「魔界気が薄くても、やはり魔界は魔神の世界だ。魔神がいなければ魔王の玉座は空席。上位魔神は欲しがらずとも、下位魔神は一世界の王たらんとして、その野心に従い戦略を開始。覇権を求めて争うだろう。より多くの魔神を力で斬り従えて、自分の支配を受けない魔神の世界追放、或いは死滅を持って魔王となる。そんな魔神達の戦いだ」

 そこまで来て、七海は溜息をつくと一言「下地はこんなとこかな」と再び足を組み代えた。そして桜木が口を開く前に「物語はここからだよ」と付け加える。冗談では無い。そろそろ終わりにして欲しいものだ。

桜木は、口と目の他は殆ど動かさず、七海の後を続けた。

「ある時、魔神の世界は、四つの人間界を新たに接収する事になった。つまりこれまで何らかの理由でその存在の遠かった世界が、その時、魔神達の手に届くと知られるようになったわけだが、とは言っても所詮人間界だ。上位魔神には、今更戦力を投入してまで、手中に収める価値の無いものだったのだろう。だが…」

「下位魔神達は違った…」最上は後を続けた。

桜木は最上を見て軽く微笑んだ。

「そう、参戦した魔神達は、それらの世界が天威届かぬ所にあると確認した上で、パワーゲートという空間ゲードを開き、その世界へ実体化した。魔神達により戦端が開かれた世界で、彼等は人間を支配し、時には使役して世界征服を目指した。ある一人を除いてはね」

「…変だな。世界征服を目指さない? 覇権以外の目的でもあったのか? 今の話だと、覇権を求めれば戦いは避けられないんじゃないのか? その一人っていうのはいったい…」

 調子に乗っていたのかも知れない。最上は、いつの間にか話にのめり込んでいた自分に気付いた。だが、そんな事はもうどうでもいいのだ。深く考えるのは後にしよう。この話はいったいどこで、どのような形で現実と接するのか。それは七海達に任せておこう。いずれ分かる事なのだ。全てを知ってから現実の中に放り込んで整理すれば良い。最上はそう思っていた。

「で、魔界はその世界毎に、特質、構造、規模等、多種多様なんだ。例えば、空間的に遮られた全七階層で一つの世界を構成している魔界もある。上位魔神の統率する魔界ほど規模が大きいのが一般だね」

 七海はここで話を区切った。最上の様子に注意しながら、何やら思案している。

最上は取り敢えず今の話を、ゲームか何かの魔界に関する話のつもりになって聞いていた。七海の後を桜木が続ける。

「魂に宿した魔力は勿論、それを用いて引き出した自然界の力や、魔界への論理回路を開き、魔界の力を身辺に行使できるのも魔神の力、いずれも『魔力』と呼んでいる。魔力は人間にも行使でき、魔法使い等がその主な例だ。この世界の人間にそれが出来るかは知らないが」

 今度は魔力の話である。桜木は視線を使って、七海に話を振った。次から次へ語られる自称真実ども。仕方ない。まずは話を聞く事だったはずだ。最上は諦め掛ける度に、自分自身に言い聞かせ、辛うじて集中力を維持すると、ここでも続きを促す事にした。

「それで?」

 桜木と最上に促されて、七海は再び口を開く。

「人間の住める魔界もある。魔界の大気は『魔界気』と言って、魔力や瘴気を孕んだ、まあ、人体には危険な場合もあるんだけど、人間の住む世界はそれが薄いか、または無いんだよ。魔法使いはそんなとこで生きている人間達の生業だな。力を追求する魔神達には、そりゃあ敬遠される。論理回路を開いても、大気が魔力を帯びてない以上大した力は手に入らない。自然界の力以外は引き出せないからね。魔神には魔界が必要なんだ。上位魔神がその手に望む世界は魔界気の濃い世界さ」

 七海はここで最上の様子を確認した。そして爽やかな笑みを浮かべながら「大丈夫?」と言った。

「…魔神というのは魔界を支配、帰属する事で、自らの力を拡充したいのか…?」最上は何とか話について行った。

魔界があり魔神がいる。場合によっては人もいる。そして魔界は魔界気と呼ばれる魔力を含んだ大気に満ちている。魔神は魔界に生活の根を下ろし、これを支配する。ここまではいいだろう。他愛無いゲームストーリーだ。

「昨日の、魔法…みたいの…」最上が押し出すように言う。

「そう、あれは魔法。貴方の持ち前の魔力を行使したから、あの男は一瞬のうちに灰になった」

まさか肯定されるとは思わなかった。桜木はあの恐ろしい事実を、ひょうひょうと口にした。膝の上に置いた自分の拳が、既に汗を握っているのが分かる。

「俺達仲間か。…魔法使いか何かか?」最上は恐る恐る聞いた。

 だが、彼女達は答えなかった。互いに視線を交し合うと、困惑した表情で、どうやら答えて良いのか迷っているようだった。

 やがて、七海が足を組み代えてから、重い口を開いた。

「これから語られる話は、例え日常とどれ程かけ離れていようとも、真実以外の何者でもない。それを疑う、或いは否定する質問は受けられない。いいね?」

 一種の覚悟を促していた。

「…分かった。聞こう」

最上は椅子に座り直すと、七海は語り出した。

「魔神って分かるか最上。テレビゲームや何かで馴染みあるだろう? 今から話すのは、その魔神の住む世界の物語だ。世に八十八ある魔界での出来事なんだよ」

“…魔神…だと…?”

 七海の言っている事は面白い。これが映画の筋書きであるならば、最上も快く聞いていられたのだろう。真実の第一弾がこれか…。何やら序章から躓(つまづ)きそうな話を聞きながら、最上は七海の話に耳を傾けた。

「八十八の魔界は各世界に一人、または複数世界に一人の魔神の王がいてね。魔王だよ。魔神、て言うのはね。力で全てを決める。まあ、人間の価値観に照らせば、えげつない野蛮な種族かな。でもね、誇り貴い種族でもあるんだよ」

 魔神の存在を認めろとでも言う気だろうか? いや、そういう話だ。最上は今にも煙の出そうな頭の中で、この会話を他のものと隔離して整理しようと考えた。そして、終わりまで聞いてから、今までの知識や経験を蓄えた頭の中に解き放ってみる。果たして大丈夫だろうか?