「……」最上は迷っていた。最初に花見を口にしたのは七海だ。しかし、ここへ来てずっと変だった。

「ほら、あれだよ。地上八階地下四階、立体駐車場。元々有料だったらしいんだけど、今は廃墟かな。取り壊されてもいないし、立入禁止でもないみたい。珍しいよね」水鏡は指を差して、その駐車場を示した。彼女は、一旦説明を区切ってその廃墟を見上げてから更に続けた。「ここ、車両通行止めだからね。皆あそこに止めるんでしょ? 違うの?」

「いや、そうじゃない? 駅から近いし、無料だし便利よね」と霧小路が言った。

「最上くーん。鞘ちゃんが、入ってったのかなー?」藤堂はついに一人で片付けたたこ焼きの容器を、設置されたごみ箱へ捨てて戻って来た。

「駐車場か…あそこへ入っていったのは二人だけだな」最上は七海の消えた路地へ向かって歩き出した。

「? 人数の事か? いや、そんな事は無いだろう。現にこうしている間にも出入りは若干あるし…」後を追う岩見の言葉を制して最上はついてくる級友達にこう続けた。

「だが高校生は二人だけだ」

「高校生?…」水鏡が相槌を打った。

「…まあ、確かに変よね。駐車場に用のある高校生…って?」霧小路は、水鏡を振り返ってそんな疑問を口にする。

「て? って聞かれても…何だろうな…悪い事する…人…達…とか…?」

水鏡がたどたどしくそう言いながら、辺りを見回す。皆、予感している事は一緒なのかも知れない。

「…これか」

御柳が硬く握った拳を皆の前に翳(かざ)して見せた。

「やっぱあたし戻るわ」七海は立ち止まり、正面を見たままそう言ってから笑顔で振り向いた。「じゃあな最上。また月曜日」

「行っちゃうのー? 美味しーよー?」藤堂は呼び止める。

「じゃあね、みんな」七海は手を振ってから翻った。

「え? もう? 今来たばかりじゃん…」霧小路がそう言ったが、七海は振り返らなかった。

「鞘ちゃーん、美味しいよー…美味しいのに……」藤堂はしゅんと下を向いた。いや、たこ焼きを見ただけかも知れない。

七海は駅の方へ向かって行く。皆が先へ向かって歩き出すのを他所に、最上は七海を見送っていた。この遠ざかって行く感じ。間違いなく最上は七海の中に何かを感じていた。

遠くなる七海の背。嫌な予感がする。何と言うか、すべき事がありながら思い出せずにいるような、そんな気分に似ていた。やがて七海は、駅へ戻るはずが途中左へ逸れた。大して人の往来も感じない路地へ入って行ったのだ。

出入りが全く無かったわけではない。現に今も灰色の学ランを着た、大柄な他校の男子生徒が一人、そこへ入って行く。

「最上君…?」水鏡が声をかける。

「どうした? 行かないのか?」岩見が尋ねた。

「『鞘邑が帰るなら俺も帰る』とかか?」御柳が、恐らく冗談であろうが真顔で言う。

「アッハハハ…嘘ぉ!」茶化す霧小路も、冗談と分かってくれているようだが。

「絶対入部などしないからな」最上が横目で言うと岩見が御柳に向かって

「バ、バカ!」と押し殺した声で言った。

「冗談だ」最上は僅かに笑って見せてから「あの路地を入るとどこへ行くんだ?」と、七海の消えた路地を指して見せた。左右に岩見と御柳が並び、右から御柳が

「どれ?」と最上に肩を寄せた後、「何だ? 裏通りか?」と聞き返した。

「あの路地がどうかしたのか?」岩見が左で、その路地を見やって尋ねる。

「貴方達も? ったくうちもだよ。こんなんで本当に行けるのかな全国なんて…」

霧小路は頭から水を浴びたようで、水浸しの顔をタオルで拭っていた。

「わーい! 皆で桜祭りぃー!!」

膝を曲げてガッツポーズの藤堂に微笑む水鏡。七海はカラカラと笑った。御柳が「何がわーい…」と左手で額を覆う。

「仕方ない。折角だから俺達も行くか」岩見が最上を見て言ったので

「俺達もそんな話をしてたところだ」と最上は答えた。

「よし、そうするか!」と御柳も乗ってくる。

「OK! 着替えてくる」霧小路が荷物を持って出て行った。

 賑わう繁華街を抜け、駅郊内を通り反対側に出ると、桜通りはそこにあった。綺麗で洒落た町並みに小物ショップ、ブティック、インテリアショップ、カフェテラス、レストランやショットバー等が立ち並ぶ地元の人気デートスポットに桜が枝を張っている。自動車の通行が禁じられている歩行者専用の道。その石畳の中央に、等間隔で立っている桜は満開であった。今日明日ばかりはこの洒落た町並みも、出店でいっぱいだろう。辺りの高校生達も鳳凰高校に限らず楽しんでいるようだった。

 七人は花吹雪の中をゆっくり歩いていた。岩見と御柳は相変わらずサッカー談議である。後ろでは、先程まで藤堂が習っているという少林寺拳法の話で盛り上がっていた水鏡と霧小路がとうとう「綺麗ね…」しか言わなくなっていたし、その隣には藤堂がたこ焼きの入ったプラスチック容器を手に、やはり「おいしー」しか言わなくなっていた。

だが七海は違う。先程から険しい表情で、視線だけを周囲に配って何かを強く警戒しているようだった。あの獣の様な眼が、辺りを獰猛(どうもう)に射抜いているのが分かる。

それだけではない。先程から周囲に何か感じる。良くは分からなかったが、何やら鼓動と言ったら良いのか。心臓を握り潰すような圧力のようなものが脈打つのを感じる…ような気がするのである。その波動のようなものは左に並んで歩く七海からも強く感じていた。それは共鳴するように、最上の身体の中に、何かのうねりを感じさせていた。最上は気にせずにはいられなかった。

散々躊躇った挙句、声をかけようかと思ったその時だった。