小説「旅人の歌ー 陶工篇」その3 - 陶工の村(続き) | 物語書いてる?

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     陶工の村 (続き)

 

「殿、村が、もぬけの殻でございます」物見は額から汗を流しながら報告した。物見は一人の男を引き連れてきた。

 倭将は口を曲げて薄く笑った。

「そうか。敵も動きが早いな。大したものだ。その男は?」

「は、村に隠れていました」

 倭将は男の手を見て言った。

「この男は、県監に仕事を頼まれた陶工かと聞け」

 男は訳を聞くと、頷いた。

 倭将はうっすらと笑った。

「さて、それでは南原城へ行くとしようか?」

「は。では戦に戻るので?」

倭将は口髭をひねった。

「そうだ。手柄を摂津に渡す事はないぞ」

「は」

「此度はちと酷い戦になろうぞ」

 副将の背筋が震えた。鬼島津と恐れられた過去の戦が脳裏に甦る。戦で怖いのは敵ではなく、常に血なまぐさい己自身だった。副将は自分の手を、じっと見つめた。

 

 陽光にきらめく槍の穂先が見え、少女は本能的に林の中に隠れた。あれは、兵だ。遊芸人じゃない。これまで見た事もない、不思議な格好をしている。馬に乗っている人は、角のついた大きな兜をかぶり、顔全体を黒い仮面で覆っている。ただ目だけが見えていて、異様な光を宿している。地獄の門が開いて、そこから鬼が来たのだろうか?その姿は、少女が想像していた鬼とは違っていた。妙に現実感のある鬼たち。

 少女はその果てしのない行列が通過するのを見ていた。予想に反して、いつまで待ってもその行列は途切れなかった。そのうち、幼い少女の頭の中で、その行列の向かう先が像を結んだ。村だ。大変だ。少女は後ろずさりに、ゆっくりとその行列から離れようとした。踵が何かを踏んだ。下を見ると、蛇がとぐろを巻いていた。

「ギャッ」少女は慌てて口を手で押さえた。蛇は少女の足に咬みついた。

 倭の兵がその声を聞きつけた。少女は大木の洞の中にしゃがみこんだ。何人かの足音が、林の中に踏み入ってきた。

 

 陶工は前方に異変の音を聞きつけた。大量の馬のいななき、蹄の音。人の足音。

 来た。

 街道をはずれて高台に登る。腹ばいになって眼下の様子を探った。思ったよりも大軍だった。これは・・・。

 その時、道のはずれに少女の姿が見えた。陶工の全身に流れる血が凍った。陶工は大声で喚きながら山を駆け下りていった。

 

「おい、本当に人の声だったのか?」

「だと思うが」

 倭兵たちは林の中を、音を立てて捜しまわった。少女の額を汗が伝う。蛇に咬まれた跡は青黒く膨れ上がっていた。倭兵たちの足音が近づいてくる。少女は目を瞑ると、深呼吸して駆けだす姿勢を取った。「おい」近くで声がした。

「ここ草が踏みつけられているぞ」少女の足に力が入った。すると、遠くの方で大きな声が聞えてきた。

 兵たちは驚いて、声のする方を見透かそうとした。山の上の方から、何かが急速に近づいてくる。木洩れ日を透かして、その白いものはまっすぐ兵たちに向かってきた。兵たちは槍の穂先を上げて構えた。

 

 それは一人の男だった。その男は急に立ち止まると、兵たちと睨み合った。兵たちは一瞬動けなくなった。

 男はクルリと反転して、来た方向に駆けだした。兵たちは口々に喚くと、男を捕まえようと、慣れない山の中に入って行った。

 

 少女は陶工の姿を目で追った。体が異様に重く、身動きすらできない。自分の息が妙に熱く感じられる。男たちの声が次第に遠ざかっていくのを聞きながら、少女の意識は混濁していった。

 

 陶工は山中を迷っていた。既に日は落ち、方向を見定める物は何もない。木々が鬱蒼と茂っており、夜空を見ることができない。それどころかすぐ目の前すら足下おぼつかず、木の根に足を取られる。絶えずどこかで下草を擦る音がしていた。倭兵たちは松明をかざし、遠ざかったり近づいたりしている。陶工はなるべく音をたてないように、細心の注意を払った。何度か倭兵が近づいて来たが、息を潜めてやり過ごした。そのうち、松明の灯りは遠ざかっていった。

 夜霧が立ち込めてきた。少女の事が気になる。うまく逃げてくれればよいが、少女の面影が陶工の心を満たした。陶工は天に祈った。

 すると、どこからか怪しい風が吹いて来た。前方に、岩のような大きな影が見える。闇になれた目を凝らして見る。だがそこだけ、全く何も見えなかった。風はそこから吹いてくる。すると、奥から何かの足音が近づいてきた。頭の隅で何かが警告を発したが、陶工の足は地面に張り付いたまま、上げることができなかった。

 前方の闇の中に2つの燐光が浮かび上がった。次第に輪郭が現れてくる。かなり大きな獣のようだった。その時霧が晴れて、あたりが白昼のように明るくなった。

 陶工の目の前には、月の光を浴びた一頭の白虎が立っていた。

白虎は顔を歪めて口の中で吼えると、反転して暗がりの中に戻ってゆく。白い尾がヒラヒラと陶工を招いた。後ろを見ると、四頭の虎が、いつの間にか陶工を取り囲んでいた。いずれも物憂げな顔して首を振る。陶工は、前方の闇の中へ進んでいった。

闇の中に、光が見えてきた。近づくと、そこは小さな宮殿になっていた。青い色調を基調にした、古風な屋根の宮殿を模した小さな建造物。壁には海の生き物が描かれている。気がつくと、壁の裏側から古時代の衣装をつけた女官らしき娘が四人、食膳を捧げて立っていた。

 真中にある帳の向こうから声がした。

~ 膳の用意が整いました。召し上がれ。

 陶工は、フラフラと膳に近づいた。匙で汁をすくって、一口飲む。美味だった。甘露に胃を刺激され、陶工は膳に並んだ食べ物をガツガツとたいらげた。そこで初めて頭の中の疑問に気がついた。

「あなた様は、どなたで?」

 帳の向こうで、わずかに衣擦れの音が聞こえた。

~ 私の名は、五虎宮主。世をさすらう者の母。

 陶工には、その言葉が異国の言葉のように聞えた。まるで琴でもつま弾くような声だ。

「ここでは、何を?」何気なく聞いてから、失礼じゃなかったかと気を揉んだ。

 帳が揺れた。

~ そなたを、待っていたのだ。

「へっ?」陶工の額に、うっすらと汗が出てきた。

「そっ、それはまた・・・?」最後まで言葉を出しきれず、陶工はためらった。何か予想のつかない展開が始まっていた。

~ 私は知っている。

 帳の揺れが、少し強まった。

~ 今、そなたの心には、大事な娘がおるであろう?

陶工は、咄嗟に胸襟をつかんだ。

~ その娘は、今生死の境をさまよっている。

「えっ」陶工は耳を疑った。

~ 見よ。

帳から杖が差しだされ、その指し示す壁面にぼんやりと白い像が映った。そこには娘が寝ていた。木の洞の中で、肩を激しく上下させている。顔が青黒くくすんでいた。

~ 娘は蛇毒に全身を侵されている。一刻後には絶命するであろう。

「宮主さま」陶工は帳の奥に向かって手を合わせた。

「お願いでございます。あの娘をどうか助けてください」

~ ふむ。助けられると思うか?

「はい」陶工は手を擦り合わせて頼んだ。

~ あの娘を助けるには、儂があの体に入り、汗で毒を体外に排出せねばならぬ。その前にこちらの命が危うくなる恐れがある。

陶工は、ごくりと咽喉を鳴らした。

~ そうまで儂にせよと、言うのだな?

陶工は、頭を地面に擦りつけて頼んだ。

「後生です。そのかわり、一生あなた様に奉仕します」

帳の揺れが止まった。また鈴のような声が聞こえた。

~ では、こうしよう。娘を助ける代わりに、そなたは倭の捕虜となり、彼の地に赴くのだ。

(・・・?)陶工の思考能力が停止した。

~ そなたはその地に根を張り二度と我が国に戻ること叶わぬ。子々孫々にいたるまで、その地にて枝を伸ばし、葉を繁らすのだ。

(・・・?)陶工の口がぽっかりと開いた。

~ よいか。何百年、千年かけても必ずその地にて大木となるのだ。努々戻ろうなどと思うてはならぬぞ。戻れば、あの娘は罰を受けねばならぬ故な。

陶工は堪らず声を荒げた。

「な、なぜ、そのような事をせねばならぬので?」

帳の中から、えも言われぬ薫風が吹いて来た。

~ それは、いにしえより続いている、いわばしきたりじゃ。わが子もそのようにして彼の地へと発って行った。

「我が子?」(このお方は・・・?)

「あの娘は、本当にあの娘は助かるのでしょうか?」

~ 我が力の全てを出し、必ずや娘を助けようぞ。

 陶工の体から、力が抜けて行った。

「わかりました。仰せのとおりにいたします。くれぐれもあの娘をよろしくお頼み申します」