補償行為
月岡まで出てきたってことは、やっぱりこれは御前試合全部やるつもりか。どれくらい掛かるんだ?
【概念としての悪魔】
悪魔とは、出家に対する社会的非難を抽象化した概念である。つまり出家なんかしないで真面目に働けという、どこかで聞いたような話である。
だから日蓮宗、創価学会、顕正会などが言う「魔」という概念は、これらが仏教の一種であるかや出家を要求するかどうかはともかくとして、仏教の概念の流用であり(日蓮にしては珍しく)まったく正しい用法なのだ。
出家に対する非難を躱すには単に無視しても良いのだが、より穏やかな方法としては幾つかの「責務」を果たしてから出家するというものもある。例えば、男子をもうけるなどもその1つだ。
ところで現代の大学に対しても悪魔がしきりに囁きかけていると思わないだろうか。具体性もなく、ただ、社会の役に立て、社会の役に立つ人材を輩出しろとばかり呻く声があちこちから聞こえては来ないだろうか。若い才能と活力を大学から奪い戻そうと必死に手を伸ばしているようではないか。
釈迦の時代の悪魔が何であったのかは寡聞にして知らないが、現代の悪魔は、具体的な誰かというよりは、まさに欧米からの輸入学問を社会に一刻も早く還元するという過去の遺物と化した概念なのではなかろうか。
【専門用語の濫用】
どうして人は宗教というものが専門性を要求し得るということに鈍感なのであろうか。
例えば「体は整域である」と言って頷き合うとすれば、その2人は環論のごく初歩的な部分について勉強しており、当然ながら体、整域という概念について十分な(共通の)理解を持っているに他ならない。それでは「神はいる」という内容を包含する会話をして頷き合うとして、その2人が「宗教」の何らかの部分について考えが至っており、その「神」「いる」という概念について十分な共通の理解を持っているということでなければ、それは無意味な会話になってしまう。
ましてや、私の信仰として「神がいる」ということを疑い得ない事実として受け入れているという意味ではなく、他人の信仰について話をしているなら尚更ナンセンスだ。
ところで「腐れ文系」に相当する用語として、宗教用語を濫用する者を分類する用語を当てはめるとしたら何になるだろうか。既製用語では、語源的に考えてイカレポンチかね。じゃあしばらく母のことをイカレポンチと呼称することにしようか。
【アイマスの濫用】
アイマスを見ていると、AC版が稼働し始めた頃、傍系さんが居て、"CCC"Pを作ろうかなどと談笑していたあの頃を思い出して苦しくなる。
今日も私は失われた年月の代償を得ようとアイマスと、そこに居もしない傍系さんを見るのである。
【概念としての悪魔】
悪魔とは、出家に対する社会的非難を抽象化した概念である。つまり出家なんかしないで真面目に働けという、どこかで聞いたような話である。
だから日蓮宗、創価学会、顕正会などが言う「魔」という概念は、これらが仏教の一種であるかや出家を要求するかどうかはともかくとして、仏教の概念の流用であり(日蓮にしては珍しく)まったく正しい用法なのだ。
出家に対する非難を躱すには単に無視しても良いのだが、より穏やかな方法としては幾つかの「責務」を果たしてから出家するというものもある。例えば、男子をもうけるなどもその1つだ。
ところで現代の大学に対しても悪魔がしきりに囁きかけていると思わないだろうか。具体性もなく、ただ、社会の役に立て、社会の役に立つ人材を輩出しろとばかり呻く声があちこちから聞こえては来ないだろうか。若い才能と活力を大学から奪い戻そうと必死に手を伸ばしているようではないか。
釈迦の時代の悪魔が何であったのかは寡聞にして知らないが、現代の悪魔は、具体的な誰かというよりは、まさに欧米からの輸入学問を社会に一刻も早く還元するという過去の遺物と化した概念なのではなかろうか。
【専門用語の濫用】
どうして人は宗教というものが専門性を要求し得るということに鈍感なのであろうか。
例えば「体は整域である」と言って頷き合うとすれば、その2人は環論のごく初歩的な部分について勉強しており、当然ながら体、整域という概念について十分な(共通の)理解を持っているに他ならない。それでは「神はいる」という内容を包含する会話をして頷き合うとして、その2人が「宗教」の何らかの部分について考えが至っており、その「神」「いる」という概念について十分な共通の理解を持っているということでなければ、それは無意味な会話になってしまう。
ましてや、私の信仰として「神がいる」ということを疑い得ない事実として受け入れているという意味ではなく、他人の信仰について話をしているなら尚更ナンセンスだ。
ところで「腐れ文系」に相当する用語として、宗教用語を濫用する者を分類する用語を当てはめるとしたら何になるだろうか。既製用語では、語源的に考えてイカレポンチかね。じゃあしばらく母のことをイカレポンチと呼称することにしようか。
【アイマスの濫用】
アイマスを見ていると、AC版が稼働し始めた頃、傍系さんが居て、"CCC"Pを作ろうかなどと談笑していたあの頃を思い出して苦しくなる。
今日も私は失われた年月の代償を得ようとアイマスと、そこに居もしない傍系さんを見るのである。
某OB氏へのお便り
週刊オブジェクトを見てきたので、一応OB氏改めkwsk氏に向けて読書感想文を。
あくまでも個人的趣向に基づいた感想であり、俺ならこういう記事が読みたいといった期待をもって書いているだけなので注意。
・大石某とのやり取りを俯瞰して
お互いスルーしろよ。
・全般的な論の運びについて
特に違和感はない。市販の雑誌(軍研とか)でも読んでりゃこのぐらいのことは分かるだろう。
・専門的知識の欠如
中の人は本当は驚くべき専門知識を持っているのかもしれないが、少なくとも投稿記事からは見えて来ない。
あまりこういうことを言うとよろしくないのだが、雑誌レベルの俯瞰的な知識を幾ら継ぎ接ぎされても俺(ここ重要)が読みたい内容ではない。それだけ。
・それ以前にどんな重大性があるの?
そもそも大石某とのやり取りの経緯を知らないが、結局何を論じ合っているのかがはっきりと理解できない。間違いを指摘したら相手とやり合いになったという程度のことに見える。こんなことをやっているようでは、とてもとても。
・イメージ
大石某は知識不足、オブジェクトの中身は主張と論争を混同している、というイメージを持った。
・イメエジ
お互いコメント欄に支持者をぶら下げて(若いのが先走って)抗争とか、どこのヤクザ映画だよ。
・強引な結論
どちらも大卒レベルに達してません。これを他山の石として、学問を身につけるよう励むばかりです。
【論理学の陥穽】
オブジェクトの中身は真偽について争ってたよな。それで大石説を「根本から間違ってる」とか言ってたわけで、ということは大前提が偽なんだから結論は真だよな。
だから「大石先生の仰ることはまったく正しい、但し、前提となる状況が存在しないだけで」って言うべきかもね。
あくまでも個人的趣向に基づいた感想であり、俺ならこういう記事が読みたいといった期待をもって書いているだけなので注意。
・大石某とのやり取りを俯瞰して
お互いスルーしろよ。
・全般的な論の運びについて
特に違和感はない。市販の雑誌(軍研とか)でも読んでりゃこのぐらいのことは分かるだろう。
・専門的知識の欠如
中の人は本当は驚くべき専門知識を持っているのかもしれないが、少なくとも投稿記事からは見えて来ない。
あまりこういうことを言うとよろしくないのだが、雑誌レベルの俯瞰的な知識を幾ら継ぎ接ぎされても俺(ここ重要)が読みたい内容ではない。それだけ。
・それ以前にどんな重大性があるの?
そもそも大石某とのやり取りの経緯を知らないが、結局何を論じ合っているのかがはっきりと理解できない。間違いを指摘したら相手とやり合いになったという程度のことに見える。こんなことをやっているようでは、とてもとても。
・イメージ
大石某は知識不足、オブジェクトの中身は主張と論争を混同している、というイメージを持った。
・イメエジ
お互いコメント欄に支持者をぶら下げて(若いのが先走って)抗争とか、どこのヤクザ映画だよ。
・強引な結論
どちらも大卒レベルに達してません。これを他山の石として、学問を身につけるよう励むばかりです。
【論理学の陥穽】
オブジェクトの中身は真偽について争ってたよな。それで大石説を「根本から間違ってる」とか言ってたわけで、ということは大前提が偽なんだから結論は真だよな。
だから「大石先生の仰ることはまったく正しい、但し、前提となる状況が存在しないだけで」って言うべきかもね。
お、リアルクレムリン?
【書き終えて一言】
なっげ。
___以下主文___
俺も参加したかった。
なんか知らんが古澤書記長閣下がパージされた模様。クレムリンでは良くあること。
多分、書記長の位置なら18以上だからほとんどパージ出来なかったけど、革非同が他団体と連帯したことで一段下の政治局員(外務大臣辺り?)に成り下がってしまい、15以上でパージされてしまったというオチではないかと予想。
糞、俺(ルイセンコ学派)は古澤書記長に10の影響力を割り振ってたんだぞ!
【事の発端は知らないが】
このニュースは隠棲氏のブログ経由で知った。最初週刊オブジェクトの記事を読んだときは具体性のない意味不明な電波(普段俺が書いているような抽象的で 無意味な記事の同類)だと思ったのだが、その元記事になったナツメヤシ氏(Sさんのブログにも来てた人)の方を読んで少し事態を理解した。理解したという よりは、何か元になる事実があったらしいということを知ったというべきか。
【あれ、あのデモって名前ついてんのね】
6・30アキハバラ解放デモなんていう御大層な名前がついていたのか。今更蒸し返したくはないけど、じゃあ何のデモだったのよ。
まあデモという名の練り歩き行為をしてはいけないとは言えないが……
【大収穫】
隠棲氏のブログについていたS竹君のコメントがあまりにも冷静なので驚いた。他人事だと思うとこんなにマトモなレスが出来るのに、どうして普段ははっちゃけちゃうん?
【今回の事件とやらについて】
知らないし、どうでも良さそうだし、何ら社会的に重大な問題でなさそう。
【古参厨としてのヨタ話】
件の人たちが刑法犯になってるのか、なってないのか、はたまた本当は病気の子どもは居なかったのかは知らないが、参加者がお巡りさんに連れて行かれ ちゃったことは過去のコミケでもあった。遊撃隊の人が「魔法使いサリンちゃん」だか何だかを出した時に「所持していた荷解き用ナイフ」を理由に連れて行か れたらしい。それでサリンちゃんについてアレコレ聞かれたと。別に起訴されたりはしてないよ、当たり前だけど。
はっきり言ってお巡りさんも面倒は嫌だからね。この程度のこと(と言ってもどの程度のことなのかは知らないが)で一々対応したくないだろうよ。対応しな いと言ってるわけじゃないよ、念のため。でも今回も事情聴取で終わるんじゃないんですかね。つーか刑法の第何条に触れたんですかね、その辺も含めてナツメ ヤシ氏や週刊オブジェクトの中の人が説明してくれれば感謝。
【経験者は語る】
こういうのって当事者気取りでいると楽しいんだよね。他山の石、他山の石。
【しかしS竹君正しいな】
スルー耐性が低いって悲しいよね。
【古澤書記長に一言】
また戦史研に来て下さい。
___ここから下は事件と関係ない真面目ぶった話___
【事件よりも】
むしろナツメヤシ氏のブログの諸表現に違和感を覚えた。何て言うか「典型的な常識人ぶった弾圧者」の匂いがね。注意しておくけど、ナツメヤシ氏が革非同以下を弾圧していると言っているわけではないし、思ってもいない。何より経緯を知らないわけで。あくまでもナツメヤシ氏のブログ(はてなってブログじゃないんだっけ)にそういう芳香がしたと言っているだけだ。
本来の他人に読ませる文章ならば、ここから具体例を挙げて逐一説明するわけだけど、万が一角が立つのも嫌だし何より面倒だからやらない。気になるなら自分で読んで、普段俺が漏らしてる電波と合わせて、何がどう「芳しい」のかを勝手に空想すればいいよ。
ちなみに芳香という表現を使っているのはもちろん肯定的な意味だから。なぜ肯定的かというと、この手の性質は治らないので、それはそれで受け入れるしかないから。そしてこういった性質を矯正しようなどと考えることこそが、その性質そのものだから。
【でっていう】
いや、別に。世間の中では良い方じゃないですかね。
それに俺は弾圧はいけないなんて一回も言ったことはない。むしろ俺が普段言ってるのは「弾圧で生き残れないようでは全然だ」でしょ。
むしろ知るべきは、こういう普通かそれ以上の常識人たちが、後世のある種の観点から見ると信じ難い凶悪な抑圧者のように扱われることがあるが、それは彼らが狂っていたからではなく、むしろ「当世風」であり普通だったということに対する後世的評価に過ぎない、ということじゃないんでしょうかね。
【馬鹿話】
まあ頭がほどほどに良い人に多く見られる現象なんですけどね、ボカして言いますか。
数学の何かの定理を証明することを考えて下さい。
定理の主文にはいわゆる結論部が書かれています。これからその定理を証明するには、飛躍していない証明の過程を示す必要があります。それと同時に、この定理が成り立つ大前提としてここまで積み上げられてきた幾つかの公理や定理群があります(これらを確からしくする論理については危ないから触れない)。こういう分け方をするのはナンセンスかもしれませんが、ここでは便宜上これらを前提、結論、過程と3つに分類します。
もちろんこれら3つをすべて示すのが本来ですが、あまりにも長くなるので普通は相当部分を端折ります。数学書を見てもわかるように、一々使用している公理や定理のすべてを示していたら式一つを書くのに注釈(定理*.*.*より、みたいなもの)が数ページ必要になりかねません。だから普通はクリティカルな部分だけ注釈して、それが多めだと丁寧な教科書、少なめだと硬派な教科書という扱いになる感じでしょうか。だから端折ること自体は問題ありません。
ところで数学書が問題を起こさないのは、そこまでにきちんと公理系が示され議論が積み重ねられているからです。突然ブログの話に飛びますが、さすがにブログではそこまで精緻な議論を重ねることは困難です。しかし幾らかは書かないとやっぱり意味がわからないのです。何より、他人に分からないならまだしも、自分でさえ分からなくなるのですから。
それでは項目の最初の話に戻りますが、どういう現象かと言うと「捨て台詞とともに結論部だけ書く」というものです。
まず結論から書くというのは大変良い習慣です。また単に結論部だけ書くならば、この人はこういう結論を持っている人なんだなあというだけの話です。しかし、あたかも誰もが到達すべき結論のようなことを言いながら結論部だけを書き捨てるというのは甚だしく奇妙です。多くの人に同意を求めたいのであれば前提と過程を示す必要があり、「分からない奴は分からない」という類いの主張は前提も過程も代替しません。(以下略)
【面倒になった】
ここまで読んでる奴はいないだろ。
まあ要するに、馬鹿は主張の前提も過程も言えない、利口になると結論に到る過程を説明できる、頭が良過ぎて前提、結論、過程を逐一述べるようになると同水準の人間以外に相手にされなくなる。そして(日本では)ROMが最強ということ。
なっげ。
___以下主文___
俺も参加したかった。
なんか知らんが古澤書記長閣下がパージされた模様。クレムリンでは良くあること。
多分、書記長の位置なら18以上だからほとんどパージ出来なかったけど、革非同が他団体と連帯したことで一段下の政治局員(外務大臣辺り?)に成り下がってしまい、15以上でパージされてしまったというオチではないかと予想。
糞、俺(ルイセンコ学派)は古澤書記長に10の影響力を割り振ってたんだぞ!
【事の発端は知らないが】
このニュースは隠棲氏のブログ経由で知った。最初週刊オブジェクトの記事を読んだときは具体性のない意味不明な電波(普段俺が書いているような抽象的で 無意味な記事の同類)だと思ったのだが、その元記事になったナツメヤシ氏(Sさんのブログにも来てた人)の方を読んで少し事態を理解した。理解したという よりは、何か元になる事実があったらしいということを知ったというべきか。
【あれ、あのデモって名前ついてんのね】
6・30アキハバラ解放デモなんていう御大層な名前がついていたのか。今更蒸し返したくはないけど、じゃあ何のデモだったのよ。
まあデモという名の練り歩き行為をしてはいけないとは言えないが……
【大収穫】
隠棲氏のブログについていたS竹君のコメントがあまりにも冷静なので驚いた。他人事だと思うとこんなにマトモなレスが出来るのに、どうして普段ははっちゃけちゃうん?
【今回の事件とやらについて】
知らないし、どうでも良さそうだし、何ら社会的に重大な問題でなさそう。
【古参厨としてのヨタ話】
件の人たちが刑法犯になってるのか、なってないのか、はたまた本当は病気の子どもは居なかったのかは知らないが、参加者がお巡りさんに連れて行かれ ちゃったことは過去のコミケでもあった。遊撃隊の人が「魔法使いサリンちゃん」だか何だかを出した時に「所持していた荷解き用ナイフ」を理由に連れて行か れたらしい。それでサリンちゃんについてアレコレ聞かれたと。別に起訴されたりはしてないよ、当たり前だけど。
はっきり言ってお巡りさんも面倒は嫌だからね。この程度のこと(と言ってもどの程度のことなのかは知らないが)で一々対応したくないだろうよ。対応しな いと言ってるわけじゃないよ、念のため。でも今回も事情聴取で終わるんじゃないんですかね。つーか刑法の第何条に触れたんですかね、その辺も含めてナツメ ヤシ氏や週刊オブジェクトの中の人が説明してくれれば感謝。
【経験者は語る】
こういうのって当事者気取りでいると楽しいんだよね。他山の石、他山の石。
【しかしS竹君正しいな】
スルー耐性が低いって悲しいよね。
【古澤書記長に一言】
また戦史研に来て下さい。
___ここから下は事件と関係ない真面目ぶった話___
【事件よりも】
むしろナツメヤシ氏のブログの諸表現に違和感を覚えた。何て言うか「典型的な常識人ぶった弾圧者」の匂いがね。注意しておくけど、ナツメヤシ氏が革非同以下を弾圧していると言っているわけではないし、思ってもいない。何より経緯を知らないわけで。あくまでもナツメヤシ氏のブログ(はてなってブログじゃないんだっけ)にそういう芳香がしたと言っているだけだ。
本来の他人に読ませる文章ならば、ここから具体例を挙げて逐一説明するわけだけど、万が一角が立つのも嫌だし何より面倒だからやらない。気になるなら自分で読んで、普段俺が漏らしてる電波と合わせて、何がどう「芳しい」のかを勝手に空想すればいいよ。
ちなみに芳香という表現を使っているのはもちろん肯定的な意味だから。なぜ肯定的かというと、この手の性質は治らないので、それはそれで受け入れるしかないから。そしてこういった性質を矯正しようなどと考えることこそが、その性質そのものだから。
【でっていう】
いや、別に。世間の中では良い方じゃないですかね。
それに俺は弾圧はいけないなんて一回も言ったことはない。むしろ俺が普段言ってるのは「弾圧で生き残れないようでは全然だ」でしょ。
むしろ知るべきは、こういう普通かそれ以上の常識人たちが、後世のある種の観点から見ると信じ難い凶悪な抑圧者のように扱われることがあるが、それは彼らが狂っていたからではなく、むしろ「当世風」であり普通だったということに対する後世的評価に過ぎない、ということじゃないんでしょうかね。
【馬鹿話】
まあ頭がほどほどに良い人に多く見られる現象なんですけどね、ボカして言いますか。
数学の何かの定理を証明することを考えて下さい。
定理の主文にはいわゆる結論部が書かれています。これからその定理を証明するには、飛躍していない証明の過程を示す必要があります。それと同時に、この定理が成り立つ大前提としてここまで積み上げられてきた幾つかの公理や定理群があります(これらを確からしくする論理については危ないから触れない)。こういう分け方をするのはナンセンスかもしれませんが、ここでは便宜上これらを前提、結論、過程と3つに分類します。
もちろんこれら3つをすべて示すのが本来ですが、あまりにも長くなるので普通は相当部分を端折ります。数学書を見てもわかるように、一々使用している公理や定理のすべてを示していたら式一つを書くのに注釈(定理*.*.*より、みたいなもの)が数ページ必要になりかねません。だから普通はクリティカルな部分だけ注釈して、それが多めだと丁寧な教科書、少なめだと硬派な教科書という扱いになる感じでしょうか。だから端折ること自体は問題ありません。
ところで数学書が問題を起こさないのは、そこまでにきちんと公理系が示され議論が積み重ねられているからです。突然ブログの話に飛びますが、さすがにブログではそこまで精緻な議論を重ねることは困難です。しかし幾らかは書かないとやっぱり意味がわからないのです。何より、他人に分からないならまだしも、自分でさえ分からなくなるのですから。
それでは項目の最初の話に戻りますが、どういう現象かと言うと「捨て台詞とともに結論部だけ書く」というものです。
まず結論から書くというのは大変良い習慣です。また単に結論部だけ書くならば、この人はこういう結論を持っている人なんだなあというだけの話です。しかし、あたかも誰もが到達すべき結論のようなことを言いながら結論部だけを書き捨てるというのは甚だしく奇妙です。多くの人に同意を求めたいのであれば前提と過程を示す必要があり、「分からない奴は分からない」という類いの主張は前提も過程も代替しません。(以下略)
【面倒になった】
ここまで読んでる奴はいないだろ。
まあ要するに、馬鹿は主張の前提も過程も言えない、利口になると結論に到る過程を説明できる、頭が良過ぎて前提、結論、過程を逐一述べるようになると同水準の人間以外に相手にされなくなる。そして(日本では)ROMが最強ということ。