五七五 | ナベちゃんの徒然草

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還暦を過ぎ、新たな人生を模索中・・・。

〝五・七・五〟というと、一般的には俳句を連想する方が多いと思いますが、「季語」や語尾の 「切れ」 などの制約に捉われず、また字余りにも肝要な口語調の詩といえば・・・川柳ですネ。


今日・8月25日は、その 『川柳(発祥)の日』 なのだそうです。


今から253年前の1757(宝暦7)年8月25日に、最初の川柳万句合(せ)興行が開催されたことに因むのだとか。


これを主催したのが、柄井川柳という点者(連歌・俳句などを評価する人)。

この後も毎月3回・5のつく日に句合を開催し続け、5年後には総数1万句以上が集まるほどの人気ぶり。


そして更に3年後の1765年、柄井川柳が万句合で選んだ中から呉陵軒可有(ごりょうけんあるべし)が厳選したものを 『誹風柳多留』 (はいふうやなぎたる)として刊行・・・これが大変な人気となり、この五・七・五の〝前句〟を 『川柳』 と称するようになったとか。


つまり 『川柳』 は、珍しくも〝個人名のついた文化〟なんですネ。驚き顔 ヘェ~


              ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-柄井川柳


柄井川柳の死後も 『誹風柳多留』 は発行され続け、川柳は江戸庶民の間に定着・発展したようですが、18世紀末に松平定信が行った 「寛政の改革」 では、政治・博打などの風紀を乱す句を削除させるなどの検閲にあったとか。


その後川柳界内部でのゴタゴタもありましたが、20世紀初頭に登場した川柳作家・阪井久良伎、井上剣花坊の活躍によって多くの新聞紙上に川柳コーナーが設けられるなど、明治後期に再び人々の間で人気となりました。


そして現在最もポピュラーなのは1987年から第一生命が募集している〝サラリーマン川柳〟・・・略して〝サラ川〟でしょうか。


毎年優秀作を拝見していると、「うまいこと言うなァ。」 と感心するばかりですが・・・ちなみに過去10年の歴代第1位作品を列挙してみますと、


 仕分け人 妻に比べりゃ まだ甘い (2010年)


 しゅうち心 なくした妻は ポーニョポニョ (2009年)


 「空気読め!!」 それより部下の 気持ち読め!! (2008年)


 脳年齢 年金すでに もらえます (2007年)


 昼食は 妻がセレブで 俺セルフ (2006年


 オレオレに 亭主と知りつつ 電話切る (2005年)


 「課長いる?」 返ったこたえは 「いりません!」 (2004年)


 タバコより 体に悪い 妻のグチ (2003年)


 デジカメの エサはなんだと 孫に聞く (2002年)


 ドットコム どこが混むのと 聞く上司 (2001年)


その年の流行や時代背景が透けて見えますネ。

しかし私には、どうしても亭主というか(中年)男性の自虐的なネタが多いのが気になるというか、悲しいのです。


一体いつになったら〝夫(男)権復活〟川柳が最優秀に選ばれるのやら・・・って、永久にそんな時代は来ないんでしょうネ、きっと。 うー



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