令和1年12月21日
雨のち曇り
世の中には、陰で守る方がいる。
ありがたくて、尊くて、、
本来古代の日本人は、
日常のことは、全て、お陰様だった。
いつしか、忘れて、困った時の神頼み
本来、、神様にお願いごとはしないものだ
簡単にゆうけど、、お賽銭あげてお願いして何が悪い
そんな事を言う人もかつていた。
僅かな初穂を供えて、、
神様に願い事や物乞いをすることではなく
自分が生かされていること、
今日まで生きてこられたことを感謝する心が、
手を合わせ、お陰様の感謝の祈りなのだと思う。
私は、たくさんの方たちと
ご縁をいただき、
日々、
人の「業」なるものを視せて
いただいている。
深夜のメール、早朝の電話、、、etc、、、。
人はなぜ、悩み、苦しみ、悲しみ、憂うのか、、、
話しても、、話しても、、また同じ悩みを持ってやってくる。
どうしようもない自分の「我」にみな苦しんでいた。
前世から持ち越してきた残念の念を、
今世今生の念をプラスして
ぐるぐるになっている。
晴れやかな心持ちで、暮らすことが
やっとみなさんも
私も出来始めてきた。
それは、目に見えない大きな力のお陰様。
感謝とか、、有り難いは当たり前の、お陰様。
陰で守ってくれて居るから、お陰さま、なのである。
年末年始の神社参りは、
このおかげ参りをしてほしいと心から祈ります。
そうすれば、
大きな陰の力は、そうかそうかと、
全てをととのえ、清めてくださる
これ、、裏技です。
ほんとう。