江國香織の東京タワーの一言はいつも忘れられない。
あれはフィクションで、いうなれば現実にはなかなか起きえないことは
良く知っていても、それでも起きて欲しいという欲望の表れだけど。
「恋はするものじゃない。堕ちるものだ。」
美しい岡田准一君演ずる主人公が、プールの飛び込み台から逆さまに
落ちていくシーンのなんと印象深かったことか。何年たった今も
あの薄暗いワンシーンはよく憶えている。
恋に堕ちてみたい。この短く儚い泡沫の人生の中で、たった一度でいい。
後戻りできないほど、誰かに深く惹きつけられたい。
そして、叶うならその人を深く惹きつけていたい。
本当にそんな人に出会ってしまったら、平凡ながら幸福なこの毎日が
根本から崩れ落ちていってしまうかもしれない。もしくは今よりもずっと
満ち溢れた幸せの中に生きれるかもしれない。
ただ、そういう恋愛は得てして危険なもののように思う。文字通り、ヒトは
恋をして狂う。深く落ちていけばいくほど、もうそこから出ることは出来ず、
ある時点で何らかの決断を下すことを迫られる。
そして、大抵は不幸な結末を迎える。表面上は何事もなかったかの様に
出来るかもしれないけど、それは不安定な、いつ崩れてもおかしくない
バランスの上に立つ、砂の城の様なものだ。強い風のひと吹きで、すべて
消え去ってしまう。
もうだいぶ、私はそういうものから離れてしまった。
私を取り巻く現実がそもそもそれを許さないことにも起因するものの、
ある時点で醒めてしまった。今も恋に堕ちたいという気持ちが胸の中に
あることは否定しまい。ただ、砂糖菓子の様に甘い希望だけを信じる
ことが、出来なくなってしまったのだ。
静けさが欲しい。打ち寄せる強い感情の波から自分を守る防波堤は
まだ出来上がっていない。遠く、暗闇を音もなく裂く雷の光を、静かに
眺めている。
どんなに眩しくても仕事中にサングラスをしてはいけないらしい。
かれこれ二年前ぐらいの話だけれど、マラケシュに出張していて、朝ごはんを食べに
ホテルの食堂にサングラスをかけたまま行ったらしいワタシ。そして、その場にいた
上司の知り合いに電話その話をでチクられていたらしいワタシ。
あのぅ、サングラスをかけてご飯食べに行ったことすら覚えてないんですけど。
って、そんなことでチクるお前も暇だな・・・とか思ってしまうが、同期女子に聞いたところ
周りがやっていないこと、というのは、たとえ目が開けないぐらい眩しかろうが
何だろうがやってはいけないことになるらしい。と思えば、年上の同僚男性に言わせると
仕事きっちりやってんならそんなこまけーことは気にしないんだけど、とのこと。
なんだかなぁ。自分の感覚では全くもって普通のことのはずなんだけど、良くも
悪くも目立ってしまうらしいワタシがやると、口うるさい人からは遠まわしに注意が入る
仕組みになっている。でも一つ確証を持って言えるのは、その密告者は絶対に
女性だった、という事だ。こういうちいさーいことで、相手に直接言わないで、
どこかに吹き込みまくるのは女のやることだ。正直、うんざりだ。女になんて生まれて
こなければ良かったとすらおもう。だって、そのサングラスの人が仮にスーパー
イケメンだったら絶対なんもしなかったはず。むしろ格好いい、とか言って褒めてた
とすら思う。
まあ、なんでも右倣えの日本人社会で仕事してるんだから、周りの人を良く見て、
同じように行動するのが大事なこともなんとなーく分かるんだけど、サングラス
云々のところまでいわれると正直職場では人権もないのかよ、と思ってしまうわけで。
サングラスよりもっと見るべき部分がねーのかよ。おいおい。
出張にも声をかけて貰えて、与えられたこと、出来ることは頑張ってきっちりやる様に
している(つもり、不完全だったとしても前向きには取り組もうと心がけてる)。
だから、鶏群の中でも一鶴に近い存在になってくるわけで、その一鶴を妬み、
とるにたらない些細なことでも「悪目立ち」した瞬間に襲い掛かってくる。どうして
仕事だとか、もっと本質的な部分で正々堂々と勝負しようと思わないのかは謎だけど、
裏を返せばその分野では勝ち目のない相手だ、と思って頂けているのでしょうか。
いずせにせよ、私にダメだよ、と言った同期女子は心底見上げた存在だ。彼女も色々
大変らしいが、いわゆる良い人面もまともに出来ない私から言わせると、自分を
犠牲にしてでも、損をしてでも、良い人面を出来る彼女は神様みたいなものだ。
見習おうと思うのだけれど、うーん、まだ人間出来てない私には中々難しい。とか言って
ないで有言実行しなさいよ、ということなんだけど。やっぱすごいよ、K池ちゃん。
この話から学べたことは、何を言われても、どんな状況でも、仕事は文句言わせないぐらい
きっちり真面目にやること。見てる人はちゃんと見てる、なら、その見てる人が唸るぐらい
仕事はきっちりやってやる意気込みと努力をしっかりすること、だ。下らない陰口は実力が
あれば吹き飛ばせる。事実、来月だって大型の案件の出張に声をかけて貰っている。
それは力のある人が私に目をかけてくれている証拠でもあるのだ。
若輩者、実力だってまだまだ足りない。でも、鶏群では絶対終わらない。やるならなんでも
一鶴になってやる。頑張ろう。
かれこれ二年前ぐらいの話だけれど、マラケシュに出張していて、朝ごはんを食べに
ホテルの食堂にサングラスをかけたまま行ったらしいワタシ。そして、その場にいた
上司の知り合いに電話その話をでチクられていたらしいワタシ。
あのぅ、サングラスをかけてご飯食べに行ったことすら覚えてないんですけど。
って、そんなことでチクるお前も暇だな・・・とか思ってしまうが、同期女子に聞いたところ
周りがやっていないこと、というのは、たとえ目が開けないぐらい眩しかろうが
何だろうがやってはいけないことになるらしい。と思えば、年上の同僚男性に言わせると
仕事きっちりやってんならそんなこまけーことは気にしないんだけど、とのこと。
なんだかなぁ。自分の感覚では全くもって普通のことのはずなんだけど、良くも
悪くも目立ってしまうらしいワタシがやると、口うるさい人からは遠まわしに注意が入る
仕組みになっている。でも一つ確証を持って言えるのは、その密告者は絶対に
女性だった、という事だ。こういうちいさーいことで、相手に直接言わないで、
どこかに吹き込みまくるのは女のやることだ。正直、うんざりだ。女になんて生まれて
こなければ良かったとすらおもう。だって、そのサングラスの人が仮にスーパー
イケメンだったら絶対なんもしなかったはず。むしろ格好いい、とか言って褒めてた
とすら思う。
まあ、なんでも右倣えの日本人社会で仕事してるんだから、周りの人を良く見て、
同じように行動するのが大事なこともなんとなーく分かるんだけど、サングラス
云々のところまでいわれると正直職場では人権もないのかよ、と思ってしまうわけで。
サングラスよりもっと見るべき部分がねーのかよ。おいおい。
出張にも声をかけて貰えて、与えられたこと、出来ることは頑張ってきっちりやる様に
している(つもり、不完全だったとしても前向きには取り組もうと心がけてる)。
だから、鶏群の中でも一鶴に近い存在になってくるわけで、その一鶴を妬み、
とるにたらない些細なことでも「悪目立ち」した瞬間に襲い掛かってくる。どうして
仕事だとか、もっと本質的な部分で正々堂々と勝負しようと思わないのかは謎だけど、
裏を返せばその分野では勝ち目のない相手だ、と思って頂けているのでしょうか。
いずせにせよ、私にダメだよ、と言った同期女子は心底見上げた存在だ。彼女も色々
大変らしいが、いわゆる良い人面もまともに出来ない私から言わせると、自分を
犠牲にしてでも、損をしてでも、良い人面を出来る彼女は神様みたいなものだ。
見習おうと思うのだけれど、うーん、まだ人間出来てない私には中々難しい。とか言って
ないで有言実行しなさいよ、ということなんだけど。やっぱすごいよ、K池ちゃん。
この話から学べたことは、何を言われても、どんな状況でも、仕事は文句言わせないぐらい
きっちり真面目にやること。見てる人はちゃんと見てる、なら、その見てる人が唸るぐらい
仕事はきっちりやってやる意気込みと努力をしっかりすること、だ。下らない陰口は実力が
あれば吹き飛ばせる。事実、来月だって大型の案件の出張に声をかけて貰っている。
それは力のある人が私に目をかけてくれている証拠でもあるのだ。
若輩者、実力だってまだまだ足りない。でも、鶏群では絶対終わらない。やるならなんでも
一鶴になってやる。頑張ろう。
超久しぶりの更新。アメブロ持ってたことすら忘れてた笑
上司からDVDを借りてキンキキッズを聞いていたら久しぶりにタイトルの歌をきく。
当時ドラマの主題歌になっていたはずで、聞き覚えがあって。キャッチーで、どこか切なくて。
今更中二病かよ、という感じはあるけど、いいものは何年たっても良い。
年の瀬になって、今年の出来事を思い返す。25歳になって、自分の意気地なさで縁をきることが
出来なかったどうしようもない仏人元カレと別れて、一時帰国していた日本で今の彼と出会って、
病気の同僚のおかげ?で新しい分野の仕事にも関わることが出来て。大きな流れとして、私の
日常と言うのは良い方向に流れが変わってきた。自分が変わったのもあるかもしれない。
元カレとの付き合いというのはある意味洗脳された状態で、自分が自分じゃない状態での
付き合いだった、と今更ながら冷静に自己分析できるようになって。元カレの言っていたことは
正しかった。私はあの人を愛している自分が好きで、あの人が私を心の底から愛さなかったこと
にはきっとそういう要素も働いていたのだろう。いずれにせよ、私の人生で出会ったとんでもない
男上位3位には食い込むぐらい、とんでもない男ではあった。そんでもって、そんな男と
曲がりなりにも一年も付き合っていた当時の自分もとんでもない女であった。第3者の視点・
意見と言うのは素直に受け止めるべきなのだ、結局。
それでも元カレには感謝している。いかなる理由であっても、私を振ってくれたのだ。惰性の
付き合いを断ち切ってくれたエゴを当時は憎んだものだったけれど、自分からはおそらく、
別れを告げられなかったから、今の彼に出会って勇気を出すきっかけを与えてくれたのは、
よくよく考えてみると元カレのおかげでもある。もし、いつかどこかですれ違うことがあれば
言葉を交わさずともにっこりとほほ笑むことが出来るだろう。ありがとう、別れてくれて、と。
結婚が死ぬほどしたかった。次々に結婚していく周りの人間を見ながら、嫉妬と劣等感に
さいなまれることは苦しかったけれど、今こうして落ち着いて考えてみれば私はまだ
結婚を祝福する側でいたいのだ。自由に、歌を歌って、それこそ背中に羽が生えている
ように幸せな毎日を送れるのは私が独身であるが故で、彼と遠く離れた異国の地に
いるからなのだ。
もちろん、いつかは結婚して、夫と子供と平凡で幸せな家庭を築きたいと思う気持ちは
変わらない。ただ、それは今ではない。もうすぐまた、フランスを離れて遠いどこかの国へ
行く。今よりも、彼からはるか遠く離れたどこかへ。寂しいし、切ない。誰かを想うとき
そう思うのは当たり前だけれど、かといって、今仮に彼に望まれて日本に帰ったとしても
私はきっとそれを後悔する。25歳の今しかない、今の私とこの先の数年の私の望むことは
世界のどこかで歌を歌いながら、時に誰かを想って泣きながら、それでも思うままに生きて
行くことなのだ。
僕の背中には羽がある、いつか消えてしまう羽がある。ずっと君と生きていたいと思っている
し、離れていても君を深く想う気持ちはそばにいるときと変わらない。
それでも今ははるか空の彼方を風に任せて飛んでいたい。僕の我儘だとしても、こうして空を
飛んでいるのは愛する君と長く、幸せに生きていきたいと思っているからだ。
今度会うとき、全部正直に話すよ。受け入れてもらえないなら、諦めるしかないのかもしれない。
ただ分かってほしいのは、それでも僕が君を愛しているということだけ。代えがたい大切な
存在だと、それだけは分かっていてほしい。
ちなみに硝子の少年も良い。
上司からDVDを借りてキンキキッズを聞いていたら久しぶりにタイトルの歌をきく。
当時ドラマの主題歌になっていたはずで、聞き覚えがあって。キャッチーで、どこか切なくて。
今更中二病かよ、という感じはあるけど、いいものは何年たっても良い。
年の瀬になって、今年の出来事を思い返す。25歳になって、自分の意気地なさで縁をきることが
出来なかったどうしようもない仏人元カレと別れて、一時帰国していた日本で今の彼と出会って、
病気の同僚のおかげ?で新しい分野の仕事にも関わることが出来て。大きな流れとして、私の
日常と言うのは良い方向に流れが変わってきた。自分が変わったのもあるかもしれない。
元カレとの付き合いというのはある意味洗脳された状態で、自分が自分じゃない状態での
付き合いだった、と今更ながら冷静に自己分析できるようになって。元カレの言っていたことは
正しかった。私はあの人を愛している自分が好きで、あの人が私を心の底から愛さなかったこと
にはきっとそういう要素も働いていたのだろう。いずれにせよ、私の人生で出会ったとんでもない
男上位3位には食い込むぐらい、とんでもない男ではあった。そんでもって、そんな男と
曲がりなりにも一年も付き合っていた当時の自分もとんでもない女であった。第3者の視点・
意見と言うのは素直に受け止めるべきなのだ、結局。
それでも元カレには感謝している。いかなる理由であっても、私を振ってくれたのだ。惰性の
付き合いを断ち切ってくれたエゴを当時は憎んだものだったけれど、自分からはおそらく、
別れを告げられなかったから、今の彼に出会って勇気を出すきっかけを与えてくれたのは、
よくよく考えてみると元カレのおかげでもある。もし、いつかどこかですれ違うことがあれば
言葉を交わさずともにっこりとほほ笑むことが出来るだろう。ありがとう、別れてくれて、と。
結婚が死ぬほどしたかった。次々に結婚していく周りの人間を見ながら、嫉妬と劣等感に
さいなまれることは苦しかったけれど、今こうして落ち着いて考えてみれば私はまだ
結婚を祝福する側でいたいのだ。自由に、歌を歌って、それこそ背中に羽が生えている
ように幸せな毎日を送れるのは私が独身であるが故で、彼と遠く離れた異国の地に
いるからなのだ。
もちろん、いつかは結婚して、夫と子供と平凡で幸せな家庭を築きたいと思う気持ちは
変わらない。ただ、それは今ではない。もうすぐまた、フランスを離れて遠いどこかの国へ
行く。今よりも、彼からはるか遠く離れたどこかへ。寂しいし、切ない。誰かを想うとき
そう思うのは当たり前だけれど、かといって、今仮に彼に望まれて日本に帰ったとしても
私はきっとそれを後悔する。25歳の今しかない、今の私とこの先の数年の私の望むことは
世界のどこかで歌を歌いながら、時に誰かを想って泣きながら、それでも思うままに生きて
行くことなのだ。
僕の背中には羽がある、いつか消えてしまう羽がある。ずっと君と生きていたいと思っている
し、離れていても君を深く想う気持ちはそばにいるときと変わらない。
それでも今ははるか空の彼方を風に任せて飛んでいたい。僕の我儘だとしても、こうして空を
飛んでいるのは愛する君と長く、幸せに生きていきたいと思っているからだ。
今度会うとき、全部正直に話すよ。受け入れてもらえないなら、諦めるしかないのかもしれない。
ただ分かってほしいのは、それでも僕が君を愛しているということだけ。代えがたい大切な
存在だと、それだけは分かっていてほしい。
ちなみに硝子の少年も良い。
人間て本当にそれぞれ違う個体なんだなーとしみじみ思う今日この頃。動物もそうだけれど、
一緒のベッドで眠っていても、決して同じ夢を見る事はないし、そもそも考えていることが全く同じ、
なんてあり得ない。
だからきっと、電話をかけてもかけても返事がこないことや、メールの返事が無い事もその人の価値観に
寄る。私も決してマメではない。ただ、不在着信があれば必ずかけ直すぐらいの礼儀、(あ、これも私の
個人の価値観か)ぐらいは持ち合わせている。でも、それが何だというのだろう。
私はきっと、誰かが側にいてくれないと寂しくて仕方が無いタイプの人間だ。同時に、関係を深くするのを
酷く恐れている。いつもいつも、失うかも知れない、っていう気持ちに捕われて、反対の事を考えられない。
今まで私が付合ってきた元カレ達、ごめんなさい。私は自分で自覚する以上に、ずっと貴方達を傷つけて
いたんだと思う。自分勝手だったこと、もう遅いけど謝ります。私は誰かを大切にするのが、貴方達が
彼氏に変わった瞬間から出来なくなっていた。無意識に、沢山酷い事をしてた。ごめんね。
あの人は自分のことを単なる存在にするな、といって私をたしなめた。私は愛しているつもりでも
貴方がそう感じていないのなら、意味が無いものね。時々理解に苦しんでも、貴方はとっても優しくして
くれたのに、そういう部分をみようとする”努力”をいつからかやめてしまっていたから、今こうなって
しまったんだよね。悲しいけど、私には悲しむ権利もないはず。だって、それは自分の行動の結果だから。
消える事も出来ないから、距離をとる努力をするよ。もう返すのもは返したはずだし、合鍵も本当に
偶然だけれど手元に戻ってきた。貴方が私を捜す事はないと思うけれど、もし探しても見つけられない様に
僕は秘密の場所に隠れ続けるよ。消えるって簡単だから。昔貴方が私に話してくれた様に。私の新しい
子猫のために絨毯だけは必要だから、それは私がとりに行きます。そしたら全部終わりにしよう。
それも自分勝手だ、って言われるのかな。でも今は、他にどうして良いのか分からない。待つのは苦しい。
今はちょっと逃げさせて。次に会う時はちゃんと笑って会える様に、ゆっくり準備をさせて欲しい。
さようなら。
一緒のベッドで眠っていても、決して同じ夢を見る事はないし、そもそも考えていることが全く同じ、
なんてあり得ない。
だからきっと、電話をかけてもかけても返事がこないことや、メールの返事が無い事もその人の価値観に
寄る。私も決してマメではない。ただ、不在着信があれば必ずかけ直すぐらいの礼儀、(あ、これも私の
個人の価値観か)ぐらいは持ち合わせている。でも、それが何だというのだろう。
私はきっと、誰かが側にいてくれないと寂しくて仕方が無いタイプの人間だ。同時に、関係を深くするのを
酷く恐れている。いつもいつも、失うかも知れない、っていう気持ちに捕われて、反対の事を考えられない。
今まで私が付合ってきた元カレ達、ごめんなさい。私は自分で自覚する以上に、ずっと貴方達を傷つけて
いたんだと思う。自分勝手だったこと、もう遅いけど謝ります。私は誰かを大切にするのが、貴方達が
彼氏に変わった瞬間から出来なくなっていた。無意識に、沢山酷い事をしてた。ごめんね。
あの人は自分のことを単なる存在にするな、といって私をたしなめた。私は愛しているつもりでも
貴方がそう感じていないのなら、意味が無いものね。時々理解に苦しんでも、貴方はとっても優しくして
くれたのに、そういう部分をみようとする”努力”をいつからかやめてしまっていたから、今こうなって
しまったんだよね。悲しいけど、私には悲しむ権利もないはず。だって、それは自分の行動の結果だから。
消える事も出来ないから、距離をとる努力をするよ。もう返すのもは返したはずだし、合鍵も本当に
偶然だけれど手元に戻ってきた。貴方が私を捜す事はないと思うけれど、もし探しても見つけられない様に
僕は秘密の場所に隠れ続けるよ。消えるって簡単だから。昔貴方が私に話してくれた様に。私の新しい
子猫のために絨毯だけは必要だから、それは私がとりに行きます。そしたら全部終わりにしよう。
それも自分勝手だ、って言われるのかな。でも今は、他にどうして良いのか分からない。待つのは苦しい。
今はちょっと逃げさせて。次に会う時はちゃんと笑って会える様に、ゆっくり準備をさせて欲しい。
さようなら。
