Study Hard -13ページ目

京都学派覚え書き

 次の月曜に、鶴岡先生の前で、発表という名の下に恥を晒さねばならぬ。

【覚え書き】
 1935-1940年、近藤洋逸。
「レアルな(数学的認識は具体的対象の一側面, 即ち量的側面の把握である...」
「構成的なるもの, 有限的なるものは, 対立する非構成的なるもの, 無限なるものと不可分に統一さるべき一モメントである...」

 絶対矛盾的自己同一。
「現実の世界は何処までも多の一でなければならない」
「過去は現在において過ぎ去ったものでありながら未だ過ぎ去らないものであり、未来は未だ来らざるものであるが現在において既に現れているものであり、現在の矛盾的自己同一として過去と未来とが対立し、時というものが成立するのである。」

 1998年、野家啓一、西田選集「解説」。
「ヒルベルトの無矛盾性の証明に的確な理解と論評を加えながらも...ゲーデルの業績に一言の言及もない」

 引用は、田中一之編『ゲーデルと20世紀の論理学1』東京大学出版会、2006年、163-166頁。ほか。

【ker】
「まず, あいまいさをなくすためには, 数学を形式言語で記述しなければならない.」
「形式的な理論の解釈は一意的でない.」
 齋藤正彦『数のコスモロジー』ちくま学芸文庫、2007年、8頁。

「カルナップによれば, 言語的規約の導入に先立って存在する事実命題の領域などというものは存在せず...言語全体がそれに対して保存的拡大となっていなければならない事実的中核といったものも存在しない.」
「構文論的規則を定式化する際に, この同じ抽象的もしくは超限的な概念が用いられるようなことがあれば...非有限的な数学用語の意味を構文論的規則によって解明する代わりに, 非有限的な用語が構文論的規則を定式化するために用いられることになる.」
「概念的プラトニズム」
 『ゲーデルと20世紀の論理学1』131-133頁。

【西谷と岸本の間】
 彼らが真にどう評価されるべきかはともかく、西谷の宗教哲学と岸本の宗教科学の「間」について述べよというのは、困難なことだ。
 何をもって間とするのか。弓山先生の大嫌いなメタ的視点から始めねばならない。

【分子運動を例に】
 分子の状態を記述するのに、理想状態に近い場合はそれで線形近似が可能だし、凝集しているときはそれはそれで近似が可能である。ところが、それぞれの線を外挿するとあらぬ方へ飛んで行ってしまう。
 西谷と岸本の論についても、なんとなくそういう雰囲気を感じる。それぞれに、なるほどと思うところは多いのだが、この2人の論を綜合しようなどと目論むと、それぞれ訳の分からないところへ行ってしまう。そんな気がした。

 この場合の「間」とは、2人の論を極として捉え、その中間の非線形な部分について論じることとなる。あまりにも困難だと言わざるをえない。

【科学と哲学の中間】
 科学哲学、ではないとしておく。宗教科学哲学など考えるだにおぞましい。
 宗教という冠詞がよほど性質のよいものであるという無謀な前提をおけば、とりあえず下の句である哲学と科学の間について考えればよいということになる。もちろん、それは数学である。理由は数学にて熟知されたし。

 ここでは、宗教数学を考察することになる。つまり、宗教を記述する形式言語について考える必要がある。
 無理、今は。

【卒論は軽率な論文】
 こうなったら学生お得意の「論評」でお茶を濁すしかない。
 偉そうなことを言えば、岸本には総論反対各論賛成、西谷には総論賛成各論反対である。なので、岸本の各論と西谷の総論をいびつに合体してしまえば、学生らしい馬鹿げた視点のできあがりというわけだ。

【独自路線】
 "between"という概念をすっかり忘れて、西谷と岸本に対する独自の視点を打ち出すのも学生らしいやり口だ。

【雑談】
 数学が真に恐ろしいのは、公理「主義」、形式「主義」、挙げ句には意味「論」でしかないということだ。

業務連絡

よく食べ、よく部下を罷免し、あまり動じない-975
 ρの新PC「音ハレ夢」を徴発する用意があります。

 参考:http://file.gyosyou.blog.shinobi.jp/975.jpg

前期終了

 ドラマツルギーって無性に言いたくなった。

【字数不足】
 なんとなくコメントを提出したら、字数不足の評価で返ってきた。
 なるべく字数と項数を減らして、読み易いよう大きな字で書いたのは、駄目だったようだ。
 鬱状態でなくとも、気分がよくないときに素人のダラダラした評価なんて見たくもないものだが、それは神経症者の勝手な考えということか。

【ドラマツルギー】
 鬱状態のあの「本もまともに読めない」状態は本当にアレだ。
 冷静に考えてみると、入学後2年目あたりからかなりの期間に渡って、本も読みたくないし他人の話も聞きたくない状態が続いていた。あのとき気付いていれば、今の状態にはならなかったし、数学科に迷い込むこともなかっただろう。後悔している。
 結局、私自身で気付いたのは、数学科長の部屋で「鬱じゃありません」と叫んだことからだった。

【遍歴】
 冷静に考えると、ここ10年(父が言うには15年)に渡って神経症と縁がなかったことがない。
 なんで入学当時は自分が神経症から解放されたと思ってたんだろう。謎だ。

【理由付け】
 理由は簡単で、我が家が典型的なストレスの多い家庭だからだ。
 我が家の構成員すべてがストレス要因なのだが、やはり父が一等優れて強力である。また、それぞれが違うタイプの抑圧者なので、諸兵科連合の点からも見逃せない家庭であろう。

【ODすら生温い】
 中学生の頃は、父にまったく太刀打ちできず、何を言っても制圧された。「十有五にして学に志す」よう求められるが、一所懸命考えても「タコツボ」扱いで、また打ちひしがれるのであった。
 高校生の頃は、神経がすっかり磨り減っていて、何をしていたかよく覚えていない。ただ、哲学書(古典文献という方が正確か)ばかり読んでいたことは覚えている。なぜか、カール・バルトの本だけは、校舎の外に置いた机で読んでいた。
 成人した頃からだろうか、なんとか父に言い返せるようになった。さらに数年して、父に反論できるようになった。さらに数年して、父を攻撃できるようになった。これらの期間には、特有の苦しみを伴った。敬愛する2人のお父さんのうちの1人(もう1人はアボジ将軍様)を、特定の分野だけとはいえ、越えて行かねばならないからだ。

 気付いたら、誰も反論してくれなくなった。

【構造主義主義】
 どのような事物および関係が構造を規定するのか。
 何によって構造が保たれるのか。

 いつも思うが、示すべきは同型であって、構造の存在ではない。
 いつもいつも思うが、構造だから何なのだろうか。

「構造は悪であり、構造が存在するので、悪です。」
「これは悪い構造だから、悪です。」

 なんだか知らないが、こういった議論がよく交わされているように思う。社会学付近で。
 まあ、私の知っているのはブルバキの構造主義であるので、世の中には知らないタイプの構造主義もあるのだろう。

 ヒーローごっこをする子どもが友達を蹴るのは構造的暴力なのだろうか。