たとえたった1人が始めたことでも | 春はあけぼの 女は美学

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50過ぎた女が感じたこと、考えたことを書いてます

こんにちは。伏見美帆子です。



アラカンオンナが、
感じるままに綴るブログです。


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今、世間で普通に執り行われていることって、
当たり前だが最初に始めた人がいる。
それを広めた人がいる。

一般的になりすぎて
当たり前になっているけれど、
地道に開拓して来た人たちがいるのだ。

よく行ってる場所なのに、何も知らなかった。

ステキなことって
素晴らしいことって、
実は身近にあったりするのかも…



あれは中1の三学期の終わり。
卒業式の何日か前に、
三年生を送る会というのがあった。

その中で、中学3年間の思い出のスライドを
先生方が作成して流すのだが、
下級生にとっても、
上の学年での行事を知ることができて
楽しく観ていた。

その中では当然、修学旅行も出てくるわけで。
京都奈良の神社仏閣への旅行で、
その頃、全く興味のなかったワタシは
こんなところに行ってもなぁ…
などと不届なことを考えていたものだ。

その中で、唯一記憶に残ったスライドがある。
奈良にある薬師寺の塔の下で、
三年生たちがお坊さんのお話を聞いている写真。

ナレーションでは、
「薬師寺ではお坊さんの面白い話に耳を傾け…」
というようなことを言っていて、

お坊さんの話が面白いわけないじゃん!!

などと、反抗期真っ盛りのワタシは
その時に強く思ったのである。

時は過ぎ、
中3となり、修学旅行で薬師寺へ。
五重塔の下に生徒たちが整列して
お坊さんの話を聞くこととなり…


果たして、
ワタシの予想は見事に裏切られた。

え?
面白い!!!
みんなゲラゲラ笑ってしまう。
あの頃、漫才ブームで
テレビで関西の芸人さんが活躍していた頃。
テレビでしか聞かなかった関西弁が
しかもお坊さんの口から
漫才みたいにポンポン出てくる!

リアル関西弁の洗礼を受けたのは、
まさかの薬師寺だった。
とはいえ、ありがたい法話の内容は
全く覚えてないのだけれども(^◇^;)あらあら…


時は流れ、
そんなこんなで
ガッツリと脳内記憶されていた薬師寺。
本家は奈良であるが、
東京にも別院があるとのこと。

修学旅行のあの時の体験を思い出し、
なぜかご縁を感じ、
仏様をお供えさせていただき、
それ以来、法要などに参列していた。
そしてそこでは、
写経が日常的に行われていた。

昨年から、ワタシも体験。
その薬師寺から
ことあるごとにDMで
様々なお知らせが届くのだが、

なんだか薬師寺にゆかりのある、
スゴい僧侶の方の法要が、
奈良と東京で行われるらしいとのこと。



なんと、二七回忌である。
そもそもなんと読むのかもわからない、
「高田好胤」という方。
東京別院だけでも、1日に2回、しかも三日間も。

なんとなくそそられて、
久しぶりに写経もお願いしようと
いそいそと参列してきた。

すると、その後、

その方がとんでもない偉人だったことが

判明したのである。



法要が始まる前、
NHKできてかつて放映されていた、
「あの人に会いたい」というビデオが流された。

そこには、
在りし日の高田光胤和上のお姿が。
修学旅行生への面白おかしい法話をはじめ
日本全国で講演会をしていらした。

戦後、どんどん道徳感が薄れていく中、
まだ若い人たちにも
仏教の話に耳を傾けてもらうため
楽しく面白く話していたのだという。

ワタシが中学生の時に薬師寺で聞いた法話は
高田光胤和上ではなかったけれど
あの楽しい漫才のようなお話は
和上のお考えから来ているのだと。

さらに、
檀家もなく、ボロボロだった薬師寺の復興を願い
金堂を立てるべく、
1000円で写経を始めたのだった。
(現在は2000円です)
全国行脚をしていたのも、写経を広めるため。
それは、1967年から。

当時は、
そんなことで金堂など建てられるはずもない!
とか、
ありがたいお経を売っているなんて!

などと、
馬鹿にされたら非難されたりしていたそう。

それでも意に介さず、
淡々と粛々と笑顔で
写経を広めて行ったそうで。

そしてついに、1976年に、
金堂が落成したのである。
人々のお写経のおかげで。

たとえ人に馬鹿にされても
できないと笑われてもやり遂げた、
光胤和上の意志の強さと信仰心、
そして優しく面白く人に接することができる
人となりは、

想像を絶するものがある。

光胤和上の遺品


今では本屋でも

当たり前のように売っている写経本や


様々なお寺でも写経を体験できたりするが


そもそもは


奈良のお寺の1人の僧侶が、

魂をかけて広めた結果なのだ。


そんなことを、ビデオや法要の後の法話で

初めて知った。



法要では、

お経が始まると、驚くような強いエネルが渦巻いているようで、

ワタシは急に暑くなり、

エアコンが聞いている中、

ダラダラと汗を書いてしまった。


外は、ザーザーと禊のように雨が降っていた。


法要が終わり、

3回の写経道場に向かい、

ココロ静かに写経をした。


たった1人の人間でも

考えも及ばないことを成し遂げることができるのだと思いながら。



薬師寺での写経が3回目となったので、

納経帳をいただいた。


薬師寺では、毎日写経を受け付けています。

ぜひ、墨の香りを嗅ぎながら

ココロを落ち着けに行ってみませんか?


お子様や外国の方でも体験できるように

般若心経だけではなく

簡単な写経の種類もあります。

詳しくはこちらへ。