介

梶浦逸外(かじうらいつがい)、大森曹玄(おおもりそうげん)、黒田武志(くろだぶし)、李西翁(りさいおう)の四大老師に師事、更に真言・天台の隔週を研惨鑽修行。中部の霊峰高賀山に於いては「千日回峰行」(せんにちかいほうぎょう)を達成し大阿闍梨(だいあじゃり)となり、密教の荒行「入水往生」ならびに山岳回峰「六社巡り」を復興、20年間に渡り継続する。

その後、形骸化した宗門に疑問を抱き、独自の宗教観により世界宗教の聖地巡礼を行い、マザーテレサの信仰実践とダライ・ラマ十四世の宗教的覚醒に触れたことが、自身の宗教的活動に大きな変化をもたらすこととなる。中でもイスラームの聖地、マッカ大巡礼は偉業である。世界の皇室関係また国家元首はじめ宗教指導者との交流も深く、特にスリランカ代菩提会会長バナガラ・ウパテッサ大僧上とは旧友の仲である。高校・大学と教鞭をとり、天台寺門宗本山布教教師などを経る。柿本寺(旧倭宗)住職を拝命し再建中である。
日本国並び日本人の生き方を提唱、再認識し実践とする日本大僧伽(やまとだいさんが)主宰。
MAO塾(児童教育施設)。
直心影流(じきしんかげりゅう)師範(免許皆伝)。
真新影流(しんのしんかげりゅう)を研究。

 

 

 

西田塾頭とのMTGで教えて頂いた


P&Gマフィア

ペイパル出身の有名OBを「ペイパルマフィア」と呼ぶなど、いくつか類例がある。ペイパルは米テスラのイーロン・マスク氏、米リンクトイン創業者のリード・ホフマン氏などを輩出し最も有名だが、日本でも、P&G出身者がこれに負けず劣らずの活躍をし、P&Gマフィアの呼び名が広まっている。

という事で、P&G マフィアに掲載されている方々のうち数名は新人教育からP&Gで研修を担当されていたとの事。

その当時の様子を語って頂いた時の様子がこちら↓↓

塾頭から教えて頂いた事で重要な所が

組織で目指す方向性とチーム及び個々人の役割を明確にする事で結果は自ずとついて来る。

そして、一言で言うならば

演繹法と帰納法
(組織、チーム、個人それぞれが役割を認識して自ら動く為に)

外資系と日本企業において、文化が異なる。

その文化が異なる組織において、演繹法と帰納法を使い分けて個々人が役割を明確に!という点で解説いただいているのが猛獣塾入門講座

一般的には「結論から先に」という事を言われますが、それで組織の末端で動く人まで納得しモチベーション高く動くかは伝わりにくい面が多いと思います。そこに演繹法と帰納法をどう使い分けて浸透させるか!会社だけでなくチームで動くとき、社外の方々とのプロジェクトで動く時のヒントにもなると思います。

また、事例を基にした話がほとんどなので、当時P&Gで行ったプロジェクトやフィリップモリスでの成功事例など楽しく為になる話しで 聞いただけではなくて 自分自身にも活用が出来る!というのが重要なポイントだと。

 

今回は新たに会社設立された榮さん

いろんなご縁の中で共に徳島の地に行き、いろいろ現地を旅して感じて調べてを行う中で

いつの間にか現地に住んで、ご活躍と。

母親の実家にて

ちょっとした出会いと少しの勇気ある行動で
環境が変われば活躍出来る!

というのを見させて頂いた気がします。

自分が独立した頃を振り返ると
既に周りにたくさんの支援者、応援者がいることは羨ましいなと思いながら

同じ独立起業でも
一昔前は立派な家を!車を!というガリガリの営業で成績残した人のイメージが強かったのが
ここ数年はお金だけではなく、社会のため地域のためにという
社会貢献が根底にあるケースが多いなと感じます。

そんな彼との思い出を振り返ると
当時地域のために!という想いはあって、周りからも応援するよ!との声はあっても
時間とお金使って一緒に行ってみる(行動してみる)まで行う人はいなかった。

そこに、どんなに本を読んで理論武装してどの地域がいいとかではなく
心の部分で感じるには苦楽を共にする、一緒に汗をかく、という
言葉で表すのが難しいですが、重要な要素がある気がして
自分自身も振り返ると独立当初に損得無しで動いてくれた人がいたからこそ!!
の部分が頑張っていこうという気持ちになったことを思い出しました。

彼が移住を決意した林先生との出会いと阿波忌部

「忌部」とは

「忌」はイムと読みますが、この字の意味は

・『神聖、呪力のある状態のこと』

この「忌」に「部」がついて

・『穢れを忌み清める集団 神聖な状態を保つ集団』となる。

忌部は大和朝廷成立前から、全国に進出し殖産した部族ですが、 忌部という名は、大和朝廷成立後、氏姓制度が整備された中で、 忌部となったようです。 日本書紀には、中臣連と忌部が共に祭祀を司ったと書かれていますが、 元々は忌部が先。

忌部の仕事は祭祀そのものの他、それらに関わる道具類などの製作から、 宮造りまで行っていました。

阿波忌部とは

阿波忌部は阿波国を開拓。

ヤマト政権成立直前には、海部とともに日本各地に進出。

ヤマト政権成立の立役者となった。

神武天皇の東征を助けた「金鵄」「珍彦(椎根津彦)」の役割も果たした。

大和国造・伊勢・伊賀・阿波国造となり、その一部が中央忌部となった。

全国開拓への出航地は鳴門市。

阿波忌部の祭祀遺跡・伝承地は麻植郡・美馬郡に多く残っている。

忌部氏は、古代から大和王権の祭祀を中臣氏と担当していた。本来、伊勢神宮をはじめとする王権祭祀を司っていたのは、忌部氏だった。特に、忌部は祭祀のための祭具を調達。

阿波勢力(阿波忌部族)は海部とともに大和王権の成立直前となる2世紀後半から4世紀頃に、日本各地へ進出。

彼らは、麻・穀を植え、農業・養蚕・織物・製紙・音楽(弦楽器)・建築・漁業・農業土木技術を伝えた祭祀族、海洋民、産業技術集団であった。

また、近畿に大和王権の象徴となる前方後円墳の諸要素と古墳築造技術を伝えた。そして、大和王権成立の立役者となった。

日本の農業のルーツは阿波忌部族がもつ古代農法にあるのではないかとの事で、衣食住全てを伝えていたのが阿波忌部族。それを現代に紐解くと「地方創生事業」の大本として展開したのが阿波忌部族であり、阿波忌部族が行っていた古代農法を知り、それが数千年もの間、伝統が絶えずに続き、継承されていた農法を知り、行う事が次の時代への新たな気づき、そして文化を継承し守り続ける大切さを知る事は阿波忌部を学ぶ事につながるであろうと。

阿波忌部農法の特徴としては

「21世紀をリードする、自然循環型の、生物多用性を保障する、健康志向の農産物を栽培する最先端の伝統農業」と林先生は位置づけられ

従来の

・古い、貧しい、非効率、前近代的な遅れた山間部の農業から

限界集落化を防ぎ、豊かな日本国家創生の原点となる【ソラ世界】の最興を目指したい。ソラ世界においては、徳島剣山系の多種多様な傾斜地農業において

標高、傾斜度、日照量、気候、地勢、地質に応じ作物を栽培し、適地適作農業を営んでいるのが剣山系における傾斜地農業の最大の特徴である。

次の時代(生命、文明)において忌部氏は大きな役割を担う

忌部は宗教改革もおこなった。

(倭国創生、つまり大和王権を成立させるに至り、現在にまで続く宗教改革を行った。)

 

1月2月の開催において大好評の

猛獣塾入門講座

今回追加開催にて3月31日開催

猛獣塾

猛獣塾とは

外資系企業で欧米流と日本式の違いに30年間悩み続けた塾頭が、
ビジネス現場での試行錯誤の末にようやくたどり着いた
MBAでは教えない、学者からは学べない、超実践的な
新ビジネス理論を、受講生の腹に落ちるまで生々しく熱血指導します。


当日は理論と実践を兼ね備えた研修プログラムで
人と組織が抱えている課題を解決する道筋を講義及びワークショップを踏まえて進めていきます。
たとえば
人には、それぞれ全く異なる思考・行動のパターンがある事を知る!
相手のパターンに合わせたDO, DON’Tを的確に知る事により 自身の陥りがちな“罠”を知ると同時に 相手に合わせたプレゼンテーション・商談の準備ができるようになる。


営業職や商談時のみならず組織でのコミュニケーション、お客様や仕事仲間との人間関係の構築にもお役立ち頂けます。


[開催日時]
4/11(水)、4/23(木)
毎回 15:45-18:45 (開場15:30)

[開催場所]
WizBiz田町2階セミナールーム
[住所]
東京都港区芝5-16-7 芝ビル2階

[料金]
5,000円
[smartslider3 slider=10]

受講申し込みはこちら
http://mouju.jp/seminar/

 

猛獣塾 塾頭 略歴

猛獣塾


P&G, フィリップモリスで30年、指導実績1000名以上!
営業取締役として部門売上を2500⇒8000億円に成長!

“iQOS世界新発売”を成功に導いた究極の販売戦略を策定。
1986-2001 Procter & Gamble Japan セールス(P&G, VICS, MaxFactor)
全国チェーン法人営業・販売企画 組織開発・トレーニング 米国本社勤務、
語学研修 2001-2015 Philip Morris Japan M&A/買収統合プロジェクトMgr
SOD/営業組織開発本部長 東日本営業統括部長 取締役 量販本部長

私の30年の全てを皆さんに公開します!

塾頭から一言
猛獣塾では生々しく実践的に熱意をもって指導し続ける事で 一人でも多くの
日本人“ビジネスマン・経営者”の成長を手助けする事を志命に
猛獣塾卒業生が、将来リーダーとなって活躍し、 組織全体を成長させる事で、
日本ビジネス界の発展に寄与する事を目的としております。

2018年1月2月開催時受講生の声
・「内容が分かり易く、腹に落ちた!」
・「腹落ちシートですぐに思い出せる」
・「仕事のもやもやがスッキリした!」
・「何を質問してもその場で回答が!」
・「上司との人間関係が変わった!」
・「得意先で試してみたら…スゴイ!」

・「今まで学んだ様々なセミナーの内容が、ようやく一本につながりました!」
・「質問文例のまま話しただけなのに、苦手な得意先が色々な事を話し始めて…」
・「腹落ち戦略一枚シートには正直参りました! すぐにでも使ってみたい!」
・「猛獣の信条、感動しました。上司の考えをしっかり伝えれば組織は変わる!」
・「部下の為にと思って言ってきた様々な事が、実は… 伝え方って大事ですね」


講座受講後にこの様な感想を参加された受講生から頂いております。

 

 

猛獣塾入門講座

猛獣塾入門講座

猛獣塾入門講座

猛獣塾入門講座

猛獣塾入門講座

・会場:㈱コミット会議室  *JR品川駅港南口徒歩6分
〒108-0075東京都港区港南1-6-41 品川クリスタルスクエア11階
・時間:13:00開始19:00終了(受付12:15~)
・講義:3~4講座+問答+ディスカッション)

前回2月3日(土)開催時の様子

第一回のテーマは『世界文明の中心は日本の真上にある』

「覚醒は時代と共に変化し現在は第3の覚醒の時代」

歴史的な背景を考慮すると、宗教の時代において「人間は神ではない、不完全な存在」 不完全性の自覚に目覚め、不完全性に覚醒し人間の格というのを意識して生きる時代に入った。 これは第1の覚醒の時と言える。

第2の覚醒は近代 「人間の本質は理性」 理性を限りなく発展、成長させた時代 その生き方として近代の科学技術文明が創り出されて発展してきた。理性能力を成長発展させる事に目覚め、理性に覚醒した時代

今その積み重ねの結果 人類は宇宙に目覚め、命に目覚める第3の覚醒の時代に入った。

第3の過渡期とは 過渡期こそ最も文化が栄える時期で完成度の高い文化が成り立っている
ギリシャ人は古代文化を担っていた。 古代文化が量的に拡大したのはメソポタミア文明、 古代の石の文化をギリシャ人は発展させ、完成度を高めた上 中世を拓いたという歴史がある。

そして、ルネッサンスは宗教文化
ルネッサンスを通じて中世~近代へと変化しており

近代を終わらせて未来を拓く それが日本人としての役割ではないか

過去へのしがらみを断ち切って新しい時代へ突入する過渡期
これまで我々は民主主義を信じていたが 民主主義が制度破綻に近づいてきている。

民主主義を終わらせること、それが近代を終わらせる事

民主主義を何故終わらせる必要があるかというと、民主主義は権利の主張から始まっている歴史があり 義務を言うより権利を主張する そういう時代を創り出したのが民主主義の出発点 義務を果たす努力を極端に避けて権利を主張している

義務を逆手にとって、義務を持って人を攻めてしまっているのが民主主義の実態
責め合う社会であってはいけない。
不完全な人間が安心して安らかに生きる社会は攻めあい権利を主張するのではなく
許しあって生きる愛に基づく新しい社会のあり方を考えていくべき

 

中世の段階で目覚めた自覚は「人間は不完全である」という事

人間短所が無ければ人間ではない。長所だけなら神様である。
長所短所共に存在しているもので、無くすことは出来ない。

人間も宇宙の一部分、宇宙とはマイナスとプラスのエネルギーが半々ある事。
それが宇宙の秩序を形成しており、対存在という言い方が出来る。

プラスにマイナス
陰には陽
光に影
表に裏
真に偽
善には悪
男には女
動物に植物

あらゆるものが相互補完的な関係でバランスが成り立っている。
だから人間には長所短所も自分で創ったものではなく誰でも半分ずつあるもの

●日時:2018年4月5日(木)18:30~20:45(開場は18:15です)
●会場:人形町区民館
〒104-0061 東京都中央区日本橋人形町二丁目14番5号
●会費:おひとり1,000円(会場費、資料代)
※勉強会後、懇親会があります。ご都合があえば、是非お越し下さい。 会場近くで実費精算(だいたい2~3千円程度)です。

過去開催の内容から

 

 

「人にやさしい会社になる」

4つの経営資源と言われる人物金情報の中で
いい会社の経営者に共通して見られるのは「人」が大切という事。

人が活かされる職場でなければ、元々情報を持ってくるのも、お金を稼いでくれるのも、物を動かすのも人が原点にあり人を大切にできない、していない所は長続きする経営のモデルにはならない。
それを事例を踏まえて紹介頂きました。

例えばよくあるケースとして
「何で何回も言っているのにお前は分からないのか?同じ失敗をするのか?」という事に対して

出来の悪い人ではなく、理解出来なていない、それは理解する様に話をしていないから
心が離れてしまっている状態でいくら正論を言ったとしても本人が聞く気持ちにまずなっていない。
そこに何度も指摘をされたとしても、その場では対応しても見えない所で不平不満が出てくる。
そうなってしまった人が情報やお金を持ってきてくれるのか?というのを上司や上の立場の人間が考えなければいけない。

人は大切にされないと人も集まらないという事で
これからの時代、少子化の流れがある中において、女性、外国人、障害を持つ方を雇用していく際に
大切にする事を怠っているとそもそも応募が来ないという状況が生れてくる。

人を大切にするという事で何を行えばいいかというと、何をやったらダメなのか?何をやったら不幸になるのか?を知っておく事。

それは過去は変えられるという事と=であの時こういう事があったから会社を変える、考え方を変えるきっかけになった。

元々、いい会社の経営者は最初から何事も全ていい会社であった訳ではなく、様々な試練の中で変わるきっかけがあり、その時に5人を大切にするという考え方が共通している。

1 社員とその家族
企業経営とは,社員とその家族の永遠の幸せを実現するための活動

2 社外社員とその家族
協力工場や外注さん,仕入先,下請けの部品会社,ベンダーさんなどいろいろな言い方がありますが,外部経済で我社の仕事をやって下さっている人は,材料やコストではありません。景気の調整弁でもありません。人間です。これは,非正規社員のことではありません。非正規社員は,1 番の方です。我社の社員ではないけれど,我社の仕事をやっている人々のことを社外社員と位置付けなさいという経営学

3 現在顧客と未来顧客
現在顧客は,今日買い物をしてくれた方,我社に利益をもたらしてくれた方ですが,未来顧客というのは違います。我社の前を通っている人

4 地域住民とりわけ社会的弱者
地域住民というのは,社外社員ではありません。顧客でもありません。会社とは,直接関係を持たない方々も大切にする。とりわけ社会的弱者というのは,自分一人では歩くことも立つこともできないなどの弱き人々です。具体的には,高齢者や障がい者です。その方々の幸せづくりを支援することも,企業市民として大事な仕事だと思います。事実,業績がぶれない会社は,高齢者も障がい者もシングルマザー,シングルファーザーの雇用にも注力している

5 出資者・支援者
株主。しかし1 番目から 4 番目を追求している会社で赤字になった会社は,歴史上存在しないので,結果として幸せになると思います。

 

 

夢を目的にしない

「夢を目的にしない」については、ヤマト運輸の小倉さんを例に経営はロマンだと言った事はない。という事を解説頂きました。また、過去にインタビューした中、自分の経営にロマンを抱いて夢を実現したいです。と言って実現可能性や計画性無しに成功した経営者は殆どいない。

また、NPOを展開されている方にも多く見られるのが

綿密な計画性がなく夢、ロマンを語る事ありきになっている場合は改めて見直した方がいい。

 

 

夢を基本にそれだけで情熱を燃やして達成した人はイチロー選手を参考にしてみるといい。
計画的に物事を運ぶのが基本的な考え方にあり、計画がずれたとしても落ち込むことなく修正するというのを身につけている。そうでなければ日米通算で4000本安打という実績は残せない。

逆に天才肌でどこまでいけるかというと
ドラフト1位で入った選手がその後伸びないというケースとよく似ている。

あるべき姿の中に経営理念があるとした場合、どこかで立ち止まっていないか?という質問をよく行う。それは経営者が勝手にはまっていくケースが見受けられる為。

経営理念発表などでもよく見られるのが自分の理念に酔いしれて、周りが聞いていないというケースがある。聞いて下さいという段階でお願いではなく聞け!というスタンス。空想や願望の現れで経営を続けていくのは難しい。例えば昨日思いついた事業が出来ないかと相談に来る場合いきあたりばったりがおおく、人間的にはいい人でも経営者には向かない。

 

3月29日(木)「禅の知恵と古典に学ぶ人間学勉強会」開催します。

日時 2018年3月29日(木)19時~21時(開場は18時30分から)
場所:和泉橋区民館洋室D
〒101-0041 東京都千代田区神田佐久間町1丁目11−7


【詳細内容】
あふれる情報の中で何が本当に大切なことか、本質を見抜く直観力が、今まで以上に必要な時代になっています。不確定性を秘めた変化の激しい外部環境の中で、感性を磨いていくためには、まず内部環境である「心の平安」を取り戻し、感性を磨く工夫が重要です。この講座では、2500年の歴史をもつ禅的瞑想法を誰でもできる「イス禅」としてお伝えします。
1日10分の禅的瞑想法を取り入れることで、社会人としての器を広げる、本質を見抜く直観力、判断力、集中力のアップを図ります。
(1)潜在意識を活性化すると、あなたが変わる!
・「瞑想」が心に効く理由(心を豊かにする)

(2)1分間3回の呼吸で心身を調える「あうん呼吸法」(1分禅)

(3)直観力をみがく禅的瞑想法「イス禅」と「立禅(りつぜん)」
・「イス禅」の3ステップ法「調身」「調息」「調心」
・どこでもできる「立禅(りつぜん)」のやり方

(4)元気になる「禅」の話
・誰もが素晴らしい「宝物」を心の中に持っている

 

【講師氏名】
有徳経営研究所株式会社 代表取締役 公認会計士  笠倉 健司 氏

【講師経歴】
早稲田大学政治経済学部入学、第二文学部に転入学。臨済禅の修行に打ち込み禅歴30年、人間禅道場居士。1987年早稲田卒後、高校国語課講師を務める。1992年、31歳で公認会計士試験に合格。あずさ監査法人で上場企業の監査、株式公開、M&Aなど財務、会計の第一線で活躍する。2008年にアーク監査法人パートナーに就任。2010年、有徳経営研究所㈱を設立。顧問先の経営アドバイザー、日本人の心の歴史の研究の傍ら、セミナー講師としてメガバンク系コンサル企業や各地の商工会議所で活躍。

 

前回の内容は言志四録(佐藤一斎)

 

言志四録についての紹介

「日本の論語」「人生訓の名著」「指導者(リーダー)のための教科書」と言われる『言志四録(げんし-しろく)』は、江戸時代末期の儒学者、佐藤一斎(さとういっさい)が著した随想録・語録です。

 


佐藤一斎は、42歳で筆を執った『言志録(げんしろく)』を皮切りに、『言志後録(げんし-こうろく)』『言志晩録(げんし-ばんろく)』を著し、最終作となる『言志耋録(げんし-てつろく)』を書き上げたのは82歳のときでした。


内容は学問修養の心得、倫理道徳の規範から、指導者論、そして処世の教訓、身体の養生法まで多岐にわたっています。
全体で1133条ありますが、明治維新を導いた薩摩藩の西郷隆盛は、『言志四録』を座右に置き愛読書としていました。さらに、その中から101条を撰び、修養の資(もと)として暗誦するほど読みこみました。


一斎先生の門に学んだ人々は数千人になるといわれますが、その中でも有名な人物は、山田方谷(やまだ-ほうこく)、佐久間象山(さくま-ぞうざん)、安積艮斎(あさか-ごんさい)、大橋訥庵(おおはし-とつあん)、横井小楠(よこい-しょうなん)など、幕末を代表する学者や思想家がいます。

山田方谷(やまだ-ほうこく)

、幕末期に財政破綻寸前の備中松山藩5万石を立て直した名財政家であり、卓越した政治家である。わずか8年間の改革で借金10万両(現在の価値で約300億円)を返済し、余剰金10万両を作った。

明治に入ってからは、薩長閥の重鎮で元勲の大久保利通、木戸孝允などから新政府の要職への就任要請があったが、方谷は固辞。根本思想は「武士も農民も慈しみ愛情をもって育て、藩士・領民全体を物心ともに幸福にする」「領民を富ませることが国を富ませ活力を生む」という「士民撫育」の考え方

そして、彼の物事に向かう基本姿勢は「至誠惻怛(しせいそくだつ)」である。「真心(至誠)と悼み悲しむ心(惻怛)」を人間としての正しい道、最高の行動規範とした。

 

安積艮斎(あさか-ごんさい)

、60歳で江戸幕府直轄の最高学府「昌平坂学問所」の教授を務め、ペリー来航時のアメリカ国書翻訳や、プチャーチンが持参したロシア国書の翻訳及び返書起草に携わるなど、幕末の政治・外交を支えました。艮斎が学び教えていた朱子学は江戸幕府の正学とされており、江戸幕府が国を治めるために利用されていました。ですが、師であった佐藤一斎の影響を受けたのでしょう。艮斎は、朱子学だけではなく、危険視されていた陽明学など他の学問や宗教も摂取した新しい思想を唱えます。また、外国事情にも詳しく、海防論の論客としても知られました。
艮斎の教え子たちは、幕末・維新という日本の大変革期において、中央や地方で指導的な役割を果たし、近代国家日本建設の人材となりました。艮斎の塾は、著名な門人が200人も綺羅星の如く輩出した、日本史上有数の学塾です。

 

大橋訥庵(おおはし-とつあん)

江戸末期の儒学者。江戸の人。日本橋の豪商大橋家の養子。佐藤一斎に学び、朱子学を唱えて、攘夷(じょうい)を主張した。老中安藤信正襲撃を計画して投獄され、獄死。著「闢邪小言(へきじゃしょうげん)」「元寇紀略(げんこうきりゃく)」など。

大橋訥庵の目標、戦略は、「大日本国を蛮夷にならせじと申す所に大活眼を着けたまわねば恢復の成功を得たまうべからず」。
すなわち「日本を蛮夷(野蛮な外国)にしないことが王政復古を成功させる」ことと言っております。

 

横井小楠(よこい-しょうなん)

幕末の熊本藩士・政治家・思想家。肥後生。名は時存、字は子操、通称平四郎、別号に沼山。江戸に遊学して藤田東湖らと交わる。藩校時習館の守旧的な学風を批判、元田永孚らと実学党をつくり、私塾小楠堂で子弟を教育する。のち福井藩主松平慶永(春獄)に招かれて藩の政治顧問となり藩政改革を指導

 「実際に役立つ学問こそ、最も大事」という小楠の教えを受けた人たちのグループを「実学党」と言います。当時の熊本(肥後藩)には、実学党に対して、保守的な「学校党」とか、尊皇攘夷をめざす「勤王党」などのグループがあり、幕末から明治にかけて、政争を繰り返していました。

文久2年(1862)、幕政改革のため、次のような「国是7カ条」というものをまとめています。

国是7カ条

  • 大将軍上洛して、烈世の無礼を謝せ(将軍は自ら京にいって、天皇へ過去の無礼を謝る)
  • 諸侯の参勤を止め、述職とせよ(参勤交代制度の廃止)
  • 諸侯の室家を帰せ(大名の妻子を国元に帰す)
  • 外様譜代に限らず、賢を選んで政官となせ(優れた考えの人を幕府の役人に選ぶ)
  • 大いに言路を開き、天下公共の政をなせ(多くの人の意見を出し合い、公の政治を行う)
  • 海軍を興し、兵威を強くせよ(海軍をつくり軍の力を強くする)
  • 相対貿易を止め、官の交易となせ(貿易は幕府が統括する)

勝海舟曰く「おれは今までに天下で恐ろしいものを二人見た。横井小楠と西郷南洲だ」。日本史の教科書でもろくに取り上げられず、幕末もののドラマで登場することもほとんどない。しかし小楠こそ、坂本龍馬や西郷隆盛をはじめ、幕末維新の英傑たちに絶大な影響を与えた「陰の指南役」であった。

 

 


このうち、幕末日本の先覚者といわれる象山(ぞうざん)の門下から、勝海舟(かつ-かいしゅう)、坂本竜馬、吉田松陰(しょういん)、小林虎三郎などの幕末の日本を動かした志士が輩出しました。
また、吉田松陰の門下からは高杉晋作、久坂玄瑞(くさかげんずい)、木戸孝允(きどたかよし)、伊藤博文、山県有朋(やまがたありとも)などが輩出して、輝かしい明治維新を形成することとなります。

生前に次々と刊行された『言志四録』によって、一斎と直接面識のない幕末の志士にも大きな精神的影響を与えたのです。
なかでも、西郷隆盛は、『言志四録』をほとんど暗誦するまで繰り返し熟読してその中から101の言葉を選び出したのでした。こうして『西郷南洲(なんしゅう)手抄(しゅしょう)言志録』が生まれたのです。佐藤一斎の教えは、『言志四録』によって、ことに西郷隆盛によって、明治維新の精神的支柱となったと言えます。

「言志四録」「言志四録」は、佐藤一斎の人格と学問が結集した名著で、40年をかけて書きつづられた随想録です。
一斎の生前に『言志録』、『言志後録』、『言志晩録』、『言志耋(てつ)録』の4書として出版されました。その総称を「言志四録」といいます。比較的短い箴言(しんげん)の集まりですが、記載されたものは全体で1133条にもなります。西郷隆盛は、その中から101条を抄録して、繰り返し味読しました。

(1)天につかえる心

凡(およ)そ事を作(な)すには、
須(すべか)らく天に事(つか)うるの心(こころ)有るを要すべし。
人に示すの念(ねん)有るを要せず。
(言志録・第3条)

(現代語訳)
すべて事業や行動を起こすには、天(大自然・神・仏)に生かされていることを考え、それに感謝し、敬(うやま)う気持ちを忘れてはならない。他人に誇り、認めてもらおうとする気持ち(私心)があってはならない。

この言葉は『言志四録』の中でもとても有名な章で、私たちが日常生活の中でつい忘れがちな真理を教えてくれています。


「天に事(つか)うる」とは、天を敬して己を尽くして誠実に生きることです。佐藤一斎は、上記の言葉をさらに短く、「尽己(じんこ:己を尽くす)」という二文字にして、弟子の山田方谷に書いて贈ったと伝わっています。


自分をあざむかずに、誠実に物事に取り組むことによって、はじめて人間が真実となり、自分が関わるところの一隅を照らすことができるようになります。一隅を照らす人間になれることが、この世に生きる私たちにとって最も肝要なことであり、他人の評価を気にする必要はないと

一斎は教えています。

 

『修身教授録』で有名な森信三先生は、つぎのように開設されています。
<森信三先生の解説:『西郷南洲の遺訓に学ぶ』より>
p.127 相対をすてて絶対に帰する

この節は甚(はなは)だ簡明ではありますが、しかし翁の根本信念を示すにおいて、おそらくは、最も根本的な節と申すべきでありましょう。すべてはこれだけに尽きていると申してもよいのであります。

「人を相手にせず、天を相手にせよ」これすなわち相対(そうたい)をすてて絶対(ぜったい)に帰するということでありましょう。

人というものは、我と相対立するもので五分五分のものであります。かく相対的な五分五分の関係では、向うが変わればこちらも変わるのである。すなわち動揺(どうよう)恒(つね)なきものであります。向うが強ければこちらが引き摺(ず)られ操られる、これが相対的関係というものであります。
それから脱して天を相手にする、すなわち絶対を相手にして絶対に帰し、絶対に自己をささげる。そこではじめて相対的なる人情の離反(りはん)合不合ということによって一々自己が動かされることがなくなるのであります。

天を相手にすることによって、始めて人は己れを尽して人を咎(とが)めず、つねに自己の誠の足らざるを尋ねるという処にも到るのである。天を相手にすれば、己れを尽すということは自然に出来るのであります。(中略)

人を相手にしていると、人の態度が一々問題になります。人をはなれて、天を相手にすれば、人の事は第二義、第三義になって、成程(なるほど)よい方がよいには違いないが、しかし仮りによくしてくれなくても、それが第一義的な関心事とはならなくなるのであります。
道理からすれば「天を相手にせよ」とただそれだけでよい。天を相手にすれば、それ以下のことは自らにして出来るわけであります。

そこで又、「己れを尽(つく)して人を咎(とが)めず、わが真の足らざるを尋ねる」ということは、天を相手にするという態度を一歩一歩徹して行く。すなわち工夫の一歩一歩という意味を持つのであります。

一燈の明るさを頼りに進む

一燈(いっとう)を提(ひっさ)げて、暗夜(あんや)を行く。
暗夜を憂(うれ)うる勿(なか)れ、只(ただ)一燈を頼(たの)め。
(言志晩録・第13条)
(現代語訳)
暗い夜道をひとつの提灯(ちょうちん)をさげて行くとき、闇夜の暗さを心配するのではなく、ただ提灯の明るさを頼って行けばよい。
(後ろを向いて不安がるのではなく、前を向いて進め)

「言志四録」の中でも最も有名な言葉の一つです。ここでいう「一燈」とは、すべての人の心の中にある霊的な光(心の力)のことです。禅宗では仏心といいます。人が前向きに進もうとするとき、心の光は、意志となり、知恵となって、行く先を照らしてくれるということを佐藤一斎は述べています。
逆にいえば、心が光を失って暗く沈むとき、たとえ行く先に明かりがあっても、その明かりを見失って、暗闇にさ迷うことになるとも言えます。そうならないために、日ごろから古典を学び、心を磨いて行く必要があるのではないでしょうか。

元同僚の礒崎君のお祝い

入社当時のメッセージ

私の好きな漢字は『感』です。

「感動」、「感銘」、「感謝」、「感激」など『心が動いたとき』に生まれる感情をもっとも大事にしている人間です。私が一番心動かされるのは相手を喜ばせたときですかね。いわゆる感動を与え、感謝されたとき、もっとも感動します。
人間というのは生きているのではない。生かされている。
そんなことを生きていく中で痛感しています。自分が生きている意味、日々行動している意味、それは自分と関わる人に感動を与え、その人から感謝され、それ以上に私がその人に感謝することでしかないと思っています。

ラン・リグに入ったきっかけも「代表の言葉に感動した」という理由以外は何もありません。
具体的な会社の特徴も、将来性もまったく考えませんでした。
ただただ代表の言葉、考え方、生き方に心を動かされ、この人と一緒に働きたいという感情が生まれたから入社したんです。
ラン・リグは私のように、代表の考え方に共感して入ってきた方達ばかりです。
代表の創った会社で同じ志を持つ社員同士で協力していきながら、助け合っていきながら
多くの人に感動を与えていきたいというのが今の私の直近での夢ですかね。

その後も株式会社ネクストに入社

ネクストで働く目的を、『人が成長できる組織』をテーマに組織論を学ぶことに置きながら働きました。配属は営業職でした。
入社2年後、念願の年間トップセールス賞を受賞するまで頑張りました。営業の仕事をしていく上で大切にしていたことは、営業数字を追うことではなく、強い組織を作り上げることといいます。
2011年からはメンバーを持つチームリーダーに就任し、営業部をさらに強固にするために中長期経営戦略の立案、教育、採用などの仕事を行っています。

2012年夏。
多額の負債を抱えた親族が経営するゴルフ練習場の代表取締役に就任してほしいとのオファーを受けいろいろと悩み、葛藤したうえで、その夏に後継することを決めました。そして株式会社ウィル・トラスト代表取締役に就任しました。

化粧品の販売もされています。