(初回投稿時に「黄金律」を「黄金率」と記載し、「三角形の黄金比(率)」と混同してました。訂正しておきます^^)
ますます拡散・深刻化する新型肺炎騒ぎ。
私が行っている活動のうち、自治会関係の集会はすでに多くが取りやめや無期延期になり、また卓球やスポーツジムなども日本のあちこちで感染のクラスターになっていたりで、出来るだけ行かないほうがいい、となって、普段でもヒマを持て余しているのに、ますます出来ることが少なくなってきている。
そんな中、先日の記事で、
「健康長寿の黄金律」
というものが紹介されていた。
詳しくは上記の記事を見ていただくとして、この内容そのものはそれほど目新しくもなく、TVにおいても何度も紹介されているので知っておられる方も多いでしょう。
この「黄金律」の内容とは、一日8000歩歩き、そのうち20分は早足で歩く、というたったこれだけ。
この取り組みは、今や日本だけではなくアメリカにおいてもいろいろな地域に広まっている、という報道もされていた。
今のこの新型肺炎騒ぎ、自己防衛としては第一に他人との接触や接近遭遇をできるだけ避けることに尽きると言っても過言ではないでしょう。
ただ一般の人は、仕事があれば電車に乗って出掛け、どこかで食事をし、会議にも出るなど、これを厳密に守るのは難しい。
また子供が居れば、その関係で外からの感染を完全に防ぐ手立てもなかなか難しい。せいぜい帰宅時の手洗いや身の回り品の殺菌・除菌を徹底するぐらいでしょうか。
それに対して、私のようなリタイヤ組みは、普通は問題視される「お一人様」と同様、人に会わないようにしようと思えば、一日中でも家にこもっていられる。
ただ、そうすると、いくら感染リスクは減らせても、身体の方はなまってしまって却って健康に悪い、ということになりかねない。
そんな時、上の「一日8000歩+20分の早歩き」は、密室ではなくオープンエアの戸外で一人で行うものだし、人と接触することもなく、かつ健康にも繋がる、という一石二鳥の方策のように思える。
ただこれだけだと、下手をすると一日中、人と話をしない、ということにもなりかねないのでこれも良くない。
人は他の人と話したり、笑ったりすることも健康上、とても大切なことは良く知られている。
幸い我が家は夫婦揃って歩くのが好きなので、二人で散歩しがてら買い物に行く、ということをやっているが、歩きながら馬鹿なことを言って笑いながら歩く、というのがいい。
もし一人だったら、部屋にこもっている時に、一人カラオケなどをして声を出す、というのもいいかもしれない。
我が家の場合は高齢の義父も同居しているので、単に私たち自身の自己防衛に留まらず、下手に家の中に感染を持ち込まない、という心がけが必要でしょうね。
あ~あ、とうとう・・・・
4月のアメリカ行きがどうなるか、トランプが日本に入国制限を設けるかどうかを含めてやきもきしていましたが、あらぬ方向からとうとうそれが現実に!
昨日、デルタ航空は羽田⇔アトランタ直行便の減便を発表しました。
で、私達が乗る予定だった飛行機は?と見てみると、ドンピシャ減便の対象に!
ということで、予約した飛行機は飛ばないことがはっきりしました(泣)
しかし、これはまだ「始まり」にすぎないかもしれません。
この後には、全便運行停止や、やはり米国による日本からの入国禁止などや、もしかすると、娘の卒業旅行ですでに予約してあるカナダ旅行さえもカナダ政府に禁じられるかもしれません。
と同時に、飛行機という10数時間密閉された空間に居ること自体、私達自身が感染の危険にさらされることもありうるわけです。
さてさて、どうした ものか・・・・
4月のアメリカ行きがどうなるか、トランプが日本に入国制限を設けるかどうかを含めてやきもきしていましたが、あらぬ方向からとうとうそれが現実に!
昨日、デルタ航空は羽田⇔アトランタ直行便の減便を発表しました。
で、私達が乗る予定だった飛行機は?と見てみると、ドンピシャ減便の対象に!
ということで、予約した飛行機は飛ばないことがはっきりしました(泣)
しかし、これはまだ「始まり」にすぎないかもしれません。
この後には、全便運行停止や、やはり米国による日本からの入国禁止などや、もしかすると、娘の卒業旅行ですでに予約してあるカナダ旅行さえもカナダ政府に禁じられるかもしれません。
と同時に、飛行機という10数時間密閉された空間に居ること自体、私達自身が感染の危険にさらされることもありうるわけです。
さてさて、どうした ものか・・・・
今日は先日無期延期した西川口の中華料理ツアーの代わりに、近場のレストランに知人3人で集まり軽いランチをしてきた。
こんなレストランでも多少はいつもより空いているのかと思いきや、ほとんど平常どおりの混みよう。
まあ、三人でワイン一本を飲んで食べて一人1500円ぐらいの手軽なランチではあったが、2時間ぐらいかけて積もり積もった(?)よもやま話をしてきて多少は最近の引きこもり生活の鬱憤が晴らせたような感じ。
さて、それでも時間は有り余っているのでまたまた図書館から本を借りてきて読んでいるが、今読んでいるのはなんと「資本論」!
ただ「資本論」と言っても、ホンモノは大学生が真剣に向き合ってもたいがい歯が立たずに挫折するようなしろものなので、そこはそれ、読んでいるのは池上彰の書いた、
高校生からわかる「資本論」

暇つぶしに、と思って借りてきたけれど、これが結構面白い。
マルクス経済学というのはもう昔はやった経済学で、共産党支配の社会主義国が相次いで破綻したことから、今の世界で本当の社会主義国というのはなくなり、共産党一党独裁の中国にしても、はたまたロシアや北朝鮮にしても、今ではこのマルクスの言う社会主義とは似て非なるものになっているのは周知のとおり。
じゃあなぜ今資本論なのか?ということから、この池上氏は分かりやすく丁寧に説明をする。この本は昨年の出版なので、それこそ「なんで今さら?」感があるが、説明を読むとそうなのか、と納得する。
共産主義の衰退を以って「資本主義の勝利!」とか言われるけれど、これが資本主義というよりも、その悪いところをますます拡大したネオリベラリズム(新自由主義)が如何に今の格差社会を作り出したか、という点に関しては多くの本が出ているが、そんな中でのマルクスの資本論の見直しが今さら、というよりも今だからこそ行われている、という風な説明に、なかなかの説得力を感じる。
ただし、この本が本当に「資本論」の真髄を伝えているかどうかは、本文を読んだことがない自分には判断しようがないが、それでも、理科系の工学部出身でながらく電子・通信系の技術者をやってきた身には新鮮でもあり、考えさせられる内容。
「本来」の、マルクスが目指した、というか説いた社会というのは、単なる社会主義でもなく、それにもっとも近かったのは一昔前の日本社会だったのではないか?とも思える。
ただそれへの過程が労働者階級による「革命」でこそ実現できる、という論理展開自体には、今は賛同する人はまずいないでしょうけれど、そうではない形の、民主主義を土台にした資本主義のあり方が、ではどうあるべきか、が今は問われているのでしょう。
こんなレストランでも多少はいつもより空いているのかと思いきや、ほとんど平常どおりの混みよう。
まあ、三人でワイン一本を飲んで食べて一人1500円ぐらいの手軽なランチではあったが、2時間ぐらいかけて積もり積もった(?)よもやま話をしてきて多少は最近の引きこもり生活の鬱憤が晴らせたような感じ。
さて、それでも時間は有り余っているのでまたまた図書館から本を借りてきて読んでいるが、今読んでいるのはなんと「資本論」!
ただ「資本論」と言っても、ホンモノは大学生が真剣に向き合ってもたいがい歯が立たずに挫折するようなしろものなので、そこはそれ、読んでいるのは池上彰の書いた、
高校生からわかる「資本論」

暇つぶしに、と思って借りてきたけれど、これが結構面白い。
マルクス経済学というのはもう昔はやった経済学で、共産党支配の社会主義国が相次いで破綻したことから、今の世界で本当の社会主義国というのはなくなり、共産党一党独裁の中国にしても、はたまたロシアや北朝鮮にしても、今ではこのマルクスの言う社会主義とは似て非なるものになっているのは周知のとおり。
じゃあなぜ今資本論なのか?ということから、この池上氏は分かりやすく丁寧に説明をする。この本は昨年の出版なので、それこそ「なんで今さら?」感があるが、説明を読むとそうなのか、と納得する。
共産主義の衰退を以って「資本主義の勝利!」とか言われるけれど、これが資本主義というよりも、その悪いところをますます拡大したネオリベラリズム(新自由主義)が如何に今の格差社会を作り出したか、という点に関しては多くの本が出ているが、そんな中でのマルクスの資本論の見直しが今さら、というよりも今だからこそ行われている、という風な説明に、なかなかの説得力を感じる。
ただし、この本が本当に「資本論」の真髄を伝えているかどうかは、本文を読んだことがない自分には判断しようがないが、それでも、理科系の工学部出身でながらく電子・通信系の技術者をやってきた身には新鮮でもあり、考えさせられる内容。
「本来」の、マルクスが目指した、というか説いた社会というのは、単なる社会主義でもなく、それにもっとも近かったのは一昔前の日本社会だったのではないか?とも思える。
ただそれへの過程が労働者階級による「革命」でこそ実現できる、という論理展開自体には、今は賛同する人はまずいないでしょうけれど、そうではない形の、民主主義を土台にした資本主義のあり方が、ではどうあるべきか、が今は問われているのでしょう。
いつからか、このAmebaブログのHomeページに、
「x年前の○月に書いた記事があります」
という表示が左側に出てくるようになって、時々、過去のブログを見て、ああ、この時はこんなことをしてた、こんなことを考えていた、と振り返ることがあります。
このAmebaはそれほど長くありませんが、他のブログを含めるとかれこれ15年もブログを書いているので、これは本当にいい「記録」になりますね。
さて、今日のこの欄に出ていたのは「理想の家」という記事が4年前の3月に書かれています、という内容だったので、そう言えばアメリカから日本に戻る前に、遊びと暇つぶしを兼ねて、あれやこれや、日本の「終の棲家」について妄想を膨らませていたな、と。
この時は、「妄想なんだから何でもあり!」とばかり、ピアノを中心に、やれピアノサロンを開く、とか、広大な(?)敷地にこんな家やらあんな家を作ったら・・・とかやっていたわけですが、全部で10案ぐらい作った「妄想案」を今さらながら見てみると、今の実際の家との違いがあって面白い。
この上の記事での間取りは、

だったのですが、それ以外にも

みたいなものや、

みたいな、「飲食店」を開こう!とか、あらゆる「妄想」を展開していたのですが、実際に今の家は、結局、新築は資金的に無理と諦めて築14年の中古を購入したのですが、この間取りは、

こんな感じ。 ただし、実際はこれをリフォームしたのでこのままではありませんが、だいたいの間取りはこんな感じ。
この「実際の」家を、4年前にあれこれ妄想していた家と比較すると、その違いは
1.ピアノサロンはやめた(笑)
2.飲食店もやめた(爆)
3.家庭内別居ということで夫婦の寝室を別にした
4.義父と同居することにしたので、一階に一部屋洋室がある
5.その分、予備というか客室はなし
6.二階に物置としての納戸と、二階用の洗面所がある
7.駐車場は敷地の関係で1台分しかない
8.なによりも、ピアノ用防音室がない!
と言うところ。
8.の防音室がないため、現実には12畳のリビング・ダイニングにグランドがデン!と置かれていて、ソファやテーブルを置くスペースがなくなり、二人掛けのラブチェアがぽつんとピアノ脇にあるだけ、ということになってしまった。
この防音室がないことで、家の中の防音は犠牲にして、外への防音だけを考えて、このリビング・ダイニングだけは戸や窓をすべて二重サッシにしていますが、結果的にはこれで十分だったように思います。
あと駐車場は1台分なので、知人やなんらかの業者が来たときには近隣の有料駐車場を利用してもらうしかなくなりましたが、これもそう滅多にあることじゃないので、それほどの不便さは感じない。
代わりに、義父用の寝室があったり、夫婦それぞれの部屋があることや納戸や二階にも洗面があることは、実際に住んでみて、これは良かったな、と思う点の一つ。
この「一階に一部屋」というのは、万一、夫婦のどちらかが怪我や病気、あるいは要介護になったときには二階を使わずに一階で生活できるので、その時になってまた役に立つかもしれません。
また立地はこだわったので、駅近かだし、買い物も便利なので、結構満足しています。
そして、「たまたま」ですが、ここに決めて良かった事の一つは「自治会」。
現在、自治会に加入して、その役員をやっていますが、とにかく活発で、それを通じての知人がすでに20名以上でき、一緒にゴルフやピアノや、もちろん飲み会も(笑)時々する仲間も出来、今後の「老後」生活に欠かすことができない「近所づきあい」も問題なく出来るようになったことでしょうか。
こうやって見ると、やはり「妄想」は「妄想」であり、住んでみないと分からないことはたくさんありますね。
「理想の家」ということで妄想をたくましくしていた時の「プラン」と、現実に住むようになった今の状況を比べると、もしかしたら「理想の家」よりも良かったのかもしれません。
「x年前の○月に書いた記事があります」
という表示が左側に出てくるようになって、時々、過去のブログを見て、ああ、この時はこんなことをしてた、こんなことを考えていた、と振り返ることがあります。
このAmebaはそれほど長くありませんが、他のブログを含めるとかれこれ15年もブログを書いているので、これは本当にいい「記録」になりますね。
さて、今日のこの欄に出ていたのは「理想の家」という記事が4年前の3月に書かれています、という内容だったので、そう言えばアメリカから日本に戻る前に、遊びと暇つぶしを兼ねて、あれやこれや、日本の「終の棲家」について妄想を膨らませていたな、と。
この時は、「妄想なんだから何でもあり!」とばかり、ピアノを中心に、やれピアノサロンを開く、とか、広大な(?)敷地にこんな家やらあんな家を作ったら・・・とかやっていたわけですが、全部で10案ぐらい作った「妄想案」を今さらながら見てみると、今の実際の家との違いがあって面白い。
この上の記事での間取りは、

だったのですが、それ以外にも

みたいなものや、

みたいな、「飲食店」を開こう!とか、あらゆる「妄想」を展開していたのですが、実際に今の家は、結局、新築は資金的に無理と諦めて築14年の中古を購入したのですが、この間取りは、

こんな感じ。 ただし、実際はこれをリフォームしたのでこのままではありませんが、だいたいの間取りはこんな感じ。
この「実際の」家を、4年前にあれこれ妄想していた家と比較すると、その違いは
1.ピアノサロンはやめた(笑)
2.飲食店もやめた(爆)
3.家庭内別居ということで夫婦の寝室を別にした
4.義父と同居することにしたので、一階に一部屋洋室がある
5.その分、予備というか客室はなし
6.二階に物置としての納戸と、二階用の洗面所がある
7.駐車場は敷地の関係で1台分しかない
8.なによりも、ピアノ用防音室がない!
と言うところ。
8.の防音室がないため、現実には12畳のリビング・ダイニングにグランドがデン!と置かれていて、ソファやテーブルを置くスペースがなくなり、二人掛けのラブチェアがぽつんとピアノ脇にあるだけ、ということになってしまった。
この防音室がないことで、家の中の防音は犠牲にして、外への防音だけを考えて、このリビング・ダイニングだけは戸や窓をすべて二重サッシにしていますが、結果的にはこれで十分だったように思います。
あと駐車場は1台分なので、知人やなんらかの業者が来たときには近隣の有料駐車場を利用してもらうしかなくなりましたが、これもそう滅多にあることじゃないので、それほどの不便さは感じない。
代わりに、義父用の寝室があったり、夫婦それぞれの部屋があることや納戸や二階にも洗面があることは、実際に住んでみて、これは良かったな、と思う点の一つ。
この「一階に一部屋」というのは、万一、夫婦のどちらかが怪我や病気、あるいは要介護になったときには二階を使わずに一階で生活できるので、その時になってまた役に立つかもしれません。
また立地はこだわったので、駅近かだし、買い物も便利なので、結構満足しています。
そして、「たまたま」ですが、ここに決めて良かった事の一つは「自治会」。
現在、自治会に加入して、その役員をやっていますが、とにかく活発で、それを通じての知人がすでに20名以上でき、一緒にゴルフやピアノや、もちろん飲み会も(笑)時々する仲間も出来、今後の「老後」生活に欠かすことができない「近所づきあい」も問題なく出来るようになったことでしょうか。
こうやって見ると、やはり「妄想」は「妄想」であり、住んでみないと分からないことはたくさんありますね。
「理想の家」ということで妄想をたくましくしていた時の「プラン」と、現実に住むようになった今の状況を比べると、もしかしたら「理想の家」よりも良かったのかもしれません。
早いもので、今日からもう3月! あっと言う間に年末まで行きそうですね^^
そしてこの暖冬! 今日も、日差しが差し込む私の部屋は午後2時時点で22℃近くまで上がっており、とても冬とは思えない陽気です。
このところの肺炎騒ぎ。先日は湯西川温泉に一泊してきましたが、この騒ぎで客が少ないのかと思いきや、宿は8割の入りで、例年より少し少ないとのことでしたが、食事時もほぼ満席に近いほどで、心配したほどではありませんでした。
続いて行ったゴルフでは、さすがに、普段は150名近く参加者がいるゴルフ場のシニアコンペですが、この日は115名程度。やはり、皆さん少しは出控えているようです。
さて、そんなこんなで今日は朝から東京マラソンをTVで見たり、近くへ買い物に行ったりとのんびり過ごしていますが、ほとんど家に引きこもって図書館から借りている本を読んでいます。(ちなみに図書館も、通常は設けてある閲覧コーナーや勉強コーナーなど、机や椅子はすべて取り払われていて、単に本の貸し出しと返却のみ可能、となっていました)
今読んでいる本は、ジョージ・ソロスと共に立ち上げた伝説のファンド、クウォンタム・ファンドで有名な世界的投資家であるジム・ロジャーズの「日本への警告」です。
数年前に、「私がもし日本人でまだ若かったら、とうの昔に日本を出ているだろう」と言う言葉で騒がれましたが、この日本びいきの投資家にしてそこまで言わせるほど、日本の状態が危機的だ、ということでしょう。
その「危機」の内容は、やはり私達自身も良く分かっている「少子高齢化の急速な進展」とか「莫大な国の借金と好転の兆しが一向に見えないプライマリーバランス」等々、いずれも言い尽くされていることかもしれません。
ただ、そこは「大投資家」、日常のささいな変化が、歴史上、どのようにその国の未来を変えて行ったか、という歴史的な観点で(ちなみに、この人は、米国イェール大学と英国オックスフォード大学で歴史学を専攻していました)、過去様々な投資を行ってきたわけで、その人の目から観た今の日本の課題と、それに対する対策案、ということなので大いに興味を持って本書を読んでいるわけです。
今のところ(まだ全部は読み終わっていない)、言っていることは分かるし、そのとおりだな、と思えるのが半分、そうは言っても、言うわ易き、行うは難し、だよな、というのが3割、残りの二割はちょっと分析が浅いんじゃないのかな、と思う内容。
本人は、もちろん自分の分析を信じて、東日本大震災の直前から日本への投資を開始し、震災後にそれを拡大したが、アベノミクスの開始と拡大に対する不信感から2018年にはすべての投資を日本から引き上げている。
特にアベノミクスとか黒田日銀総裁がますます強化してきている空前の金融緩和政策に関しては、彼独自の歴史観から「絶対に成功しない!」とまで言い切っている。
言ってみれば、なぜ日本から投資を引き上げたか、の理由をこと細かく説明し、読者に対して警告とアドバイスをしている、という形になっているのが本書である。
細かなことを抜きにして、言われている中では、
「今度は大丈夫」と「日本は違う」という、根拠のない思い込みや過信は絶対に捨てて現実を直視しよう!
という言葉だけは、本当にそうなのだろうな、と思う。
ただ、それこそ、頭では分かってはいても自覚できないままに思い込みに振り回されるのが人間なんでしょうけど・・・・