Study Hard -330ページ目

エチオピア正教と俺

 治安機関に協力したくらいで何で大司教やめなきゃいかんのだろうか、どうも現代基督教はようわからん。いわゆるカルトのごとき政治的分類が人口に膾炙し、政治のための作業仮説としての神が自然ともてはやされる現在において、むしろ賞賛されるべき事実として捉えられるのが普通のように思えるのだが。宗教が社会の安定に寄与しなければならないと考えている多くの人にとって、宗教家がいわゆる秘密警察のごとき治安機関に協力するのは当然のはず。
 あるいは前教皇のような平和活動に手を出す政治的流れを汲んで登場したら、現教皇は異なる神学の体系を持っていて、今のバチカンには不要と放逐されたということなのだろうか。もしそうだとしたら急いでキリスト教神学の勉強の準備をしないといけない。そこでもし教皇が全知全能の神を捨てたということになれば、もはや作業仮説としての神も弁神論の類いも一切不要となり、大量の司祭たちが不要になるわけだ。そしてキリスト教共同体はいま一度飛躍の可能性を秘めたということになりそうだ。

 仮にそうだとしたら古代ユダヤ教と同じくらい低かったキリスト教に対するイメージがシク教やバラモン教と同列にまで上昇するなあ。

空想的空想

 今日はアレを空想してみた。
 椅子を用意する。不要な人を括りつける。ハンバーガー1万個をタダで配布する。1万個全部無くなったら死亡。

 結論1:ハンバーガーごときのためにそんな奇妙な装置を触りたがる奴はいない。
 結論2:不要な人間なら死んでも構わないと面白半分に積極的に取る。

 空想はつまんないね。妄想でなきゃ。

成長経路

 子供は親の期待を裏切って育つなんてとんでもない。親の期待を「超えて」育つんだ。そうでなきゃあのBlogPetのことを誰が説明出来るというんだ!
 そろそろまた餌付けしよう。私もあのBlogPetのように有りたい。

 傍系さんとウクライナ'44をやったが、まあ肩ならしということで。初プレイに失敗しがちですが、赤軍プレイヤーはまず走らなくてはいけません。補給線を無視して最寄の独軍に襲いかかるのは恐らくは最悪の選択肢のひとつでしょう。独軍は3ターン目に戦線の再構築に成功していたので、あとは戦線を適度な早さで縮小しながら西方に脱出して行けば勝利です。

【追伸】
 最近またDungeon Crawlをプレイしている。MacOS版があるというのも理由のひとつだったりはする。MacOSを使ってはいるがやるゲームが無いなあと思っている人には一応勧めておく。
 最近は専ら聖戦者かスプリガン。