大河ドラマの解説コーナー㉙ #どうする家康 | わんわん物語

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~異界から目薬~

伊賀越えの回の分です。

 

この部分、伊賀越えっていう事実があったのと、だけども断片的なことしかわからないっていうことで作家の腕の見せ所です。

 

堺見物中に本能寺の変を知った家康は、まあ、他に選択肢が無いんだけど伊賀を抜けて三河へ帰ることを決断します。

 

一応他の選択肢は、

堺から航路→いつ出航できるかわからない、陸路より遠回りで時間かかる、時化等で途中で寄った港が明智側勢力だった場合詰む、など不確定要素が多すぎる

他の陸路→明智の軍勢が狙っている、どの織田武将が明智に寝返ってるかわからない

なので最も早く、最も危険が少ないのが伊賀越えだったりするのですが、その伊賀も危険がいっぱいです。

 

ドラマでも強調してたけど、伊賀は前年に信長が滅ぼしたばかりで、なおかつ伊賀はたくさんの豪族が割拠していてそれらをまとめる大勢力もなく、大まかなイメージでは信長の同盟者である家康も恨まれている可能性が高いものの、召し抱えている服部半蔵はじめ保護している伊賀者もいて、危険だけどいける可能性もある、そんな感じでした。

 

CGで再現された伊賀の風景は迫力がありました。

こういうのは、清州城のアレがあるのでどこまで盛ってるのかわからないけど現在では全く面影もわからない山の一つ一つに砦がある感じを視覚でわかるようにしてくれるので良いですね。

 

三河物語では信長が伊賀を滅ぼした時に家康が逃れた伊賀者を保護したことに感謝して伊賀越えに協力してくれたと書いてあるのですが、ドラマでは恩など知らぬ、っていうピンチにしてました。

 

そこで一向一揆の際に三河を追放された本多弥八郎が登場するのですが、弥八郎の帰参時期は諸説あって定かではありません。

 

が、やっぱここで帰参するのがドラマチックでかっこいいよね。

 

わずかな手勢で決死の伊賀越えに挑む家康、だけども落ち武者狩りの一揆勢に囲まれ大ピンチ、そこに伊賀忍者の軍師になっていた本多弥八郎が颯爽と現れて家康を救う。

 

「影武者徳川家康」ではそんな再会シーンがあります。

 

ルートに関しては諸説あるけど鈴鹿のあたりから船で帰りました。

宗長や山科さんが駿河に行く時は桑名からだったから桑名だと思ってたけど鈴鹿白子浜でした。

 

堺から宇治田原を経て信楽の多羅尾氏のとこに寄ったところまでは史料がありますが、そこから先が諸説分かれることになります。

 

で、百地丹波が出てきた。

 

ゲームでは有名な伊賀忍者の頭領ですね。

 

ステータスは服部半蔵、風魔小太郎と互角の諜報、謀略担当キャラですが、史料上では具体的に何したかっていう情報は少なくて、ウィキを見ても第一次伊賀の乱の時に織田軍を撃退したメンバーってくらいしか書いてません。

 

まあ、忍者稼業なら何したか記録に残ってたらダメなので史料が無いのはしょうがないですね。

 

あと、忍者の頭領なイメージの人は忍者会社の社長なので、社長だからってその会社の業種で一番高い技術を持ってるわけではないのと同じで、すげえ忍者だったとは限らないので注意しましょう。

ゲームのステータスは率いてた忍者集団込みのステータスということで。

 

で、伊賀越えの際に、会ったかもしれないし会ってないかもしれないし。

 

今でこそ伊賀は高速道路も通ってますが、むしろ通ればわかりますが、高速無かったらマジ山なので、この部分だけで1国にしたら伊賀守さん大変でしょうに、っていうところです。

 

なのでバラバラの勢力のままで、米取れないから忍者稼業してたわけだし。

 

なので、いろんな伊賀の人のところを通ってったんだと思います。

 

その途中で、百地さんとこで本多弥八郎と再会したことにした、と。

 

うーん、グーグルマップで信楽の次に百地領の竜口経由で白子浜ってすげえ遠回りだから竜口は経由してないんじゃないかな。

諸説あるルートでそっちは無いし。

伊賀の豪族が分担して色んなところに家康探しに行ってたまたま百地勢が見つけたって解釈もできなくもないけど、、、

 

ともあれ、百地丹波に捕まってるシーンの、信長が生きてるって噂はかなり広まってたし、秀吉が広げていました。

 

もちろん近隣の織田勢を明智軍に寝返らせないためです。

 

その効果は絶大で、秀吉が中国大返しで戻ってくると織田勢の多くが秀吉軍に合流しました。

 

本能寺の変が6月2日で、水攻めしてた備中高松城を開城させて毛利と和議を結んで、6月6日には姫路に戻ってきてるっていう神業です。

 

家康が三河に帰ったのが6月4日深夜から6月5日未明なので山越えしたと考えるとこちらもめっちゃ速いわけですが、となると信長生きてるの噂は秀吉が流さなくても流れてた設定ですね。

 

信長も何度もピンチを切り抜けているので、実は生きてると言われれば信じたくなるし、信長ならば上手く逃れてると思う人がたくさんいたから本能寺の変の際も皆逃げれば助かったのに圧倒的兵数の明智軍に突っ込んでいったわけだし。

 

ともあれ、家康は伊賀越えを成功させ、無事に逃げ帰ることができました。

 

同時に秀吉は中国大返しと呼ばれる電撃的なスピードで姫路まで戻り、6月13日、京都山崎の戦いで明智軍を撃破、光秀は撤退中に小栗栖で落ち武者狩りの農民に竹槍で刺されて死んでしまいます。

 

家康と一緒に堺にいた穴山梅雪は家康と別で帰りますが、三河物語にはその理由に「家康を疑って」とあります。

 

何を疑ったのが意味深ですね。

 

家康が実は光秀とグルなのを疑っていたのか。

信長が死んだことが嘘で反織田的な態度を取った瞬間に討ち取られる手はずになってるとか疑ったのか。

敵に包囲された時に穴山梅雪を差し出して逃げる、みたいなことされるのを疑ったのか。

 

宇治田原で早々に死ぬのですが、ドラマでは家康の影武者になって討たれる良い人になってました。

 

本能寺の変があって、伊賀越えして、いよいよクライマックスかと思いきや、戦国時代が天下統一に向かっていくのを信長が台頭し始める1560年から関ケ原の戦いの1600年までと区切ると本能寺の変1582年はだいたい真ん中なのよね。

 

時代は群雄割拠から大勢力同士の戦いになってきていますが、次回は清州会議からの賤ヶ岳かな。

 

今回は秀吉がとても嫌なキャラなのでむかむかしそう。

 

次回もお楽しみに!