あんたは払うよ、権藤さん。の真意 -54ページ目

あんたは払うよ、権藤さん。の真意

ご来場いただきまして誠にありがとうございます。「その1」などと付してある記事は続き物になっていますので、数字の若い順にご一読いただけると幸いです、としていたのですが、最近、数字入れ忘れてました。ごめんなさい。では、そろそろ開演です。Oh, yeah! Play it loud!

ああ、随分ご無沙汰してしまった。

しかし今週末まで厳しい日が続くな...

まあ、どんな人でもその人なりに厳しい毎日を送っているんだろうけど。


と、言う訳で、映画『あしたのジョー』を観た翌日、私の長女(当時中2)が、

「父、ワシ、ボクシングやりたい!!」

と言い出した。


ふ~ん。

今まで、ピアノやら塾やらヒップホップ(ダンス)やら、全て自分からやりたいと言い出して、全て自分から辞めた君が、今度はボクシングか...

やりたいなら、自分でジムを見つけてきたまえ。


「父、すぐ近くにあったよ!」

どこ?

ん?これは、近くのファッション専門店ではないか。

あ~なるほど。カルチャースクールって言うの?そういう場所があるのね?

ボクササイズかな?

どれどれ、案内を見せてくれたまえ。

...

おい!これはボクシングじゃない!

「え!?」

これはボクシングでもボクササイズでもないよ。

『キック・ボクシング』だ。

「違うの~?」

違うだろ~

矢吹丈が蹴ってたか?カーロスとやったときは蹴ったけど。

「あ、そっか~でも、無料体験申し込んじゃった。父も一緒に...」


なるほど。

では致し方ない。

では、一緒に体験しましょう。

と、我々はその日を待つことにした。

続きだ、続きなんだ、映画『あしたのジョー』の...


「1ラウンドではなくて1分!」に対する疑問の後に、長女が言った。

「でもさ~何で力石のところで終わっちゃうわけ?何で最後までやらないんだろう?あれじゃあ、何故『あしたのジョー』なのか、さっぱりわからないよね~」


次女も続いた。

「うん。ワシたちは原作読んでるから、意味わかるけど。それでも、あそこ(力石)で終わっちゃうのは、「は?」って感じだよね~ワシの友達も山Pだから観に行くって人いるけど、原作読んでる人なんて一人もいないよ~」

「原作知らない人には、二人の不良がプロ・ボクサーになって決着付ける、ってだけの話になっちゃうじゃない!?」


私はお前たちの父親であることを改めて誇りに思う。

うむ。そうなのだ。


何故最後までやらない?

通常の漫画の単行本だと、『あしたのジョー』は全20巻。

力石は8巻だ。

つまり、物語のまだ半分も行ってない。

矢吹丈は、それから「あしたのジョー」になっていくのだ。


ドヤ街のセットも、ジョーの服も、そしてあの丹下段平さえも映像化したのに、何故最後までやらない?


今からでも全く遅くない。

最後までやって欲しい。

原作と大きく違っていても(既に違ってしまっているから)、それについては文句は言わない。

また、山Pでは年齢的に無理、とか絶対に言わない。

とにかく、何故、この作品が『あしたのジョー』なのか、映画製作者の考えでいいから、表現してくれ~


次作は、展開早すぎるけど、カーロスまでか...

最初を、少年院出るところまでにしてくれれば良かったのだが、最早遅い。


オーディションやってくれないかな~

ゴロマキ権藤は私が演ります!!!

うぉ~!!!

ロジャー・ダルトリー出た~!!!

かっこいい~!!!

と、時代は一気に現在に至り、映画『あしたのジョー』が公開される。


主役は山下氏。通称『山P』と呼ばれる方である。

娘たちの要請により、私は一緒に観に行くことになった。


観賞後の道すがら、娘たちは異口同音に、

「山P、かっこいい~カッコ悪いところがひとつもない~」

「力石役の人は雰囲気合ってたね~」

「しかし、ウルフ金串の扱いはひどかったね~あれじゃあ、いくらなんでもウルフがかわいそう...」

と感想を述べていた。

私もそれに同調した。

私は物事に好意的な男だ。

ドヤ街のセットも、ジョーの衣装もよくできていた。特にジョーのトレーニング・ウェアは、市販してもらいたいほどの出来栄えであった。娘も「同じのが欲しい」と言っていた。映画館で売っていたら、間違いなく三人分買っていただろう。


しかし、何かが...

私はそれを絶対言わないつもりであったが、長女が指摘した。


「でも、父...力石のKO予告は、1ラウンドじゃなくて1分だよね?」

うっ!!気づいていたのか!!さすが私の娘!!!

「そこが力石の凄いところなのにさ~何で変えちゃうんだろう?」

そうなんだよ、お前の言う通りだ。

でもさ、山Pの映画に文句つけたら盛り上がらないので、父は黙ってたのさ。

「別に、『1ラウンドじゃねえ、1分だっ!!』って言っても、映画の時間長くならないのに。何で原作通りにやらないのかね~」

う~、何と泣かせる意見。

そうなのだ、絶対、あそこは「1ラウンド」ではなく「1分」でなくてはいけない!!

私が一番好きな漫画は、『あしたのジョー』である。

ちなみに少女漫画に限れば『ベルサイユのばら』。


『あしたのジョー』は、いつ読んでも素晴らしい。

小学生の時から今に至るまで、全く変わらない。もちろん、成長するにつれて、作品に対する思いは変わっていくのだが、素晴らしいことには全く変わりはない。


そして、完璧だ。

もし完璧な漫画があるなら、それは『あしたのジョー』だ。

もちろん、梶原(一騎)先生(本作では『高森朝雄』名)得意の?荒唐無稽な場面は多々ある。

しかしながら、端的に言うと、そんなことはどうでも良い。取るに足らない。

私は、『あしたのジョー』を『あしたのジョー』にしたのは、ひとえにちばてつや先生の為せる技とも思っている。

もちろん、ちば先生はそんなこと言わないけど。


何が素晴らしいのか?完璧とは何なのか?と問われても困るが、いつもブログ記事などさっさと書いて投稿してしまう私の筆が、止まってしまっている。

パソコンの前に座ってタイトルを書いたまま、もう36時間経過した。まるでジョン・レノンの『コールド・ターキー』みたいだ。

それほど素晴らしく、完璧なのだ。これじゃわかってもらえないだろうな~とは思うが。


したがって、娘二人が文字を読めるくらいになった頃に、

「男の子の漫画はこれだけ読んでおけば充分だからな」

と言って『あしたのジョー』を渡した。

あ、決して「読め!」と強制したわけじゃありませんよ。私の子供だから、強制されたら読むわけがない。

まあ、『ブラック・ジャック』は勝手に読んでたけど。

あと、必要に応じて『ゴルゴ13』か。「最終暗号」とか「神の耳・エシュロン」とか「2万5千年の荒野」とか。

次女は最近、『ワンピース』を読んでるがね。

おっといけねえ、また余談になっちまった。


最近、長女を通して知ったことだが、『あしたのジョー』は力石と戦った後で終わる、と思っている人がいるらしい。

なんともったいない!

『あしたのジョー』は「力石」の後に『あしたのジョー』になっていくというのに...

「じゃあ、力石と戦った後に、あの最後の場面になると思っている人がいるの?」

と私が長女に聞くと、

「うん。どうもそうみたい。力石の後が『あしたのジョー』なのにね」

と彼女は答えた。

さすが私の娘だ。


ああ、もう48時間経ってしまった。


最後の画だけ知ってる方、力石戦の直後にこうなったと思っている方、あまりにも残念で、あまりにもお気の毒です...

この奇跡のラストシーンに至る経過を知らないなんて...

講談社はデジタルでもやってます(少年マガジンコミックス)。

この土日で、是非!!!!!!!!!!!!!!!!!!!