「バラドアジャ・リシの預言書」9
病院にて 2
何故H氏は撃たれなければならなかったのか?
預言書にそのことは書いてなかったのか?
全てバラドアジャ・リシの預言書に書いてあったし、狙撃した人物の名前も書いてありました。
前にも書いたように、H氏の名前が書いてある預言書カードはインドのお父さんに全て抜き取られ、読めなかったのです。これが宿命というものでしょう!
インドのお父さんから不特定に電話があり、困っているときなど、今困っているだろ?といって、答えをくれることもあるそうです。
そもそも撃たれた原因は、ODA(政府開発援助)のお金の使い方だったようです。
都合の悪い人達に狙われたようです。
H氏は博士号を5つ持っておられ、世界中の有名大学とつながりを持っておられました。
今回のデルモーゲンやガジュツによる奇跡的効能効果について預言書を読まれており、それによると、海外で評価されたほうが日本では受け入れやすいので、そのお手伝いを自分がしたといわれました。
その場で、シンガポールの大学とイギリスの大学の知り合いの先生に電話で話されていました。
のちの話ですが、イギリスでは犬にも試され、その効能効果の結果に驚かれていたそうです。データもあったのですが、英語で書かれてあり、私には理解できませんでした。
京都大学は友人の先生にも話されていたのですが、効能効果について半信半疑の様子でした。
また、預言書には海外と繋がりを持つと書いてあり、カンボジア名誉領事として大阪と九州に信用の置ける日本人を探しているとのカンボジア政府からの依頼文が届いており、九州の名誉領事に私を推薦したいと強く説得されました。
英語を喋れないのでお断りしたいと申し上げると、受けることにより、私の対銀行や世間的信用度合いの立場が格段に違ってくることによるメリットなどを強く説明されました。
他にも書ききれないくらいの情報をいただきました。
H氏の近い先祖は元々公家のご出身で、ある事情でH家に来られていました。
また、国連とも関係があり、雅子妃殿下の双子の妹さん方(国連勤務)とも親しくされており、お話を聞かせていただきました。
その時、皇太子ご夫妻にお子が授からない話も出てきて、私の体験から、ガジュツによる懐妊の体験話をしたら、早速、天皇陛下の侍従長にその場で電話をされ、ガジュツを献上することになりました。(多少の経緯はあるのですが)
侍従長とは雅楽でご一緒されているようでした。
全国から宮内庁に皇室への贈り物が沢山あることもお聞きしました。しかし、そのほとんどは東宮様関係に届くことは無く、ましてやお口に入ることは無いとのことでした。
ですので、当然ガジュツも届くはずがないといいましたら、皇后陛下から侍従長に、ガジュツは妃殿下のお体によいものかもしれないと言われ、他のものとルートが違うので、まずお口に入るだろうと言われました。
ちなみに、熊本の知人で、天皇陛下に瓢箪を持参献上された方がいて、その後、熊本に帰られた後、晩白柚(ばんぺいゆ)という子供の頭ほどの大きさのみかんを贈られたそうです。
私が東宮には届かないのではないか?と言ったら、門番からずらっと関わるだろうと思われる人数分30個ほど贈ったそうです。結果、秋篠宮殿下から礼状が届き、お忍びで知人のお宅をご訪問されました。その時秋篠宮殿下にガジュツをご賞味いただきました。
招聘があるかも知れないので、その場合は言葉使いに気をつけるようにと言われました。
例えば、天皇陛下と言ってはいけない。天皇陛下はお一人だけですから、直接申し上げるときは陛下だけ。皇太子殿下は殿下、雅子様・雅子妃殿下は妃殿下のみ。
結論から言えば招聘はありませんでした。当然のことなのですが、その時会社(和草堂)では盛り上がりました。(笑)
いよいよ、雅子様のお口へ・・・その前に、あまりにも衝撃を受けた私は、一週間後に妻を連れて大阪のH氏が入院している病院を再び訪ねました。
つづく
病院にて 1
その日は朝から夕方まで、一日中病室でH氏といろんな話をしました。
倖せになる方法 ~ 怒りについて(忘れる・赦す心)~
人生において、怒ったことが無い人はこの後を読み進める必要はありません。
怒りという感情は、「湧いてくるものだから仕方ない」と思われている方も多いと思います。
怒りとは、自分の都合に合わないときに湧いてくる感情す。
しかし、「あの時あんなに怒らなければよかった」と後悔されたことはありませんか?
そうなのです。後で思い返したとき、あんなに怒らなくてもよかったかもしれないと思うときがよくあるものです。
しかし、未だにあの時の怒りの原因や相手を忘れられないという事は、そうそうありません。
つまり、怒ったことのほとんどは、時間が過ぎれば忘れる、赦すことができる程度のことなのです。
三次元的には時間が必要です。例えば、今という瞬間に体は過去に戻ることも、未来に行くこともできません。私達は今という瞬間に生きているからです。
しかし、想いという四次元の世界は、過去にも未来にも行くことができるのです。
ですから、忘れるであろう未来、赦すであろう未来に今の意識を持っていけばいいのです。
もしあなたが、「自分が100%悪い」という結果を相手に与えたとき、赦してもらえたらどんなに嬉しいでしょうか!
赦してくれた相手に、いつか恩返しをしたいと思いませんか?
また、赦してくれた相手に対して「なんと器の大きい人」だと思いませんか?
生き方や湧いてくる感情を一度に変えることはできないかもしれません。
しかし、いつも怒らない自分であろうと思い続けているうちに、いつの間にか、ちょっとやそっとのことでは怒らない自分になっていることに気付かれることでしょう!
また、色々と得する現象も現れます。
ですから「得をしたいから怒らないでいよう!」でも構わないのです。
いつもこころ静かにしていることができるようになると、自分にまつわる人までも怒るようなことをしなくなるでしう!
それを人生のステージが上がったといい、倖せに近づく一番の方法です。
あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また。
「バラドアジャ・リシの預言書」6
H氏との再会
数ヵ月後、私は3週間後に大阪へ出張することになりました。
H氏が大阪にいらっしゃることを知っていたので、連絡をすることにしました。
あのときのお礼を言いたかったのと、できればもう少し預言書を読んでいただきたかったからです。
電話を掛けたら、H氏は5メートルの高さから落ちて、背骨の第一腰椎を圧迫骨折していて入院中だというのです。
万能薬デルモーゲンという湿布薬を、預言書を読んでいただいたお礼と、お見舞いを兼ねて、伺う前にH氏のもとに薬を送りました。
私はもともと屋久島産100%の莪述(ガジュツ)
と植物性医薬品デルモーゲン
を取り扱っている薬屋さんです。
私はデルモーゲンについて、父の代から60年の体験があり、「一週間ぐらいで治ると思います。
10日後に伺いますので言う通りに塗ってください。」と伝えました。
私の説明をその時点では半信半疑で聞かれてたようです。
その時H氏は、車椅子も自分で動かすことができないぐらいの痛みが続いている状態だったのですからです!
後日「松本さんが西洋医学の医者だったら信じませんでした。」また、「預言書を見て、変な人ではないと分かっていたので、看護師を手名づけて塗ってもらった。」とも言われました。
その後、数日にわたり電話、メールで使用法をお伝えしました。
以下はH氏から届いたメールの一つです。
> 送信日時 : 2000年1月22日 21:08
> 件名 :和草堂 御中 デルモーゲン
>
> > 松本社長 御待史
> > デルモーゲン、ガジュツ御送付ありがとうございました。御厚情に深く感謝申し上げます。
> > 早速、デルモーゲンを湿布させて戴きましたところ、本日より痛みが嘘のように軽減しました。身をもって奇跡に接して居ります。いやいや、このようなものが本当に世にあるのですね。素晴らしい〓、そして、驚愕〓です。稀な御薬で/
送信日時 : 2000年2月5日 17:57
件名 :和草堂 御中 デルモーゲン
> 御掛電ありがとうございます。色々申し上げ相済みませんでした。松本社長の御厚情には心底より感謝申し上げます。三拝。
> 私方、現在全く痛みがありません。且つ、崩れた第一腰椎に新しい骨が盛り出して居り、修復しはじめているようです。諸々の検査で主治医が確認しているのですが、医学的には凡そないことと言うことです。このままなら、後遺症も殆どないと言うことです。ガジユツを頂はじめて睡眠障害がなくなりました。この体験は、奇跡と申す外どのような表現もありません。えらいことです。
> 社長、皆様の御息災と弥栄を祈念申し上げます。
H氏にお会いしたとき普通に歩いていましたし、ぴょこぴょこ飛び跳ねて見せてくれました。
検査に行くとき歩いていこうとしたら、看護師から「車椅子でお願いします。私がドクターから叱られます。」といわれるぐらい、現代の西洋医療でこんなに短期間で治るはずがないことだそうです。
また、後日知ったことですが、H氏は睡眠障害があって、ハルシオン(睡眠薬)を常用していました。それに、莪述(ガジュツ)が効いたと言われているのです。
これからが病院でのお話です。
つづく
「バラドアジャ・リシの預言書」5
私の預言書:俗っぽいこと
いよいよ預言書は、私の一番興味のある、俗っぽいことについての解読が始まりました。![]()
H氏、預言書曰く、「神様があなたの足首を持っていて、決して離さないぞ!と書いてあります。」
「広げた両手から金貨がシャワーのように流れています。」![]()
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それを聞いたとき、私は何のことだか分かりませんでしたが、じわじわと何かよさそうなことではないかと嬉しくなってきました。![]()
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しかし、私がその当時一番知りたかったことは、認知症である父のことでした。発病してからすでに9年が過ぎていました。映画やドラマ、小説などで表されている徘徊その他の症状はほとんど体験していましたので、いつまで痴呆症に付き合わなければならないのだろうかということでした。
(ちなみに、子供は、日に日に成長し、やがて手を離れます。しかし、老人は逆で、年寄り子供というように、日に日に手が掛かるようになりますし、いつまで続くか分かりません。)
すると、H氏が「ここに89という数字があります。」と預言書を見せてくれました。
その時の父の年齢は満89歳でした。
私「もう直ぐ亡くなるということですか?」と聞くと、H氏「違います、ここに90という数字があります。」と言われました。
ということは満90歳で亡くなるということか?
H氏「違います。亡くなるのではなく、90歳になられたら松本さんが楽になります。」私「私が楽になるということは、亡くなるということではないのですか?」H氏「違います。93という数字があります。」と、また預言書を見せてくれました。
父はちょうど92歳6ヶ月の日に亡くなりました。
(90歳で私が楽になるという意味は、それまでデイサービスに連れて行っても、迎えのバスが来ても、決して行かなかったのですが、満90歳の日から進んで行くようになりました。私達夫婦は介護からお昼の時間が開放され自由になったのです。
お昼の時間だけとはいえ、父の介護中心の生活から開放されると、考え方まで一変し、それからが人生に新しい展開が始まりました。)
実は預言書を見に行った当日、自分も連れて行ってほしいという別の友人がいて、一緒に同行し3人で行ったのでした。
その友人には、その日の預言書カードが見当たりませんでしたが、数日前の目次には、友人の名前を見つけることができました。
後日改めてその友人は預言書を見に行き、それには自分しか知らない、今まで誰にもしゃべったことのない、内容が書かれていたそうです。(内容は秘密です)
その後、私の知人が何人もバラドアジャ・リシの預言書を見に行き、ある人は30数枚、またある女性は50枚預言書カードがありました。
預言書にある名前は約300万人分ですので、カードは無い人が多いはずなのですが、少なくとも私が関係した人で、預言書カードの無かった人は一人もいません。
最後に謝礼をお支払いしたいと言ったら、
H氏は「私は預言書を読んだだけですのでお金は要りません。」と、謝礼を一銭も受け取られず、その日は終わりました。
その後、預言書(H氏)とのご縁が続いたのは、あるきっかけがあった私だけだったのです。
つづく