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今年で亡くなられてから5年になります初女先生命日
 

私事で恐縮ですが
当時、何の興味を持っていなかった自分自身が
住む場所が近く
弘前イスキア時代の初女先生の頃と母親との出会いから
姉の出身の高校が一緒で

お名前だけ存じ上げてたところから
やっと先生の価値を分かり始めたのが30代半ばからでした。

こちらはいつも目に付くところに

 

 

 

 

 

 

なかなか男性の場合だと、何かを成し遂げた!とか世に名を残した方!が惹きつけられ興味を持つんだと思いますが、むしろ男性こそ初女先生の素晴らしさを知って感じる事が出来れば、男に優しさ、いとおしさが身につくのかな??と最近思う所です。

 

 

ガ、なかなか地元近くの人は。。。。。。

という感じで、近すぎる場所や存在だと当たり前になってしまって価値の素晴らしさを感じるのが難しいところなのかなと感じるとこですが、でもちょっとした出会いがあったりすると、興味を持つきっかけも出来たりで

年齢が変わったり、状況変わったりすると興味の対象も変化したり

 

また、それ以上に立ち振る舞いというか

実際にお会いして、お礼して立ち去ろうとすると

手を握り締めて、

それが30秒位続いて

ご丁寧に頭を下げて頂いて

 

そんな姿を目の前で見せられると、言葉にし難い心に来るものを感じるのであります。

 

せっかくのご縁を頂いたからには、多少語れる人間になろうと思うのですが、その語るの部分においても本と映画で表になっているところ以上の実体験や深いところで出来ればいいなと思っていて

 

そんな視点で見ていると、初女先生の幼少期の頃からのストーリーがあったから、イスキアをずっと続けてこられたのだろうと思うところがあり、幼少期に思い病気を患って、這いつくばりながら学校に通っていた時の話

その頃に見た本?だったか信仰していたのが

聖テレジア(小さき花のテレジア)

 

病気で早くに亡くなられた修道女のテレジア

をご自身も同じ様に意識して神に仕える、利他の心が培われたのがこの幼少期の頃の病気がきっかけだったのだろうと、直接聞くのが恐れ多かったのですが、そうじゃないかなと思っています。

※テレジアは自分の天職を「愛」であると語っており、修道生活においても、人の欠点をゆるすこと、他人に惜しみ無く愛を与えること、人に譲ること、誤解されても相手を責めないこと、批判されても甘んじて受けること、苦手な相手のためにも愛をもって祈り善行をなすこと。

 

 

初女先生は「言葉を超えた行動が魂に響く」をモットーにされていて

そして「おいしいものを楽しく食べると生きる意欲がわく」「おいしいと感じた時に心の扉を開いてくれる」

それは、白装束?黒装束?で訪れた方の話が印象的で、自殺をすると決めて、最後の最後に親に諭されてイスキアにこられた方の話、心を開かなくても一緒に食事の時間、話を聞く時間を共に過ごしている中で心を開いてくれた方がいた事。

言葉を超えた行動

今を生きるで生きていて、そこで何があってもまた切り替えていくから、後悔はない

との事で、まずは目の前のことを精一杯やって生きていきましょう。希望や夢などいいことを考えてまっぐに進まないよりも、もっと心を向けて生きたい。今、このときを感謝しながら真実に生きていると、必ず目的に通じます。

 

 

 

 


 

森のイスキア

イスキアとは、イタリアの南西にある火山島の名前

 

 

ナポリの大富豪の子息で、教養もあり美しいナポリの大富豪の息子が、愛する女性とボートを漕ぎながら愛を打ち明けた。彼女がそれを受け入れた時、しかし、彼はなぜか虚脱感に襲われた。何かが足りない、虚しいと感じた彼は、少年時代に訪れたイスキアを思い出し、それ以後、何もかもが退屈で、何をする気にもなれなくなってしまった彼がふと思い出したのは、少年時代に父親に連れられて訪ねたイスキア島のことだった。

 

彼は「みずみずしい感性で、すべてのものに好奇心を持ち、生き生きとしていた自分をもう一度取り戻したい」と願い、一人イスキア島に出かけた。

地中海に浮かぶイスキア島から眺める風景は静寂に包まれ、青年は自分自身を見つめ、新たな力を得て現実の生活に立ち戻ることができるようになった。

どうにもならない心の重荷を感じた時、そこへ行けば癒され、自分を見つめ直し、 新たなエネルギーを得ることができる・・・。そんな場になって欲しいという願いを込め、 このエピソードから「イスキア」という名が付けられた。

心に重荷を抱え、虚ろさに苦しむ人々の「駆け込み寺」として、イスキアは運営された。訪れる人が増え、1992年には、彼女によって助けられた人々の協力のもとに、岩木山の麓に「森のイスキア」が開設された。


龍村仁監督が制作した映画『地球交響曲 ガイアシンフォニー』は、人物に関する取材や対談などから成り、初めは配給会社が見向きもせず、やがて監督自身がチケットを引き受けることを条件に、短期間の上映が行われた。これを見て感動した人々が、自主上映会などを催すようになり、ファンが増えた。かつては各地で開かれる上演会を探さなければならなかったが、今では有限会社龍村仁事務所から、DVD も発売されている。その「第二番」に初女先生が登場する。その取材時の思い出を、龍村は次のように記す。

 

映画のファーストシーンで、先生がイスキアの裏の雪の中からふきのとうを掘り出されるシーンがあります。その日の夜の私達の食事に、ふきのとうの味噌和えをつくって下さるために始まったシーンでした。初女先生のふきのとうの採り方を見ていて、私は胸が熱くなるほどの感激を覚えました。スコップか何かを使ってサッと採られるのだろうと思って見ている
と、なんと先生は、小さな枯れ枝を使って、シャカシャカとさわやかな音を響かせながら、まだ雪の下にあるふきのとうの周りの雪をやさしく取り除き始めたのです。「なんと“めんどくさい”採り方をされるのだろうか」、そう思った私は、先生が作られた梅干し入りのおむすび一個が、なぜ自殺まで決意している人の心を癒し、生き続ける希望を与えるのか、の理由がわかったような気がしたのです。

大切なのは効率などではない。来訪者に向ける思いは、言葉を交わさないふきのとうにも向けられる。その下には地下茎があるのだから。そしてまた、そのひたすらな思いを来訪者に向ける。来訪者は、最後の支えを求めてすがる思いで訪れる。そして、ひたすらな思いで迎えられる。その「訪ね/迎えられる」ということが大切である。


※ガイアシンフォニーで心に来るのが、初女先生の後に登場のジャックマイヨール。この方こそ昔から知ってて、ダイバーさんの間では結構伝説の方でした。

イルカと会話が出来る人、親日な人で禅もやる人。

そんな方が何で首吊り自殺したのか。。地位もお金も周囲の環境も多分何一つ問題ないであろうと思われてたのに、何故???ばかりで。ジャックマイヨールが初女先生と出会っていれば。。

 

なので、ジャックマイヨールも

なかなか表に見えるところはいいところ、輝いてるところばかりしか見えないのですが

裏側での生々しいところや暗い闇の部分も抱えながらだったと思うと、本でも動画でも闇の部分は1ミリも見当たらないけど、本人は自殺するほど悩みを抱えていたんだと。もしかしたら闇の部分があるからこそ頑張れたのかもしれない、とか。

いい面だけではないその人の心の部分まで見ようとする姿勢が大切じゃないかと思うのであり、深くその人を知る事で語り継ぐ話の内容に価値が出るんじゃないかなと思います。

 

 

 

コロナ禍の中で
記念日どころではないのですが

お祝いメッセージ頂きましてありがとうございます。

わざわざ昔々を思い出させる素敵なものまで作って頂き感謝です。

いろいろコロナも仕事もその他もろもろ大変な中ですが、自粛自粛の中、自分の様なパソコン前が当たり前の人間はまだしも、普段人と会って会話して額に汗する事が当たり前生活されていた方をみていて、関わりを持つことを望んでいる方が多いんだなぁと感じます。

 

 

 



昨年はこの日に父親が亡くなり
自分の誕生日だったんだと後々から気づいた感じで。お祝いも何も無い様に、1人誰もいない自然の中で瞑想

 

 

 

そして、形として残っているものを引き継ぐ形で年季の入った尺八を勉強中であります。演奏の時だけ名前が変わる形でして、恐れ多くも2代目の名に恥じぬ様、まだまだ初心者の領域ですが簡単そうに見えて深いなぁと。

 

 

 

 

そんなこんなで40を迎えた今、昔なら将来設計を50,60と計画立てて概ね自分も周りもそうなるだろうなという時代から全然変わってきて、まさか副業がOKになる時代が来るとは思う事もなく、インバウンド投資!と気合い入っていた数年前の状況も変わり、人生目標なるものを長期で立てる必要があるのか?

それより短期で柔軟になれる自分を用意しておく方が大切なのかなと思うところで体の健康とマインドセットについてはすごく言われます。。

 

また、自分の場合は10歳ソビエト崩壊 20歳で9、11 30歳で3、11 40歳でこれから来るのかコロナなのか?風の時代の到来か

何か大きな出来事が10年周期で起きている感覚があり、起きたのは大変でもそのあとに復活するストーリーもあって、今回のコロナも早くそんな復活が来る事を願うばかりです。

 

 

 

 

合宿形式特別基礎講座で開催
当日雨ではありましたが、参加者さんZOOM参加も含めて多数の方々にご参加いただいた今回の講座

 

毎年開催にあたって、近くにある
大粟神社

大宜都比売で食と調理の女神でありすべてものを生み出す女神としても有名です。
伊勢神宮外宮の豊受大神と同一神と言われています。
「大宣都比売命」は、伊勢の国から馬に乗って阿波の国に来、
この地に粟の栽培を広めた。

 

とのこと、また、近くに八十八カ所の
第12番焼山寺というお寺があり

徳島の実家から近い11番の藤井寺からたぶん11から12が一番距離があって
ひたすら山道を突き進むだけの道(約35キロ)

という山奥の場所になります。


あとは、お隣上勝のこちら
ITで輝くおばあちゃん

 

 

講義の内容は池川先生から、今回子育て、パートナーシップについての内容を語って頂き

 

 

 

子どもの能力の部分については、実際に感じたことの1つにうちで働いてた子が持っていた能力の1つ、フォトリーディング。その子自身は人との接触が苦手で、軽度の障害者雇用という形でスタートしたのですが、興味を持った分野に関しては本を読んだり、テストしたりのときに色がついて見える!という事を言ってて、大学院に国語0点、数学100点みたいな感じで合格した経緯があって。

 

そんな能力を持った子でしたが、一般常識に当てはめて見ていると社会不適合者にみられて。なかなか普通の生活に溶け込めずでしたが、能力として持っているものはすごいものを持っていて伸ばす場所やきっかけがないんだなと。

その子だけではなく、

結構そういったものを持っているのに、活かせる場所や機会が無い方が多いのではないか??と思うところで、まずはどうしたらこちらに心を開いてもらうかをいろいろやってみて、飲みにお誘いしたり、一緒に勉強しに行ったり、初島旅行だったり、熱海駅前で朝までだったり、大して効果無かったかもなのですが、会う人会う人に言われるのがそんなチャレンジして忙しくしてる姿があなたが輝いてるときじゃないの?

と言われます。。

 

本題に戻りまして、

「産まれてからでは遅すぎる」

 

 

 

いい出産をすれば、しあわせな家族になると思い込んでいたのが
そのあとに産後鬱や離婚になるケースは何故なのか?
あの時あんなにしあわせだと言っていた人たちが何故そうなるのか?

分かってきた事は、出産の時だけしあわせというのはダメだということ。

最近の先生の話の中では、子供さんはしっかり目的をもっていて、でもそれを受け止める大人側の方に焦点を当てて話をされることが多くて、脳の変化、意識の変化など大人側が変わるべき時期に来ているのを仰っているのではないかと思います。

 

 

 

 

 

 

山口先生が受講されていた時に、心響いた時のお話

 

本業が経営コンサルをされている時も
出来ない子、合わない子をいかにどうするか?の視点で
出来るだけ底辺をみる様にしてるとのことで
能力ある子がいても、そこは会社的に使う事しか考えていないことが多く
能力あるない関係なく、いい心を持ってる子はうちに入って育てたらいいと。

そこから天命と使命と宿命のお話を聞いて
深いなぁと。

 

 

息子さんが病院で言われた重たい病名。そしておかあさんの状況の中、なぜ自分はそういう母親の基に生まれて子供がそういう状況になったのかをいろいろ考えるきっかけになってたどり着いた胎内記憶。そこから自分の志命にたどりつく学びが出来たとのことです。

自分は守る立場の仕事をしよう!と。そして息子がいつか仕事をしたいと思った時にそれが叶えれる土壌を作れる様になりたい!という強い思いで活動されてます。

 

今年の東京思風塾は昨年と同じくZOOMでの開催になり
年間テーマ「美しいと共に生きる」
激動の今だからこそ

今こそ日本(人)にしか出来ない事があり日本(人)だからこそ出来ることがあると感じ、それは、世界に先んじて人間性の進化を一歩も二歩も前に進めることではないかと感じています。

身近な人間関係から実践し足下を照らすこと。その在り方は「美しい」

 

さらに、現在のコロナの状況において、哲学が本当に活かされるか否かが問われる時期にも来ているかと思われ、生かすも否かも自分の解釈と行動が握っているのかなと

そんな中でテーマに選んだのが愛をテーマとしてかかげられて自分も家族も会社や業界などなど、これから生き抜いていくのを考えると
助け合い、つながり、そこに美しさを忘れずに
という事かな?と思ってます。

 

 

自分自身も振り返ると、昨年1年父親が亡くなってからの後処理が面倒な事が多く降りかかってきて
その後コロナにて本業も大変になり、実家は手放して住んでるところも手放して
ギリ路上生活になる前にシェルターに助けられ、居候に助けられ、この状況で仕事も多少もらう事で
何とかなってる感じですが

そんな中、シェルターとかを見てると
心が相当落ちてる方や自暴自棄になってる様子が伝わってきて
この雰囲気の中にい続けたら精神的に前向きに活動的にというのはハードル高いな、、という状況で

最後の砦やすがりたい気持ちで哲学があるのかなと。

きつい厳しい、やばい
そんな状況下においては、本で読む哲学書よりも
哲学者の生き方や立ち振る舞いの方が心に響くのではないか?と思ってて
哲学者ではなくても、夫が公務員で何とか暮らしていけるけど周りで苦しい大変な思いをしている方やニュースを見てると
何か少しでもお役にたてることをしたいと

それを上智のイグナチオでやってた炊き出し目の前にすると
文字にはならないけど心にはずっと残り続ける体験できる哲学じゃないか!!と思うところで
それこそ感じる感性ではないか!と
そんな素敵な一面を見させて頂きました。

 

逆にそういうのがなければ、どんなに本を読んでても目の前のことでお金が無くなると常にお金がないの感覚で人間関係もコロナニュースも
常に目に耳に入ると、ピンチはチャンスの考えになれない自分がいて
イライラとお金がないストレスとどうしよう?の負のサイクルを一日中考え考えだったなと。。

そして、思風先生から届いたこちらの内容で前向きになれました。

出てくる問題なんかにビビるんじゃねえ問題を乗り越えて生きるのが人生の醍醐味じゃねえか!

 
 

今回の内容は
「愛を能力として成長させる」

これまでの哲学において、愛というのは情緒的・感情的ととらえられており、能力として成長させる発想ことが存在しなかった
もっと高度な愛のあり方というのを、今の人類は求めている段階にきている

これから必要とする愛というのは、考え方・価値観が異なる人たちと、どうやって仲良くしていくか、仕事をしていくか。

男女の愛も親子の愛も、人類が人間として存在している限り、根源的な大事なものではあるが、
しかし、種族保存の欲求としての愛の次元にいつまでも愛が留まっていては、愛のあり方としては物足りないのではないか。
我々はこれから、これまでの愛についての意識をさらに発展・成長させ、新しい愛の次元を切り開いていけなくてはならない
自然発生的な愛の次元を超えて、文化たらしめるという努力をする段階に入っていかねばならない。
愛というのを情緒本能感情として考えず、能力と考えて、愛の能力を成長させていくことによって、人類に新しい生き方というのを、もたらしていく。

 

カールヤスパース 1949年に書いた「人類の歴史と目標」という書物の中で、紀元前500年前後全類人類においても、人類が最初に精神に目覚めた時期があった精神の目覚めの時=20~21世紀に目覚めるであろうと予言している

命の本当のあり方に目覚め、新しい生き方に入っていく段階になっている

 

 

 

このヤスパースが言ってたのは
枢軸時代
というのがあり
インドのシャカ、イランのゾロアスター、ユダヤ思想、中国の諸子百家などが一斉に登場して、人類が神話時代から脱し、人間として自己を自覚し、人間存在を意識するようになった「歴史の軸となる転換」が生じた、と論じ枢軸時代と名付けた。

というのがあります。

 

 

 

また、過去の講義でもヤスパースについて教えていただいたことがあり
ヤスパースといえば限界状況

・元々ナチスの弾圧にあっていたヤスパースが唱えた限界状況は、不安、死、恐れを言っていて
限界状況に至った人間は自分の限界をまず気づき、あらゆるものを超越した存在に気付く(人間ではどうしようもない事を成し遂げる方)

そして限界状況がなぜ私たちにあたえられるか

そこは超越した方から与えられているのではないか?

それを暗号といって、暗号解読は
現在の状況かで精いっぱい生きる
でも暗号を知るには挫折が必要。

最終的には頑張るという事を言いたいのですが、
言い方を変えて、ニーチェは「超人」サルトル「アンガジュマン」
ハイデガー「先駆的了解」釈尊「生老病死」

現実のつらい、苦しい現状をまずは受け止めて、苦しい所からいかに乗り越えるかを説いてるのは共通していると思われるところ。

※ヤスパースはナチス弾圧を受けていて、思風先生がよく引用されるベルクソンは第2次大戦下、病気、疎開、極貧生活でさみしい最期を迎えていて

哲学者の方で生き方、これからの在り方を唱えている人というのを辿ると
原体験に大変つらい環境にあった方が多いのではないか?と。

戦争は当たり前の時代、弾圧もあり、
苦しみを受け入れざる負えない状況下だったからこそ
幸せになりたいというよりも、不幸を少しでも取り除きたい、といった反動が大きいのかなと思い

そこには日々突きつけられるマイナスな事をいつも体験しながら
何とか変えていこうと毎日毎日思い続けたからこそ出てきた思想なのかなと思い、
突き詰めて考えるというのが理性的かも?しれませんが「問う」事は徹底していた時代だったんだろうと思います。

第2の黎明期があり、これから枢軸時代に来るとするならば
ヤスパースの言ってた時代のとらえ方が結構当てはまってて
中々他人の思想を引用しない思風先生があえて実存系の哲学者を引用するのは
相当強く信じているんだろうと思われるところ。

 

 

 

来月以降は下記の予定となります。
2月6日(土)「美しさはなにゆえに重要か」
3月6日(土)「美しい在り方とは」
4月3日(土)「美しい会社とは」
5月1日(土)「美しい経営とは」
6月 思風会全国大会
7月3日(土)「美しいリーダーシップとは」
8月7日(土)「美しい人生とは」
9月4日(土)「統合という美」
10月 3日(土「善良精美は急ぎを禁ず①」
11月6日(土)「善良精美は急ぎを禁ず②」
12月 4日(土)「本年の総括と来年の展望」

 

ZOOM開催での釈先生講話会開催

いつも、釈先生とお会いする時というのは自分の心が落ちてるときが多くて、、元気をもらいにお伺いしている感じで。今回もコロナに関連しての現実的な話あり、どう乗り越えるかの話から鬼滅の刃もあり、深い内容でした。

コロナが起きる前から現在も踏まえて、情報の錯綜の中で何が本当かわからないからこそ世情に流されることなく現実を受け入れ正しい知識をもつ
そして我欲はどんなに人間が進歩しても変わる事がないから
今あることをそのまま受け入れて正しいものをきちんと見る

また、釈先生の話の中で、今年も変わらず生死について

特に自殺について思うところが強く、改めて本も読み直しと。

 

 

 

生死についての内容から

 

命を絶つ要因となってしまうのは環境の変化が大きい要因として挙げられ
その中で、友の大切さを言われており

自分という1個人が認めてもらえない時、憂鬱になり、ストレスを感じ、その先に命を絶つ
きれいごとで命は大事というのは誰でもわかっている。それでも頑張っていけない状況になる、周りの環境も存在している。

私が私が!となるのは人間だれしもそういう心を持っている弱い生き物である。みんな寂しい生き物である。だから友達となって認め合うのが自殺を止める1つのヒントになる。

 

今でいうならコロナも同じく、人間関係の問題以上にお金の問題がかかわってきて、他人と交われないストレスも出てくる中で、もう教科書通りの答えがなくなってきた中で、いかに人の心に温かさや気持ちが伝わるかが重要なのかなと。さらに温かさだけでなく、解決に至る為にお金だったり、住む場所だったり、食べるものだったりと。

自分もちょっと前にもうダメかなと思いながら、自分ひとりでは気持ちがおちても周りから見ると、あんまり気にする問題でもないよ!みたいな感じで拍子抜けする事も多々ありで、、1人で抱え込む事の危うさを感じるところです。

 

 

 

釈先生曰く

頼る存在が少なくなっているとするならば、そんな今の日本の社会を作ってしまった大人の責任がある。

本来は誰しも自殺したいと思っている人はいなく 本当にアクションを起こすギリギリまでためらうものの、最後の瞬間は引き寄せられる様にアクションを起こしてしまう。
そうならない様になるためにも周りの存在が大切で、相談する(頼る)為の第一歩はまずは、相談にのってあげる環境を作ることから 親子関係、友達関係など。 昔の日本はみんなで頑張ろうという風土があった。 (家庭でも学校教育でも会社でも)
終身雇用と年功序列で仮に能力の低い方がいたとしても それを補う上司や社長がいて、適材適所と教育がなされていた=認めていた。 その職場がその人たちの一生(生活の場)であり、暗黙の了解として勤める会社で定年まで働くというのが浸透していたが

現在、核家族で地域、社会の変化がどんどん進む中 人間関係、お金、家庭など 悩みを抱えている人たちがたくさん溢れている所に ※相談する、悩みを打ち明ける。その相談や悩みを受け止める「人」「組織」「家庭」「学校」「社会」の存在が希薄になっている。

だからこそ、親子、学校、社会それぞれのあり方を改めて考え直すべき時に来ているのではないか。
それがないと誰かがいじめの対象になり そのいじめの対象は弱者に対して向かっていく。 それが子供だったとしたら、その子の将来はどうなるのか? 子供が攻撃されているならば、尊敬出来る親、先生など身近なところに常にストレスを抱えてしまうのではないか。 しっかりとその子の将来やその子が育って作る社会を考えて 大人が自覚を持って接する事が求められている。

ひさしぶりにお会いしたAWAREの榮さんと

 

彼の移住前からご一緒させていただく機会が多く
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アンティファ、DPSの話から活動運営について重たい内容まで

地域の協力を得られるからこそ!のものと、反対に協力を得られない時の大変さと

SNS上だとどうしてもいい面、輝いて見える面が強くて
大変さ、難しさは見えないなと改めて感じるところで。

また、時期や時代の面も
5年前くらいに一緒に活動してた頃は
これからは地方の時代でインバウンドの時代だ!

そんな声が溢れていたところから
コロナが来て状況が全然変わってきてしまった今

継続し続けるべきもの、変わらないものは何なのか?
そんなコアな感じでした。

 

 

 

 

 

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土橋先生から

講師として伝える際に大切にしてほしい事は「感動」

感動はその人自身が経験して、自分に問いを行ってきたからこそのもの
その人でしか得られないものでもあり

人の心に伝えるには
感覚を言語化して、言語化したものを感覚に落とし込んでみる事

そして日常にどう活かしていくかをテーマにして頂きたいと土橋先生から教えて頂きました。

 

 

池川先生から、講座を行うにあたり第1、2講座でお伝えしていることの1つは魂について。量子力学を基に池川先生から解説頂きました。

私たちの体は「波、波動で出来ている」
波は共鳴し合うと物質を創り出す事が出来、反対に消すことも出来る。

波なので人間の体がすれ違う事も出来てしまう。
(一般的に人と異なった能力を持っている。空を飛べる、壁を突き抜けれるなど)

ここで大切になってくるのは
私たちは元々人の役に立ちたい!というのが共通している目的とした場合に
個々の異なった能力を持っていることが本当に人の役に立っているか?という事。

自分が提供していることが相手が望んでいる事なのか?を知る事が大切で
相手が望んでいないのに、自分はいいことをしたと思って
自分が褒められたい、認められたいと思っている事が魂の喜びになっていないか?

魂が力強いものになる(本物になる)には人の役に立つという本来の目的に沿っている事
それをマザーテレサの例、障害を持ったお子さんの例などを基にお話頂きました。

 

2021年2月27日(土)2月28日(日)長野県飯田市にて開催TRT心理セラピー&ベビー手話

 

2月27日(土)2月28日(日)長野県飯田市にて開催(リアル/zoom)

■開催日程:
2月27日(土)12時から19時
2月28日(日)10時から17時

■場所:長野県飯田市
(詳細は決まり次第お伝えいたします)

■講座時間:7時間×2日間

■定  員: 12名

■受講料
スタンダードコース:一般88,000円(税込)
基礎講座受講者     82,000円(税込)*修了者番号が必要です
Premea認定講師  77 ,000円(税込   *認定番号が必要です

TRT心理セラピーは…
マイナス1をプラス1にというもので
胎内記憶教育やベビー手話は
プラス1をプラス∞にというものなので
とても相性がいいんです💕

TRT心理セラピーで理論的に横のコミュニケーションを学びながら、ベビー手話や子どもたちのメッセージを受け取るサインなどに気づくことで、大人同士はもちろんのこと、乳幼児とも横のコミュニケーションがとれるようになるのがこの講座の目的です。

TRTはTopographical Revisioning Therapyの略称で脳と神経マップの修正療法

心理学とベビー手話を深く理解し胎内記憶教育を日々の生活の中で実践する方法を学べる内容となっており、お話会や子自身が主催する講座の中、あるいは保育現場で、赤ちゃんと直接ベビー手話を用いたコミュニケーションを図ることが望めます。

人が生きていくうえで様々な不幸な悩み

例えば、お金、仕事、パートナーシップ、結婚、離婚、子育て、嫁姑、体調不良、怪我、病気、障害、老化、介護、、、さらに、学校、地域、国の問題、、、環境汚染、戦争、貧困など。。

アドラー心理学では、こうした「悩みは全て対人関係の悩み」だと確認されています。そしてそれは、縦の対人関係に原因あり、さらに「胎児・0歳~9歳頃までの認知行動パターン」から生じることもわかっています。

それをTRT心理セラピーでは横の関係!を築くということで
対人関係の問題を解決することが幸せになり成功するための次世代コミュニケーション。幼少期(0歳から9歳頃)の生存パターンは無意識レベルですから、無意識を変える技術が必要です。さらにコミュニケーションを正しい方向へ変えることで、対人関係のすべての問題を解決することができます。

【Premea講師の皆様へ】
Premeaの講座でいつもお伝えしている「自分のとっての心地良さ(幸せスイッチ)」とは、経験しないと分からないものなので、心地よさを知らない状態のお母さんたちにそのままお伝えしても、それをなかなか受け取って頂くことは出来ません。

どうしたらいいのか悩んだご経験のある方も多いのではないでしょうか?そんな時TRT心理セラピーの技術を使うと、お母さんが自分で自分を一瞬で癒すことが出来、心地よさを受け取ることが出来るようになります。

赤ちゃんから大人まで、その方の魂の声である「真実の言葉」を引き出すサポーターとしての技術を身に着けてみませんか?

またこの特別講座にご参加頂くことで、胎内記憶教育の重要性を心理学的なアプローチで理解し伝えられるようにもなります。胎内記憶教育を伝え、愛で世界を包み込む講師としての活動の幅を広げ、より多くの笑顔を生み出すお手伝いをしていきましょう。

<TRT心理セラピー&ベビー手話スタンダードコース>
このコースでは、ベビー手話を深く理解し、その可能性を使いこなす為の専門的な知識を学べます。お話会や子自身が主催する講座の中、あるいは保育現場で、赤ちゃんと直接ベビー手話を用いたコミュニケーションを図ることが出来るようになり、かつ胎内記憶教育を日々の生活の中で実践する方法を学べる内容となっております。

*尚、当コースを受講されても認定講師にはなれません。

認定講師をご希望される方は当コース終了後に「マスターコース」をご受講下さい。

こどもたちの未来のために、育児、教育を変えていく必要があると感じるリーダーの方、ぜひご一緒できることを楽しみにしています。

☆講座内容☆
1日目
・ベビー手話の世界へようこそ/本講座の目的と進め方/認定講師について
・人の悩みのすべては対人関係の悩み
・悩みのたった一つの原因とは?
・意識のトポロジーループ理論
・物理世界と意識世界のルールの違い
・心と脳のしくみ(・赤ちゃんの脳と心の発達)
・0~9歳のプログラムについて
・なぜベビー手話がいいのか?/ベビー手話とは
・ベビー手話実践(食事編)(生活編)(遊び編)
・赤ちゃんの能力の高さについて(赤ちゃんの心は完璧)
・赤ちゃんの覚悟(信頼しか持って生まれてこない赤ちゃんの在り方)
・ワーク「ダウジングで潜在意識とお話しよう!」
・子どもがママにのぞんでいること(赤ちゃんがベビー手話で引き起こしたい事)
・感性のメカニズム・親子の感性教育とは?
・赤ちゃんとのコミュニケーションにおける5つの重要な要素
・親としての学びの必要性と楽しさ(現代の子育て・家庭教育とは?)
・承認欲求とは?インナーチャイルドと5つの傷
・2つの絆とは?不安ベースではなく、信頼ベースの親子関係

2日目
・心理カウンセリングの基本
・自他境界線と課題の分離
・セルフカウンセリング
・実践技術とクロージングの技術
・TRT心理分析&セラピー
・ガルシア博士が提唱するベビー手話の利点
・なぜベビー手話なのか?
・ベビー手話実例研究・ベビー手話実践
・ベビー手話が伸ばせる力
・ベビー手話の方法とプロセス・ステップ
・ベビー手話の時期別ポイント
・赤ちゃんとのコミュニケーション
・赤ちゃんの言葉とサインの覚え方
・サインの選び方
・お母さんからよくある質問
・ベビー手話を指導するということ
・ベビー手話認定講師の喜び・ベビー手話実践(サインの練習)

 

 

 

 

年代別子育て論講座の紹介

感性論哲学は、愛の哲学

年代別子育て論は、やさしく言うと「愛の子育て論」「愛ある子育て法」です。
年齢別に、7つの段階に分けて解説します。

 

お友達と仲良くできない

勉強してくれない

何を考えているかわからない

子育ては悩みが尽きません。

 

子供が人生を思いっきり楽しんで、日々を幸せに過ごせる

生まれ持った性格を生かしながら、豊かな人格を育てる方法があるのです!

そんな未来に向けた子育てを長い視点で捉え、

親として与える環境について学んでみませんか?

 

感性論哲学では、子育てには成長に合わせて7段階あり、それぞれのステージに合わせて何が求められ、何が必要になるかを説いています。

今回、胎内記憶教育を学ばれた方向けに、感性論哲学創始者芳村思風先生と長年に渡り思風先生に師事した胎内記憶教育協会常任理事松前兼一先生のお二人による年代別子育て論の講座を開催します。

胎内記憶に愛の哲学を取り入れることで、皆様の子育てに役立つ講座になれば幸いです。

開催日時

2月11日 13時から19時30分
2月12日 10時30分から17時

 

受講料

88.000円(一般)

83.000円(基礎講座修了者)

78.000円(認定講師)

お申し込みはこちら

 

思風先生が年代別子育て論についての概要を語って頂いた動画を紹介します。

是非ご覧の上、参加申し込みをお待ちいたしております。