小説「旅人の歌ー 陶工篇」その5 敵と味方 | 物語書いてる?

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敵と味方   

 遠くの島影が、身を寄せ合った家族のように、次第にその姿を現して来た。このあたりは狭い水道となっていて、潮も早く、一日の内に何度もその向きを変える。昔から海の難所となっていて、暗礁に乗り上げる船が跡を絶たない。
 ふと気が付くと、あたりに霧が立ち込めている。視界が狭く、前の船にぶつからないよう、船頭は慎重に船を進めている。
「なあ、俺たちこの先、どうなるんだろ?」一緒に捕まったブン蜂が陶工に話しかけた。
「うむ」陶工はブン蜂に答えずに、辺りの気配に耳を澄ませた。代わりに隣にいた医生の恰好をした韓人が呟いた。
「もう、終わりだ」
 わずかに、海鳥の鳴くような音が聞こえてきた。船上の倭人たちが、不安げにあたりを見る。
 何かが、近づいてきた。
 頭上で、風を切る鳥の翼のような音がした。空一面から、大量の星が降ってきたように見えた直後、船上にあるあらゆるものに矢が突き立った。矢の先端に見えた焔が、次々と人々を火だるまに変えていく。と、視界が激しく横にずれた。重低音が鼓膜を揺さぶる。船の横腹に、火で燃え立つ船の舳が乗り上げていた。赤壁の火船戦法と同じ空船だ。
「味方だ。助けに来たんだ」陶工は思わず叫んだ。陣太鼓が響き渡る。あの鳴らし方は、全羅水軍。李統制使だ。噂に聞いた軍神の登場に、陶工は思わず喉を鳴らした。
 霧が晴れだした。倭の軍船を分断するように、全羅水軍が突き進んでいた。思ったよりも船の数が少ない。
(これは・・・。)
 倭軍は明らかに統制を失っていた。分断された先の倭船は、見る間に逃散してゆく。全羅水軍は、巧みに船を操り、倭船を駆逐していった。主船とみられる船の楼上に、巨漢が立っていた。
 陶工はつばを飲み込んだ。巨漢の手に持つ軍扇が、陶工の船を指した。指揮船から舞い上がった無数の矢が、霧の晴れた空を切って飛来した。陶工は物陰に隠れた。あたりで矢の突き立つ音がした。ふと見ると、倭人も韓人も矢襖になって死んでいった。
(李統制使は、この船を沈めるつもりなのだ。)
 陶工はそばに横たわった水夫の一人を押しのけると、回りに声を掛けた。
「逃げるぞ」その声に、ブン蜂が反応した。
「チョちょっと待てよ。助けに来たんだろ?今そう言ったじゃないか?」
「違う。李統制使は、倭の軍船を沈めに来たんだ」
「それは、俺たちが見えていないからだろ?」ブン蜂は立ち上がって手を振った。
「おーい、おーい。俺たちは捕虜だ。朝鮮の民だ。助けてくれ」
 弓を持った兵士たちの動きが止まった。
「ほら見ろ。助けてくれるんだ。おーい、おーい、こっちだ。わっやめろ」
 銃声が響いた。振り返ると、倭兵が一人、片膝をついて銃を構えていた。楼上にいた統制使の体が傾いた。倒れながら、統制使の軍扇がこの船を指した。
 再び無数の矢が船を襲った。ブン蜂はわっと言って飛びのいた。
「おい、皆、死人を押しのけ櫂をとれ。漕ぐんだ。逃げるんだ」
 陶工は死にもの狂いで櫂を漕いだ。その恐怖が水夫に伝わっていった。船は傾いたまま、滑るように水面を進んでいった。いつしか戦線を離れていたが、それでも陶工の腕は止まらなかった。
(これで、俺は故郷からも見放された。)
(俺は、賊軍に、倭の一員になったのだ。)
 腕は櫂を漕ぎながら、頭は全く別のことでいっぱいだった。