先輩が入院してからバタバタとしておりましたが、昨日、1つ目の研究会を無事終えました。
その研究会のために、先輩は一時外出許可を得て来てくれました。その心は、watchじゃ不安すぎる、というのも去ることながら、自分のプロジェクトを自分でやり遂げたい、お客さんに不安を持たせるものか、というプロ根性だったように思います。
専門家を集めて、先輩と私が行った調査の報告に対して意見を出してもらい、それを次回までにまとめる、といったものであるため、研究会の70%は先輩が発言をしている。そんな研究会なので、それを任されてしまったら私、本当に困ったと思う。
でも、来てくれたので話は基本的に先輩がしてくれ、無事終了。私もいつもと同様に中身に集中しながら参加することができた。
しかしながら、調査の報告資料や議論してほしいことなどの資料は私が作成しました。
だから、研究会の先輩の発言もこれまでとは違って、その殆どが私が準備した情報から発せられたものだったので、私が捉えた情報に対する直接的な意見を専門家に聞くことができました。
そういう意味では、よかった。。。。です。
ただ、うまくいったのに、反省点ばかりがあります。
・私は一度も、その研究会、私が報告します!と言い出さなかった。
言い出せなかった、、というのが事実です。こなす自信がありませんでした。
・これまで、その程度までも主体的に動いていなかった。
このプロジェクトは初めて接する分野であるから。。。というのが私の言い訳でしたが、
これでは自分で研究できる人になれないじゃないか!!
うれしかったこともあります。
・資料は紹介してもらったものの、その読解が間違いではなかった。
・そんなこんなで、今回の研究会だけ先輩の思想、というよりは私の思想で議論は進んだのですが結構、いい手ごたえでした。時々先輩の主張は、過激、行きすぎだな、と思うことがあったので、内心、うれしかった。
・研究会を終えて、明日から早速調べたいことが沢山出てきた。
くやしかったこともあります。
・先輩が出てきたことで、研究会メンバーも、社内の周囲の人も、先輩までも、そして私までもの中で、やはり私が薄い存在であることを位置づけてしまったこと。こなす自信がなくても、やはりアピールも重要なのです。。で、そのぐらいのリスクは負わなくてはいけないのです。。。
・研究会の後、親しいメンバーに、先輩が「こういうことがあるから、誰か人を採用してくれない限り、来年からこういう仕事は請けないことにした」と言っていました。私の存在が素通りされていた、ってこと。
くやしいですね。でも、私が自ら、2番手という態度をとっている、という点も見過ごすわけにはいきません。見抜かれているのかもしれませんね。今日からは、もう少し主体的に行動しなくてはいけませんね。これは、他人のプロジェクトだから・・・・と逃げていた自分への罰であります。
願わくば、私のような専門外の人をメンバーに入れることによってより幅広い議論をしたい、そして私は、専門外の研究会に参加することによって、より幅の広い視野を持ちたい、ということなのに、これじゃぁ十分に活かせませんね。
隠れてはいけませんね。
一度こういう態度をとってしまった後、積極的に加わるのは難しいけれど、やってみようと思います。