Study Hard -76ページ目

なるほど

 http://ameblo.jp/war/entry-10093965691.html

 投稿順じゃなくて日付順なのね。考えてみりゃ当然だな。

この記事に登場する

 名称は実在の個人、団体、兵器と一切関係ありません。

 そういや輸送学校の人が、An-124はC-5より使い易いって言ってた。でもそう言ったら米軍厨が抗議したらしいね。まあその米軍厨って米軍の中の人のことなんだけど。そりゃあAn-124はC-17より使い易いなんて言ったら俺だって疑問を呈するけど、C-5じゃあ別にね。
 しかしC-17はある意味ではCVNよりドクトリン色の濃い兵器なのに、「我が社」が仮にでも導入を検討したことに抗議した団体はいないね、考えてみれば。しかし、ドンパチやるだけが戦争だと思ってる人たちの言う戦争の現実とやらにはリアルリアリティがあるなあ。

The Origin of Hentai

 生まれて初めてエロゲで泣いた。
 天岩戸神社の大祭に参加し、神楽を観て激しい衝撃を受けた。神楽が終わり、人間の居ない神楽殿の前で1人溢れる涙を止めることが出来なかった。簡単に言うなら、神の降る坐を前に単独者が泣きゲー行為したということになる。

【エロゲの起源】
 エロゲとは儀式である。
 エロゲにはストーリー性も、演出も、壮麗さも、尤もらしい舞台も、美しい音楽も、娯楽性も必要ない。それはおろか「キャラクター性」は不要であり、個性を廃した抽象的登場人物が存在すれば良く、それが人間である必要もない。テキストも決まっており、ライターの個性を必要としない。
 一方でエロゲに不可欠なのは単調な繰り返しである。単調なリズム、単調な舞い、単調な謡、それらの果てしない繰り返し。そして恍惚に至る。

 神楽を舞う演者たちでさえ、その意味を知るものは居ないだろう。しかしその儀式は1000年にほんの数人の為だけに、その形式を変えず待っていた。
 それに比べると高千穂の町で行われる観光用の「神楽」の堕落は甚だしい。ストーリー仕立てで派手な演出、立派な舞台、大勢の観客を集め、目を引く部分だけ端折って演じ、「エロシーン」で笑いを誘う。明らかな鎌倉、室町以降の付け加えと共に、観るに堪えない改変のオン・パレードである。しかも岩戸神楽の「パクリ」疑惑まであっては笑うに笑えない。

 エロゲにストーリーは不要、目新しい演出も不要、立派な舞台も不要、流麗で重厚な音楽も不要、面白さも不要、ましてやエロシーンなんて最も不要なのだ。
 エロゲとは儀式である。そこに必要なのは固定形式とループのみである。