小説「旅人の歌ー 信使篇」その14 - 西笑 | 物語書いてる?

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 一行が小倉城下の宿舎に入ると、家康の使いと称する僧が待っていた。その僧は黄色の衣に金襴の袈裟を着ていた。頭には黄金の頭巾を被り、耳垂れが異様に長かった。倭僧は宿舎の居間に陣取り、主人のように通信使一行を迎え入れた。倭僧は対馬島主に向かって言った。
 「その方、対馬守であろう。拙僧はお上の意を受けて参った、西笑嘲夷である。ここに居る間は、拙僧をお上と思われよ」
 「は?」島主は頭の隅を探った。西笑と言えば、秀吉の側近だったはずだが…。
 「確か、太閤の側近では?」
 「それは、昔の話。今はお上の外交参謀である。態度を改められよ」
 「はあ?」
 「頭が高い。控えい」西笑の声に圧されて島主は頭を下げて這いつくばった。
 「これから、この使僧と面談いたす故、そちは訳をせよ」
 「はっ」島主は平伏したまま言った。
 「さて」西笑は大師を立たせたまま話を始めた。
 「まずはこ度のわが国への訪問だが、戦勝国たる我が国へ、国交を結びに参ったということでよいかな」大師は黙ってその訳を聞き終わると、島主の方に向いて言った。
 「この僧は、何をしに来たのだ?」
  西笑はそれを聞いて眉をしかめた。
 「しかと訳せよ。よいか、わしはお上の代理として参った。すなわち、わしの言葉はお上の言葉。だからここで、我が国書を受け取ろう。お主らに代わってお上に渡そう。国書をここへ出せ」
  島主はその言葉を訳す前にごくりと喉を鳴らして大師を見た。大師はどっかりとその場に座り込んだ。
 「国書は、我が朝の殿下より託されたもの。そしてその宛先は源家康となっておる。お主ではない」
  その言葉は訳される前に西笑に伝わった。西笑はいらいらと床几を掴んだ。
 「外交はこの身に一任されているのだ。良いからさっさとこの場に出せ。大体それが、戦勝国に対する態度か」
  島主の脇の下から汗が流れた。大師は瞑目した。
 「そもそも、何のためにここまで来たのだ?」島主は訳す事を止めて、大師の顔を横からそっと覗いた。
 「対馬守、そもそもお主がこの交渉を進めて来たというではないか?一体何故今更我が国に来させたのだ?」
 「はあ…それは…お上も朝鮮との外交を望んでいると…」
 「何?それをどこから聞いたのだ?」
 「はあ…いえ幕閣の方より…」
 「対馬、ちと心得違いをしておるようだの」
 「は?何を?」
 「お上の心をだ。いや、お国の心ともいえる」
 「…」島主は、訝しげに西笑を見た。
 「そも我が国は神国である。いにしえの三韓征伐より、朝鮮は弱国である」
 「何…を?」島主は後の言葉を呑み込んで歯を食いしばった。
 「さらに今、我が国にはスペイン・イギリス・オランダ等、多くの国から国交を望む者が参っておる。お上はそれらの者への対応で忙しい。とても朝鮮などに構っておる暇などないわ」
 「し…しかし…」
 「誼みを通じたいと先に国書を送ってきたのは、源家康ではないか?」後ろにいた金副使が島主に聞いた。その横には韓人訳官が居る。島主の額から汗が滴り落ちた。西笑はさらに続けた。
 「もうひとつ教えておこう。お上は今、再軍備を考えておる。われらは和戦どちらでも構わんのだ」
 「どういうことだ?この者は、何を言っているのだ?」副使が声を荒げた。
  その時、閉じていた大師の目が開いた。
 「お主、本当に仏の弟子か?」
 「何?」
 「本当に仏教に帰依する者かと聞いておる」
 「何をそのような、突拍子もないことを…」
 「まるで寺で修行をしたことのない物云いよの」
  西笑は突然立ち上がった。

「いっ、言うに事欠いて、何をたわけたことを…わしを本気で怒らせるつもりだな。今日の事、後で悔むなよ」
  西笑はくるりと踵を返し、目の前にいた少年を突き飛ばした。
 「どけ」
  西笑は陣宿の板の廊下を踏み鳴らしながら去って行った。
 「大師、どういうことだ?話が違うではないか?」副使は大師に詰め寄った。行首が副使を宥めた。
 「まあまあ、あちらの態度の事で大師を責めても…」
 「しかし、このまま家康に会っても、無駄足ではないか。いやそれどころか、倭が礼を失するならば、我らは引き返すべきだ」
 大師は目を再び瞑った。小山の様な丸い体が、転ばない人形のように見えた。
 「大師、引き返そう。我らは国を代表して来ている。国に対する侮辱を見逃すわけにはいかん」副使の声はけたたましく響いた。

「予定通り、家康に会う」大師は目を瞑ったまま、静かに言った。

「何?」

「副使。我らの名は何であったかな?」

「名?」

「我らは『回答兼刷還使』である」

「それが?」

「まだ倭と信を通じたわけではない。倭が戦を起こすつもりがあるか、よくよく探賊しなければならない。それに、奪われた我が同胞を一人でも多く生還させる」大師は目を開いて皆の顔を見回した。

「疑いを持ちながらも、前に進むのだ。後ろに退いてはならない」