水鏡が怯えきったように、自分の身体を抱き締めてガタガタと震えている。最上は、チラっと横目で水鏡を見てから視線を戻した。

「本当は殺されるはずだった…全身煙を上げて、融解を始めたような…あいつは飛び掛って来たんだ。咄嗟に手を翳した時、あいつは灰になった」

 最上は覚悟を決めて弁明した。畠山は親人派ではないだろう。だが人間を虐げているようにも見えなかった。望みはある。

するとそこに、最上達の行く手の方から二人の女が走って来た。

「最上―!」

 一人がそう叫んだ直後、それより前を走る女が突如消えた。次の瞬間、最上の傍に地面より現れたのである。

 何故フォウリエンの時のように、畠山の下から現れ、彼女を攻撃しなかったのだろう。見ると畠山の足元から、沸き立つように立ち昇る霧が流れ出ていた。

「邪魔すんなや!」畠山の怒号一声。

「フン…やはりバリティエか。先の二人にも逃げられたが、貴公はここにいたのだな。ヴァーテイン殿はお目覚めか?」

 やがて七海が駆けつけて水鏡の前に立ち畠山を睨み付けた。そしてチラリと桜木を伺う。

ここで力を解放して戦うべきか迷うところであろう。だが水鏡、藤堂は既に世の常ならざるものを見てしまっていた。

「どうする?」

「止むを得まい」

 七海の隣で、畠山を見詰める女、眼鏡こそしていないが桜木だった。

だがこれでは恐らく、水鏡達には違う人物に見えるはずである。最も目前で能力を用いてしまった以上、その方が都合は良いのかも知れない。

「あ、あなたは…ヘ、ヘイラム、さん?」

 震える声でやっとそう言った水鏡は、畠山を睨み付けるその顔を覗き込む。強く美しい、そして女性らしさを感じる人だ。

そして何より、昨日、最上を助けてくれた人物。

しかし彼女は確かに地面から現れた。人間では無い。そう思って見上げていると、耳元に覚えのあるイヤリングが見えた。

「せ、先生…」

 水鏡も藤堂も驚愕の表情でそれを見上げていた。

 桜木は少し微笑んで、水鏡達に指示を出す。

「水鏡さん、藤堂さん。話は後。ここは危険よ。下がりなさい」

「葉月ちゃん、あかんて! 黒いスーツの女ゆうたらヘイラムやろ?」

畠山は、一旦そこで最上を伺って、再び水鏡に向かい話し出した。しかし、最上は一人しまったと思い、畠山の動向に注意した。

「あいつら危険なんや。ま、親人派ちゅうたら比較的優しいはずなんやけど、でも戦いに巻き込まれたら、葉月ちゃんも危ないで!」

「ヘイラムって言うの?…黒いスーツの人。七海さんとも関係あるの?」水鏡は最上の腕を強く揺すった。

「あんさん、七海ってあの茶髪の? …っちゅうか…」

 畠山はそこで立ち止まった。畠山の頭の中で、散らばった破片が一つになろうとしていた。

「葉月、藤堂さん! 走れ!」

 最上が声を殺して叫んだ。

「え?」

 水鏡は聞き返したが、勘の良い藤堂が水鏡の手を取って走り出した。

「あー走らんと。ええよ! 葉月ちゃん達、行ってや。ウチやっぱあんさんに用あるわ」

「嫌! 話してよ。沙霧ちゃん!」

 十五メートル程離れて、水鏡達は止まった。

「駄目だよ! 最上君必死じゃん! 何かやばいんだ! きっと!」

 藤堂が傍で説得する。だが水鏡はそれ以上遠くへは行かなかった。

「二人で出て来たんか…メイジョフが消されたあの場所から…」

“切り替えが早いな…”

 最上は凄まじい気を感じながら、畠山についてそう思った。勝てなくてもいい。彼女等さえ逃げてくれればそれで…。

だが、水鏡は逃げないだろう。最上がここにいる限り。それが危険な状態であれば尚の事、彼女は逃げない…。

「誰か聞こう思うとったんや。ハスナワー殺ったんとはちゃう奴や。燃やしたんとちゃう灰や! ヘイラムにそんな能力は無いはずやで!? 濃酸のメイジョフ殺ったんは…殺ったんは、あんさんか?」

 お前だったのか。そう言う言い方だった。彼女の嗚咽混じりの声。悲痛だった。

「何か…何だろうこれ…何か、怖いよ…最上君、私怖い…。畠山さん、どうしちゃったの…?」

「ウチ、あんさんに会いに来たんよ。他の二人は別なんやけど。せやから霧隠れして逃げてきたんや」

 他の二人だと? 最上は思った。一人はフォウリエンか。今一人は?

「ね、ね、力って何かな?」

 藤堂が畠山の右を歩きながら尋ねた。

「超能力や」

 畠山が適当にあしらう。勿論そのようなものとは違う。魔神の能力。魔法なのである。

「仲間がいたはずだが?」

 今日の英文読解の授業を思い出して最上が問うと、右側に並んで歩く畠山は答えた。

「ああ、ウチにもおるで。先日の十勝瑛子(とかちえいこ)、フォウリエンや。それに前芝康孝。言うたやろ? ハスナワー。あと、今日来とるんは、末氏琢也(すえうじたくや)っちゅう不良の頭やねん。ま、言うてしまうとテイラスや。そして先日あんさんに酷い事をしようとした村田泰治(むらたやすはる)。メイジョフな。…消されてもうてんねんけど。四人とも不良や。せやけど皆えー奴やで。…もう、二人も消されてもうてん…」

「メイジョフ?…テイラス??…むぅ…」

 水鏡が最上の左で、最上の腕に組み付いて歩きながら呟く。

「ニックネームや」

 畠山は相変わらず平然と言ってのける。最上は思い切って尋ねた。

「末氏ってのはどこに行ったんだ? 一緒に来たんだろう?」

「フォウリエンと一緒や、ヘイラムと、あと、なんや…あの不良。ごっつう喧嘩慣れした感じの茶髪やった。何かやけに長いの穿(は)いとったで? 今頃駐車場で二対二や」

 最上は思わず走り出そうとした。ところが水鏡を振り解く事もままならないうちに、畠山が右腕に絡み付いて叫ぶように言った。

「あかん! 行ったらあかんて! ウチら二人も殺られとんのや! テイラスもフォウリエンもマジやで! 大体あんさん関係ないやろう。ちゃうんか!?」

「ねえ、やっぱあの駐車場で何かあったんじゃないの? 二人で出て来たよね? あの黒いスーツの女の人は誰? 七海さんあそこで何やってたの? ねえ、最上君! 貴方の周りでいったい何が起こってるの? 教えてよ!」

 閑静な住宅街を抜け、森に入った所で、水鏡は最上の前へ回り込み、はぐらかしを許さぬ勢いで力強く迫った。