現在はどこに行っても大抵は自動ドア。
たまに手動ドアがあると、自動だと勘違いした人が思いっきりガラスに鼻をぶつける悲惨なケースがあるくらい、普及していますょネ。
では、その自動ドアが列車に初めて導入されたのは何年くらい前だと思いますか?
戦後くらい? いえいえ、もっと古いんです。
正解は、今からちょうど100年前! 😨
1926(大正15)年9月28日に、鉄道省(※国鉄の前身)の省線電車・・・現在の京浜東北線・上野~桜木町間の電車の一部に自動ドアを装備したのです。
初期の電車は木製でしたが、輸送量増加を目指して1923年以降は鋼鉄製の車体が登場し大型化。
しかし片側3ドアは手動式で、駅員が逐一戸締りの見回りをしてから発車しており、時間がかかっていました。
そこで鉄道省は既にアメリカで導入されていた遠隔操作できる空気圧式自動ドアのテストを重ねた上で、関東大震災後に輸送力増強のために京浜線用に製造されたデハ63100形(63209
・63210)、サハ33550形(33681・33682)、サロ43100形(43100)の5両(+予備車両1台)を改造して導入。
ドアが閉まらないと発車できないシステムになっていたので安全性も向上し、かつ発車までの時間短縮に大きな効果を発揮したようです。
この後他の路線や私鉄にも急速に導入されたことが、その効果を物語っています。
ただ鉄道会社にとっては効率化の上で有難い新技術だった自動ドアですが、利用者にとってはそうでもなかったようで・・・。
慣れない乗客が指や荷物を挟む事故が多発。そのあまりの多さに
〝電車のドア、さかんに指を喰う〟
なんて新聞記事も出たそうな。
思わず笑いたくなりますが、21世紀の現在でも同種の事故はなくなっていません。
昔も今もせっかちというかうっかり屋さんの数は減っていないのかも。
さて、この電車の自動ドアに関して私には非常に恥ずかしい思い出があります。
もう30年程前のことですが、新潟の某支社に転勤してまもなくの冬のある日のことでした。
いつも社有車で動いていた私は、その日は珍しくJRの在来線に乗って母店へ。
電車に乗る時いつもドアのすぐそばに立つ私は、その日も電車に乗って定位置(?)に立つとすぐにポケットから本を取り出して読み始めました。
そして電車は終点の新潟駅に・・・私は本を閉じてドアの前に立ったのですが、電車が止まっても一向にドアが開かないのです。
(あれっ、車掌さんが居眠りでもしているのか?)
と思った瞬間、後ろにいるオバサンに
「ちょっと、あんた。 早くボタン押してドア開けなさいョ!」
と怒られてしまったんです。
(えっ、だってコレ自動ドアでしょ?)
と思いつつ、おばさんの勢いにビビッてドアの脇を見ると、確かにボタンがありました。

この電車のドア、開けるときはボタンを押して人力で開ける〝半自動ドア〟だったんです。 (※閉めるのは自動・手動とも可)
知らない私は、うしろの人たちからの冷たい視線を浴びながら、慌ててドアを開け、一目散に改札へと小走りしました。
支店に到着してことの顛末を話したら、皆に大ウケ。
なんでも暖房効率をあげるため、都内の電車程乗客が多くないこちらの電車では、人が乗り降りす時だけ開けられるようになっているとのこと。
なるほど、納得。
何でも自動にすれば良いってものでもないんですネ。
皆さんも今後地方の電車に乗られることがありましたら、ドア付近にボタンがないかどうか、まずはお確かめ下さい!😅
























