「ねえ、最上君部活しないんだったら、運動不足解消がてら、皆でフットサルでもやる? チーム作ってさ。男女混合チームで」水鏡は興味深い話を続けている。最上は話を合わせてみた。

「フッ…今度は岩見達を辞めさせなきゃならないな」

「フフフ…そうだね。そうだよ。辞めさせちゃえ!」

「私もやる!…かも」

藤堂がそう言ったので三人は笑った。

不意に最上が強烈な魔力を感じた時、三人は校門の外にいた。三人が振り返るのと、その声は同時だった。

「あー何やー! やっぱ彼女おるやないかー もー最低や…」

 見ると茶色い髪を肩まで伸ばし、大人顔負けの化粧をした、厳城大学附属高等学校の女子生徒が、悪気の無い笑顔で校門前の壁に背を預けて立っていた。

 声だ。忘れるはずが無い。最上に戦慄が走る。すると何やら流れるようなものを身体の中に感じた。最上は内心慌てて素早くそれを抑えた。

“力が引き出せる?”

だが、不慣れな力で正体を明かしては返って不利だ。今は人間の振りをしておく必要がある。彼女達を巻き込むわけには行かなかった。

水鏡が動揺しながら、関西弁の生徒に質問を投げる。

「彼女いたら…悪いですか?」

「あーえらい済んません。ちょっとからこうただけやん。堪忍してやー」

 女子生徒は両手を合わせて苦笑いした。

「冗談だって。良かったね? 葉月ちゃん」

「葉月ちゃん言うんやー。ウチ畠山由梨(はたけやまゆり)っちゅーんや。どーも、宜しゅうに。ま、あんさんとはちょっとした顔見知りやな。んでもって一目ぼれしてもうたんよ。ウチが」そう言って笑った。

 水鏡はただならぬ最上の表情を取り違えたのか、最上に近づいて耳元で囁いた。

「これから最上君ち行っていい? 色々聞きたいから…」

 水鏡の賢さを信じるしかない。最上はゆとりの無い表情と口調で、こう囁き返した。

「今は二度言わない。奴は危険だ。近寄るな」

 畠山は歩き出した。

「ええよ、あんさん。怖がらんでも。ウチ分かってんねん。こないなとこで力つこうたらあかんのやろ? 大丈夫や。ま、折角やから途中まで一緒に歩こうやないの」と言い、三人を促した。四人は一緒に歩き出した。

二人は教室へ戻って来ると、中には岩見と御柳が、席で着替えて待っていた。

「俺等もう行くけど、大丈夫だったか?」御柳が立ち上がってこちらへやって来る。

「いったい何があったんだ?」岩見も傍へ来て尋ねた。

「さあ何かよく分からなかったな…」

「?」

 岩見が御柳と共に顔を見合わせる。最上は笑って見せた。すると、岩見と御柳も笑った。

「まあ、何も無ければいいんだが…じゃ、俺等これで」

 御柳は岩見とサッカーグラウンドへ向かった。

「何か知らないけど、私も行くよ。最上君早くサッカー部入りなよ。私、試合見てないけど物凄く上手いんでしょう?」

 霧小路もそう言うと「バイバイ葉月!」と付け加えて体育館へ向かった。

「いいかなー。二人と一緒に帰ってもいいかなー」

「いいよ。沙霧ちゃん一緒に帰ろう」

 水鏡が返事をする。

「最上くーん」

「あ、いいよ。一緒に帰ろう」

 どうも、藤堂は最上に気を使ったらしい。自分に妹がいたらこんな感じだろうか。少し違う気もするが…。

 最上と水鏡、そして藤堂は三人で鳳凰高校の公園のような景色の中を正門へ向かった。

「私、今月末でスイミングスクール辞める事にしたんだ」

 水鏡は3メートル程、先に目線を落としながら話し出した。

「弟はもう救えない。私はもう水泳得意だし。続ける理由なくなっちゃった」

「良かった…自分を許せたんだな」

 最上は安堵して深呼吸する。その様子を右で盗み見た水鏡が再び視線を落とすと笑顔で

「全て最上君のお陰。感謝してる」

「そう、俺のお陰」

 水鏡の感謝の言葉に照れ臭くなった最上は、柄にも無く冗談を言ってみた。嬉しさを可笑しさに含めて水鏡は笑顔のまま、左肩をぶつけて最上を押した。軽くよろめく最上。

「水泳辞めたらいつも一緒だね?」

 水鏡は下校の後の話をしているようだ。魅力的な話だった。だが、今の最上には決して叶わぬ夢。凡そ幻でしかない。最上は例によって、悟られぬように相槌を打った。

 九  畠山由梨

 あの後、御柳達は部活か。最上は一人で教室へ向かった。中途半端な時間だった。

自分はまだ力を使いこなせない。今、バリティエ達に正体がバレるのは危険だ。

 最上が教室前の廊下に出た時、教室の入口に僅かな人だかりがあった。それは最上を見つけるなり、近くまでやって来た。

「何だって?」

 最上は、怪訝そうな顔をしている水鏡の顔を見た。

「大丈夫だ。葉月」

先日のデパート屋上で、夕日に照らされた水鏡の横顔が脳裏をよぎる。可哀想な娘だ。知る由もないだろう。よもや自分の彼が魔神であるなどとは…。

水鏡は並んで歩きながら照れたような、しかしどこか悲しげに笑って見せた。

「ただ、何があったのか聞こうと思っただけなんだけどな…『大丈夫』って言うんだね…。どうして話してくれないかな。何かあったんでしょう?」

 女とは細かい所を気にする。そこが男にとって堪らなくいじらしい事もあるのだが、最上は心中困った。

「厳城大附属の生徒の話だよ。行方不明の。何か知らないかって事。ほら、鞘邑の奴」

「でも、何で最上君が呼ばれるの?」

「さあな、鞘邑が言ったんじゃないか?」

「ふーん。フフ…。やっぱ何か隠してるねぇ。いいよ。言わなくって。言わなくても済む事なんだよね? 私がでしゃばんなくても問題無い事…」

 教室の傍には、何故か部活に行ってない霧小路と、藤堂が心配そうにこちらを見ていた。最上は笑顔を贈った。

「必要になったら話して?」哀願する水鏡の眼に、最上は苦手な笑顔を精一杯作って答えた。

“必要なんだよ…本当は…だが巻き込むわけにはいかない…お前だけは”

 勘の鋭い娘だ。眼を合わせれば見破られるだろう。そんな気がしてならなかった最上は、眼を逸らした。