「俺達はプロじゃない。守りの人数を増やせば防御力が上がるという考えは間違っている。そんな事をすれば、『こちらは攻めないですからどんどん攻めて来て下さい』というような結果になり、攻めて来ないと分かった相手チームは、守りを削って上がって来るぞ」

「そりゃ、まずいな。守りが一層厳しくなるぞ。御柳に汗かかせたいのは分かるが、ディフェンスにはゆとりが無い」岩見は頭に水をかぶったらしく、ボタボタと水浸しの頭から水を滴らせて言った。

「と来りゃあ、やる事は一つっきゃねーな。こりゃあ、本当に汗かかねえぞ…」御柳が満足そうに笑った。

 後半開始のホイッスルが鳴ったその直後、最上は仲間に向かって叫んだ。

「攻めるぞ!」

 おう! という声が辺りから聞こえて来た。

「ねえ、吉沢さんってゼッケンチームなの?」

「違うわよ! あそこにいるでしょ? あの10番の人よ」

「じゃあ、あの6番の人、誰?」

「知らない…ジャージにビブスだから一年生なんじゃないの」

「何か今年の一年って強くねえ?」

「あの点決めた奴、超うめーよ」

「でけーし」

 土手の上の人だかりは、更に増えていた。後半開始の笛の音に、みんなの眼がグラウンドに釘付けになる。

「何か、やっぱ凄いね? 最上達」

 七海は腕組みをして、土手のフェンス越しに下を見下ろしていた。

「ホント、凄ぉい…」

水鏡も予想もしなかった結果に驚いていた。

「凄いねぇ…」

 藤堂は振り返るとそれしか言わなくなっていた。

「桜木先生! あの一年生チームの子達、誰か知りませんか!?」

キャーキャー騒ぐ女子生徒達は桜木が一年を教えている事を知っているらしく、水鏡達の所へ走りよって来る。周りの生徒達がこちらを注視する。

「あ、先生もいらしてたんですか」

水鏡が直ぐ後ろにいた桜木を見つけて挨拶すると、桜木は微笑んで見せてから女子生徒達の質問に答えた。

「さあねぇ…うちの生徒も何人かいるようだけど…」

 そこへ別の女子生徒達が四人程やってきて、水鏡達を取り囲んだ。と言っても七海には聞き辛かったようで、質問は矢継ぎ早に、水鏡に浴びせられた。

 にわかに賑やかになり、下の様子が気になった水鏡は、質問に答える前にグラウンドに眼を向けた。立て続けに一年チームのシュートが放たれた。だが、キーパーとディフェンスによって阻まれ、最後はゴロで前方へクリア。レギュラーチームがナイスクリアの声で前方へ走り出していた。

 やがて笛が鳴り、顧問が二、三年の補欠部員を副審に従えて審判となり、試合が始まった。一年のキックオフから始まり、直ぐにボールを奪われた。早速10番がボールを持つ。副部長の吉沢だろう。とたんに頭上から歓声が沸いたが、最上は冷静だった。

岩見から予め聞いてはいたが、やはり大した事は無い。仲間が個別撃破されるタイミングを計って最上はマークについた。得意そうにフェイントを入れたつもりだったのだろうが、最上は掛かった振りをして次の瞬間吉沢の予想を裏切った。

ルーズボールにはならなかった。最上は左から右へドリブルして逃げ、まだ、キーパーが飛び出せない位置へクロスボールを入れた。アーリークロスというやつだ。一年が最初のシュートに行ったが、直後、走り込んだ部長の倉永がカットした。ボールがコートから出る。

 ドンマイ、ナイスシュートと言った一年チームの激励に混じって、部長倉永がレギュラーチームに号令した。

「6番に仕事させるな! 一人で足りなければ二人つけ!」

 おう、と言う声。試合が再開するが倉永が前方へ大きくクリアする。吉沢にヘディングで挑んだ最上は、相手の前に肩を入れ、抑え込んでボールをヘディングでクリアした。

一年の攻撃は続かないが、レギュラーは最上を越えられない上、毀(こぼ)れ球は全て岩見達に拾われてシュート迄行かない。頼みの吉沢も、よもや最上の敵ではなかった。前半ロスタイムで一年にコーナーキックが回ってきた。蹴るのは一年の10番司令塔だ。最上の知らない人物だが、この三十分、パスワークの良いプレイヤーだと解釈した。

最上は仲間の一人に陽動の動きを指定してから、それによって作られる逆サイドオープンスペースを岩見に使うよう言って、自分は後方へ下がった。岩見が得点プレイに関わる為、失敗した際、自分が真っ先にボールについて、相手チームの攻撃展開を遅らせる役割を担うつもりでいた。

だが出番は無かった。オープンスペースに入ってきたボールを、岩見の長身がヘディングで打ち付け、この試合、誰も予想しなかった一年チームの一点先取で前半を終えた。

ミーティングで最上は、守りを固めると言い出した仲間を制して説明した。

 水鏡達を残してグラウンドへ降りて行くと、見知った二人が腹を抱えながら大笑いしていた。御柳は1番、岩見は2番のビブスをつけ、どうやらウォームアップ中だったようだ。

最上がグラウンドに着くと、御柳が顧問と、部長、副部長、マネージャー三名に最上を紹介した後、6番のビブスを最上に渡して「ボランチ」と、一言告げた。

一年チームはミーティングを開始した。御柳と岩見が中心にサッカー経験者に細かい指示を与えている。そして未経験者には、とにかく次の味方にパスが通れば問題ないと説明して、最後に

「今日の助っ人は、中学時代、近隣にその名を知られた司令塔殺しだ」と紹介した。

「デスボランチか!」と誰かが言った。

最上はその反応を見るなり、さてはと察して

「知らないのか? この岩見はジョーカー。御柳は全国優勝芹ヶ丘中の正キーパーだぞ? この試合ディフェンスがサボっても失点は無い」と言ってやった。

「言えよ! お前ら!!」

 口々に嬉しい文句が飛び交った。とたんに緊張がなくなり、士気が上がった事を確認してから

「ま、最後は言い過ぎた。個人の力で勝てるようなスポーツでは無かったな。こいつ等は強いんじゃない。上手いだけさ。スポーツは上手い奴が勝つんじゃない。強い奴が勝つ。サッカーでは強さはチームにあって個人に対して『あいつサッカーつええよ』等とは言わないだろう?」

 誰もが強く頷く。最上は更に続けた。

「個人技はな、あくまで得点する為に用いるサッカー技術の一つに過ぎない。どんな鮮やかな技を披露しても、それだけでフィギュアスケートの様に点数になったりはしない。10.0は愚か、一点にもなりはしないんだ。点が欲しければ手段は一つ。あのゴールネットを揺らせばいい。いいかみんな! 俺達に『先輩方相手に、何点差で済んだなんて、良くやったじゃん』みたいな言い訳は無いぞ。皇帝御柳の守るゴールだ。無失点で完封勝利と行こう!」

「おう!!」