船が大きく傾いた。義父は兄に合図をした。
「今だ。海が荒れているこの時なら、誰も注意を払うまい」
「ですが…」兄は言いかけ、自らの言葉に首を振った。
(ここで溺れ死んだとしても、倭の地に行くよりましだ…。)
義父と兄は船倉から出て、船上で騒ぐ倭人達をしり目に、小舟を繋いである縄をほどきにかかった。縄は人間の腕ほども太く、波しぶきに濡れて、なかなかほどける様子を見せない。すると船の揺れが、急におさまった。雲の割れ目から三条の光が差し込んでいる。その光条が船に近づいてきた。船上を見ていると、そこに儒者と韓服を着た女がいた。索具に体を縛り付けている。回りを倭人達が取り囲んでいた。ところが人々の視線は、光に向けられていた。何が、起きているのだろう?耳の鼓膜が破れたかのように、あたりから音が消えていた。船上にいつのまにか童女が三人立っている。童女たちは古代の衣装を身にまとい、踊りながら笑って義父と兄を指した。その仕草に、近くにいた倭兵が気が付いた。倭兵たちは義父と兄を取り囲むと、体を太い縄できつく縛りあげた。義父と兄は体から力が抜けたかのように、されるがままになっていた。その瞳の中に、三人の童女が浮かんでいた。