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虹の戦士からのメッセージ

~ 倖せになる方法 ~

倖せになる方法 ・・・委ねる

人はこの世に生まれるとき神様からシナリオをもらって生まれてきます。


そのことを生まれてからも覚えている人もいるようです。


多くの人はシナリオを知りませんので、自分勝手に人生を送っているようです。


結果が倖せであれば、シナリオと違った自分勝手な人生を送っても、自分自身は満足して人生を終わるのかもしれません。


想像してみてください。


もし、この人生を自分が主人公という、一話完結のドラマだとしたら、少なくともシナリオとは違った筋書きのドラマを演じたのですから、監督は満足しないことでしょう!


ドラマ終了後、シナリオをくれた監督(神様)はあなたに上手だったね、と言われるでしょうか?


私たちは人生を関係性の中で生きていて、自分勝手なお芝居をすると全体のシナリオがくるってきます。


個人的にはたまたま結果が幸せの状態で済んだのかもしれません。


大方の人は、そもそもシナリオを知らないのですから、シナリオ通りに送るなんてできないと言われるでしょう!


あくまでもシナリオがあることを前提として話しを進めますが、シナリオがある以上、シナリオの筋に沿った演技をしなければ、ドラマの起承転結が成り立ちません。


しかし、地球ドラマですから、個人が少々自分勝手なお芝居をしても、大きく地球ドラマ全体の筋が変わるようなことはありません。(中にはアメリカ大統領のような重要な役割を演じている人なら、地球ドラマの筋を変えるぐらいの影響力を持っている人もいるかもしれませんね。)


来世の人生(次のドラマ)をまた有意義な楽しい人生を送る為には、なるべくシナリオに沿った人生を送った方が、次回も良い役回りのシナリオをいただけるのではないでしょうか?


そのためには、自分勝手に生きるのではなく、謙虚な生き方をこころがけ、せめて後日、自分自身が反省するほどの横暴で横柄な生き方はやめといたほうがいいかもしれません。


シナリオが分からなくてもシナリオに委ねる意識が大切です。


逆に優しい人が気を付けなければならないことは、決して優し過ぎてはいけないということです。情が勝ると愛を実践できません。


あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。

下記文面は、1991年(平成3年)今から22年前の雑誌「大法論」第58号に掲載された医学博士:沼田 勇先生の原稿の一部です。


医学の発達と患者の増加


中国の諺に「医は医なきを期す」というのがある。医学が発達すれば、人々は健康となり医者も薬も要らなくなるとの意味である。


ところが医学が発達したという今日、病院は大繁盛。


去る7月27日の厚生省発表によれば、平成2年度一年間の医療保険で支払った総額は18兆2千億円という。


自己負担を入れれば、優に20兆円を超している。国鉄が行きづまったのは25兆円であった。

医学が発達して病人が増加するこのパラドックスは何によるのか、考えられることは、その一つとして、医師、薬剤師は当然治すことだけに意欲を燃やす。


門前(もんぜん)雀(じゃく)羅(ら)(*1)では困るからである。中国には未病を治すという言葉がある。


「上医は未病を治し、下医は病を治す」。まだ病まざる前に、体のコントロールの仕方を指導する。


病気の前の養生訓、cureよりcare(*2)ということである。


その二の理由として、人間の弱さ、限りなく楽を求めて、享楽地獄。


また、そこに引き込むため、商魂逞しく、あの手この手の輩が到る所に待機している。



(*1)門前(もんぜん)雀(じゃく)羅(ら)とは訪れる人がなくて、門の前には 雀(すずめ)が群れ遊び、網を張って捕らえられるほどである。訪問する人もなく、ひっそり していることのたとえ。


(*2)キュア(治療、cure)とケア(介護、care)の違い
cure→疾病や怪我などの治療。 care→介助的な仕事。


以上の文面から、あなたはどのように考えられましたか?


ちなみに、平成 23 年度の医療費は、前年度に比べて約 1.1 兆円増加し、過去最高の 37.8 兆円 となっています。

倖せになる方法 ・・・あ・た・り・ま・え

和草堂では、商品をご購入いただいたお客様に、手前味噌ではありますが、私の思う幸せになる考え方を「倖せになる方法」と題して、商品発送と共に毎月このようなお便りを差し上げています。


ですので、常日頃どころか、いつもいつも、どんな場面においても、次回のお便りの題材の種として「倖せになる方法」を考えています。


すると不思議なことに、「し・あ・わ・せ」=「あ・た・り・ま・え」になってしまうことが分かってきました。


私達全員の未来が、幸せになるようになっていることも分かってきたのですが、同時に選択の自由があることも分かってきました。


その選択とは「倖せになる選択」「不幸になる選択」と、その「どちらでもない選択」があります。


幸せになりたいと言いながら「どちらでもない選択」をしている人が一番多く、「不幸になる選択」をする人も結構いるんだなと感じています。


「どちらでもない選択」とは、何事も自分で決断せず、体制に流されている人です。

「不幸になる選択」とは、他人を許すことのできない人で、もっと不幸な人は自分自身を許せない人です。


なぜ「倖せになる選択」をしないのでしょうか?


それは、テクニックを使って幸せになろうとしているからです。

物であれば欲しいものを手に入れるためのテクニックを使うことで、目的のものを入手し、幸せを感じることができますが、物ではなく、相手が存在する場合だと、そう簡単には倖せにしてくれません。


その場合、自分の都合ばかりで物事を考えず、相手の気持ちをおもんばかることです。


自分の目先の欲望や価値観を押し付けていては、いつまで経っても幸せはやってきません。


「究極の幸せ」に目標を定める必要があります。


自分にとっての「究極の幸せ」とは何かをいつも考え続けていると、いつの間にか倖せが「あ・た・り・ま・え」になっていることでしょう!


あなたも試してみませんか!


あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。

倖せになる方法 ・・・約束(誓い)

他人(ひと)と約束する時、あなたはいつも軽い気持ちで約束していませんか?もちろんお互いにとって、どうでもいいような約束事だっていっぱいあることは承知してのことです。


ここで言っている約束とは誓いに近い約束事のことです。


自分にとってはどうでもよいことと思っていても、相手にしたら真剣な誓いに近いことだってあるのです。


例えば、子育て中、今度の休みにディズニーランドに行こう!とか、プールに連れて行ってあげるよ!などと約束したら、子供にとってその約束は誓いに近い約束なのです。


仕事やお葬式やいろんな事情で約束を守れないこともあるかもしれません。


しかし、それが続くと子供はあなたの言うことを信じられなくなってしまいます。それどころか、その子供は親が人生の最初のお手本ですから、やがて友達に対しても同じよう空約束をするようになってしまいます。


結婚をされている方の多くは、披露宴は予算の都合でされていない方もいらっしゃるでしょうが、結婚式だけは近くの神社や教会などで挙げた方がほとんどだと思います。


式の時誓いの言葉を述べませんでしたか?


その言葉は誰に向かって誓われたのでしょうか?


相手や相手の両親に向かってですか?もしそれなら神社や教会である必要がありません。


意識していない方も大勢いらっしゃるかもしれませんが、その約束は神様に向かって誓いを立てたはずなのです。


人生はいろんな関係性からいろんな人生ドラマが準備されています。


しかし、どんな些細な約束事だって真剣に向き合って生きていないと、ついこれくらいいいだろうという癖がつき、いつのまにか自分勝手な都合で約束を守らないことを、守れなかったと何らかの理由づけをするようになって、信用を失い、幸せが遠のいてしまいます。


子供や奥様、ご主人、他人には言い訳ができますが、見えない神様には言い訳もバレバレですよ!


あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。



倖せになる方法 ・・・リセットする勇気

何十年も生きていますと、色んな関係性から、人生に都合が生まれてきます。

自らが決断した結果の都合ならともかく、学校のクラス分けなどのように、自分自身で選択することのできないような結果から生まれる都合もあります。

後者は人生のシナリオと考えるしかないでしょう!(中には強引に変えてしまう人もいるかもしれませんが!)

人生のシナリオは仕方ないとしても、高校、大学受験、就職先、結婚相手、色んな勝負事など、小さな決断から大きな決断まで、ほとんどの決断は、自分で決めることのできる決断の連続です。

気付いていなかもしれませんが、毎朝目が覚め起き上がる瞬間ですら決断して起き上がっているのです。

とにかく人生の岐路において、決断という選択を自分でしてきた以上、今の結果が満足いかない状態でも、あの時親がどう言ったから、とか、先生が変なアドバイスしたので、など、その時の自分の思いと違った決断をしたとしても、最終的には、他人の意見を受け入れるという決断をしたのは自分自身なのですから、言い訳は通用しません。

また、怪我や事故、近年はとくに多い災害、はたまた合わない仕事に就き、精神的ストレスで体調を崩すとか、今のままの常態では身動きが取れないことが起こる場合があります。

そんな時は都合を外し、人生をリセットする勇気を持つことが大切です。

人間はいつかは必ず死を迎え、今世の人生を終わり、また転生します。

つまり、人生をリセットして、前世の記憶のないまま、全く新しい来世の人生を再び送るのです。その繰り返しです。

今が楽しいのであればリセットする必要はありません。

親の介護や、子育てなど避けられないことでの苦しさや辛さは、今世で学びにきたことだと受け入れることです。

もし周りに対する見栄や世間体が辛さの基準になっているのであれば、人生をやり直しリセットする勇気をもってみませんか!

いま、地球全体も利権構造にまみれてしまって、資本主義世界の人類そのものがリセットして、全く新しい価値基準の下に、仕組み作りをする時がきているようです。

遅かれ早かれ、その時がくるのですから!

あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。

倖せになる方法 ・・・視点を変える


近年、精神的に病んでいる方に多く出会います。

以前100校以上の学校を営業で廻っていたころ、多くの先生方の感情がかなり揺れていることを感じていましたが、その後、学級崩壊、モンスターペアレント現象があらわれ、ノイローゼで休職される先生がたくさんいました。


また弊社には二つの銀行から営業に来られているのですが、その二行とも行員の方が精神的に病まれて営業担当が代ってしまわれました。


お二人とも国立大学出身で成績優秀で大変まじめな方だったのですが、
ネバならない!とか、こうあるべきだ!と自分自身でがんじがらめになられているように感じました。


昨年の暮れ12月21日にマヤ暦が終わっているということでニュースや雑誌、映画でも騒がれました。


私もそのことに関心がありいろいろ調べてみたのですが、明らかに潮目が変わった、と思われます。


パラダイムシフトしているのです。


原発の安全神話が崩壊したり、明らかに危険な子宮頸がんワクチンを国が推し進めたりと、インターネットの普及に伴い、矛盾が矛盾として浮き彫りとなりつつあります。


もしかしたら私たちは、まだまだたくさんの信じ込まされている不都合な出来事や、まさかと思うような情報を鵜吞みにしていることがあるのかもしれません。


銀行営業のお二人も、ノイローゼで休職された先生方も、あらゆることに関して、視点を変えれば意外と乗り切れることが可能だったかもしれないのです。


価値基準が変化しています。


例えば、他人に迷惑をかけないのであれば、心を開放しもっと自由に生きてみませんか!


生活ができるのであれば、睡眠や家庭生活に時間をもっとさけませんか!


薬(化学薬品)は病気を治しているのでしょうか?


特に抗精神薬はあくまで対症療法であり、考え方(視点)を変えるまでの一時しのぎに過ぎません。


決して長期で飲むべきものではありません。


風薬だって対症療法であり、治しているのは免疫という自然治癒力です。


世の中や身の回りを、視点を変えてみてみませんか?


あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。

倖せになる方法 ・・・今に満足する
誰一人として過去にも未来にも生きることはできません。
過去の決断の結果が今であり、今の決断の結果が未来の自分です。
過去の出来事は変えられませんが、今の思いが変わることで、その出来事の悪い思いを良い想いに変えることができます。
また、今の思いを変えることで、未来を変えることだってできるのです。
今年の3月よりガジュツの産地、屋久島で娘夫婦が主体となり、「屋久島 海の胡汀路 てぃーだ」というペンションをオープンしました。
連休を利用してお手伝いに行ってきました。
お手伝いと言っても、おとぎ話の桃太郎ではありませんが、御爺さん(私)は山に芝刈りに、御婆さん(妻)は川へ洗濯に行きました。と言うくだりがあるように、私は芝刈り、妻は洗濯を一日中していました。
朝の涼しいときにはまだお客様がいらっしゃるので、芝刈りのエンジン音がうるさいし、夕方にはチェックインが始まるので、やはりエンジン音をたてられません。炎天下の中二日間みっちり芝刈りをしてきました。
その時思いました。ペンションは経営するより、ぜったに遊びに行く方がいいな!
過去にペンションをやると決めた結果の今ですから、そのことを後悔するのではなく、ゴルフだったら炎天下の中だって一日中コースを廻り続けるではないか!それもお金を払って!・・・考え方を変えました。
レストラン棟から、きれいに刈りそろえられた芝を前に、美しい夕陽に染まった東シナ海を眺め、美味しい夕食を食べていただくお客様に、ひと時の心の贅沢を楽しんでいただくお手伝いができたではないか!
そう思うことで、質素な夕食(裏方はそうなのです)の時、冷えたビールの美味いこと。
今に満足することが出来たら、過去にとらわれることなく、未来に希望を膨らませるだけです。
TV東京の「いい旅夢気分」という番組撮影で、女優の森尾由美さん、田中美奈子さんが屋久島自然遺産登録20周年を記念して訪れました。
もちろん宿泊先は「屋久島 海の胡汀路 てぃーだ」 です。
お二人とも大変満足して帰られたようです。
さーこれから忙しくなるぞ!と嬉しいような、大変なような!わくわく気分です。
皆様も是非、ガジュツの故郷屋久島へお越しください。宿泊は「屋久島 海の胡汀路てぃーだ」をヨロシク!
あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。

倖せになる方法 ・・・信じる(思う)力


幸せになるには沢山の方法があることが分かっていますが、その一つをご披露したいと思います。


ある人にあなたは幸せになるよ!と言いましたら、何故ですか?と問われてしまいました。


もし、その人にあなたは不幸になるよ。と言ったらやはり何故ですか?と問われたかもしれません。


私は霊能者でもなければ占い師でもありません。


たとえ私が霊能者であったとしても、他人の未来などわかるはずもありません。


皆さんご自分の未来を、自分の知っている情報の範囲内で、幸せになるか、不幸になるかを決めて、それを信じているだけなのです。


幸せになることも不幸になることも決めていない人は、時代に流されているにすぎないのです。


そのような人は、たまたま幸せになったり、たまたま不幸になったりして、結果を受け入れなければならないだけなのです。

未来は幸せにも不幸にもなれます。


幸せになるには、自分自身がどのように考えたら幸せになるかを決めて、実行するだけでいいのです。


今現在の各人の置かれた体調面や金銭面などの状況いかんでは、幸せになることなど到底考えられないという人は、せめて、不幸になるにはどうすればよいのかを考えて、それを 実行しないことです。


私は健康関連の仕事をしていることもあって、まつわる人が、健康で、幸せで、こころ豊かな状態であることを常々願っています。


それが、私自身が幸せな状態だと考えているからです。

しかし、健康相談を受けていて、私が思う幸せと、相手が思う幸せとは違う場合があります。


その時、私の思うことを決して押し付けることはありません。


ただ、意識のステージを変えて、その方が、いつか健康で幸せになる、と私は信じているだけなのです。


このお便りを読まれている方はご縁のある方です。


ですので、将来必ず幸せになると私は信じています。


あなたはどうですか?ご主人やお子様、まつわる人に自分の思う幸せを押し付けていませんか?


ここでは詳しく書けませんが、人は全員、幸せになることができることも分かってきています。


あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。

_倖せになる方法 ・・・頑張らない

コペルニクス的転回と言う言葉をご存知でしょうか?

約500数十年前地球を中心に天は動いているという天動説から、太陽を中心に惑星が動いているという地動説を唱えたコペルニクスという天文学者がいました。

物事の見方が180度変わってしまうような場合にも使われます(パラダイム転換と同じような意味です)。

人生や色んな物事を振り返ってみると、あの時が人生の転換期だったなと思うことや、歴史的にも桶狭間の合戦を境に戦国時代から平安な江戸時代に変わり、明治維新を境に近代国家になり、第二次世界大戦を境に、平和ボケするくらい自然資源エネルギーを無使いした資本主義の豊かな経済立国日本を過ごしてきました。

ところが今まさに、次なる転換が起ころうとしています。

つまり、価値基準が変わろうとしているのです。

例えば、今まで一流大学を卒業し、高級官僚や一流企業に入れさえすれば幸せになれると信じてきた人が大勢いました。

ある予備校のテレビCMで流れ、今年の流行語大賞と言われている「いつやる?」「今でしょ!」で有名になられた林修氏があるテレビ番組で現役東大生に言われていました。

東大を卒業したからと言って何の役にも立たないよ!自分自身何ができるかを見極めることが大切ですとメッセージされていました。

林氏はずば抜けた頭脳の持ち主で、彼にすれば東大に合格することは当り前だったので、落ちたやつに会うのが気まずいので合格発表も見に行かなかったというぐらいの学力天才です。

簡単に言えば、東大卒業後堕落した人生を送った彼が見つけたものは、他人に教えることは天命、天職以外の何物でもないと気づき、努力した結果が今につながっていると言われていました。

ここで努力と言う言葉を頑張ると間違える人がいます。

今までの時代は努力=頑張るだったかもしれませんが、今からの時代は視点を変えて、他人から見れば頑張っているように見えても、当の本人にすれば楽しんでいるものです。

振り返ってみて、私自身人生を楽しんだ結果として、それなりのささやかな幸せな人生を送ってきたように思います。

欲張らず常に現状に満足し、他人と比較せず、何事も分を知り、頑張らずに楽しむことだと考えています。

あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。
倖せになる方法 ・・・

か問題ごとが起こった時、あなたはその問題ごとをどのように解決したらいいと思われますか?

その物事によって違うと思われるでしょうが、結果から見れば、どんな問題ごとでも器の大きい人が受け入れる形が、一番あとくされがなく納まります。

例えば、子供の頃の兄弟げんかは力(器)の強いお兄ちゃんが絶対に有利ですね。力でねじ伏せたら、小さい弟はいつか敵を討つぞと思ってしまいます。

夫婦喧嘩だって色んな意味で器の大きい方が折れないと、経済的に弱い立場だった昔の女性と違い、今は女性だって社会進出することが当り前の時代ですから、女性だけが我慢することはなく、離婚訴訟にだって発展しかねないのです。

でも夫婦って一緒になる頃の器は、二人とも似たり寄ったりです。

もめごと、考え方の相違、ちょっとしたすれ違いと些細なことを繰り返し、切磋琢磨しながら、子供を授かり、子供がかすがいとなり、少々のことでは別れることなく人生が過ぎていきます。

器とは、子供の頃は腕力のある方が器が大きいと思われますが、理性が伴った大人になったら、腕力ではなく、ましてや地位やお金や身体的能力(記憶力、運動能力、特殊能力など)とかでもありません。

調和をどの程度まで保つことができるかです。

ちょっと飛躍してしまいますが、国家間でも同じことが言えます。

経済的規模が大きいとか、核爆弾や戦闘機のような戦争道具を沢山持つことが器の大きい国ではありません。

その考え方はまだまだ理性が伴わない子供国家に過ぎないのです。

話を戻して、自分の器以上のことをすることは決して悪いことではありませんが、仕方なくするのではなく、楽しく行うことです。

でないと、器の小さい人は、結果が良かったら天狗になり、先の人生に落とし穴が用意してある場合があるからです。

楽しくやって結果が良ければ、人は謙虚に結果を受け入れて、傲慢にはならないものです。

いくら世の中から尊敬されたり、評価されようが、夫婦や家族関係に調和を保てなかったら、自己満足の世界に生きている、器の小さい人間でしかないのです。

あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。