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dressterior の Dパーカ

ここ数ヶ月、服には次第に興味がなくなってきた。というより他にやりたいことがたくさんあって相対的に納得のいく居場所に落ち着いたのかもしれない。昔からこうあるべきと定められていた、その姿へ。

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日照りが和らいだ波打ち際、焚火を囲み、わいわいと楽しそうなサーファーから少し離れ、波音と人の声の協奏を自らに染み込ませながらHarukiの文面に視線を落としていく。海風は少しばかり冷たい。そんなとき、生成りベースのボーダーの上から羽織っていたい。



iPhoneからの投稿

Armorlux の パックシャツ

Armorluxから見たTシャツにまつわるエトセトラ

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またもや季節はずれにも夏の格好の話をすると、ジーパンにTシャツ、たまにポロシャツくらいです。でも近年「Tシャツ」というものを買っていないことに気付きました。アンダーシャツとTシャツの中間にあるようなものを普段着としている感があります。殊に不思議なのは、日本のシャツはアンダーと所謂Tシャツが如実に区別されてしまうのに対し、海外モノはアンダーシャツとして買ったものにTシャツの役割を担わせても遜色到底ないということです。なので海外モノのアンダーシャツ、特に2,3枚パックのものを買えばリーズナブルでシンプルな装いができそうな気がしているわけです。

このArmorluxはフランスのアンダー兼Tシャツのような存在と思われますが、一般的な意におけるTシャツとして着ていく予定。きめが細かくて吸いつくような着心地はアンダーならではと思います。逆に贅沢なのかもしれません。Armorluxには先日のセントジェームスのバスクシャツのようなシャツもあるようですがまずこれから入ってみるのもよさそうですよ。自らの信念としてあるのは、自分の存在を上回りも下回りもしないものを選ぶこと、選べるようになること。背伸びも卑下もしたくはないので、あまり身の丈を上回るものは身につけられないし、身に付いてくれないものだと思います。そんな点で、こういう海外の人が普段着として愛用している長く着られるものを自己の趣向と迎合するようにセレクトしていきたいものです。

Armorluxさんは海外セレブの人たちがTシャツっぽいTシャツを着ていないのにTシャツよりTシャツに見えるのはなぜでしょう。そんな疑問にちょっとした光を射してくれました。

このブログでは生活の一部にすぎなくとも大切な位置を占めている、占めつつあるであろうおよそ文化的なものをこんな感じで取り上げていけたらと思います。無意識上、自分では「逆」の方向に行きたいのですが難しいですね。

以上、脈略を未完とされた4段落なのでした。

エターナル・サンシャイン

エターナル・サンシャイン

2004年(米)、監督:ミシェル・ゴンドリー

★★★☆☆



テレビには血行促進といって赤色のものを身につける人たち。そういえば身の回りに赤色のものはあまりありません。同じくオレンジ色のものも。持ってはいてもなかなか身につけないそんなものを身につけるのはどんなときでしょう、私にとって。

ケイト・ウィンスレットは劇中オレンジ色のパーカー、髪の毛は青という若干ロッキーないでたち。彼女はどんな時でも芯を曲げない。オレンジ色の服はいつも彼女とともにあり、道中彼女の「心拍」を代用し続ける。云々。

一方、映画に対する深読みな視点はあまり必要でないのかもしれない。映画は自発的に娯楽であり、その「慣習」に従うことこそ映画に対する本質的で真摯な姿勢だと思う。

ますむら の 定食

ますむら の 定食

京都は一乗寺付近にある定食屋さん。カウンターに近くて狭いキッチンを効率的に動き回るシェフご夫婦のプロフェッショナルな後姿が気持ち良いお店。人柄にひかれてついつい足を運んでしまいそう。ランチは簡単なコースになっていて、スープ、サラダ、メイン。赤出しもかなりおいしい。全体的に味が上品なのでちょっと贅沢な気持ちにもなれる。雑多で曖昧でお人よしで、そんな不思議な一乗寺カルチャーを本流というよりむしろあえて正当派的に支えているところが魅力なのでしょうね。

京都は定食屋さんのクオリティが個性的かつ安定的なのが素敵。

セントジェームズ の バスクシャツ

セントジェームズのバスクシャツ



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京都は白川通りに So that's it というセレクトショップがあります。そこで品ぞろえ豊富なのがこのバスクシャツ。ボーダーのものが有名で秋口など着ている人をよく見かけますね。でもあえてグレーもいいような気もします。約一年くらい前に買いました。


あまりサイズ感やフィット感は“現代的”とは言えないのですが、長く着こんでたくさん洗って伸び縮みを繰り返した生地感は何物にもかえがたいような気がします。うまく説明できませんが一言で言うならドライ感ですね。雑にあえて扱ってみたり、シャツの上からばっさりと着たりしてもこじゃれて見える雰囲気のある、フランス気質のある(?)シャツです。

Haruki Murakami の 小説

村上春樹の小説


春樹さんの小説に触れたのは比較的新しいが、もう少し早い時期に接していてもよかったなと思ってしまう。でも、読み物というのは義務やアカデミックな理由でなく自発的に読んでいる限り自己を投影するものと考えているので、昔の自分にはあまり訴えてこなかったというのが適切かもしれない。かといって今もとりわけ必要としているわけでもないのだが・・・。好きとか嫌いではなくどこか気になる存在であることには間違いないようだ。


まだ彼の小説の一部にしか接していないが、一貫して文章が読みやすいことが特徴。扱うテーマは複雑で意味深なことが多いが、コンテンツへの理解と解釈に集中することができ、この手の読書感は心地よい。登場人物の個性、性格も憎めなく同情でもなく程よい距離感でふと身近にいそうで手の届かないような不思議な感覚。夢と現実の狭間でとめどなく揺れ動く世界観は彼の特質だと思う。頭の中の世界がふと日常に舞い降りる刹那を絵画的にとらえている。あと数冊読んでみたい本がある。


コーヒー&シガレッツ

コーヒー&シガレッツ

2003年(米)、監督:ジム・ジャームッシュ

★★★★★


これはお洒落。会話においてコーヒーは常に脇役に徹するけれど、それぞれの場面に応じてその意義や主張が異なってくる。ときに苦くときにまずくなくちゃいけない。
コーヒーが手を離れるたびにカチャっとカップとソーサーがぶつかる音もどこか好き。ついついコーヒーはマグカップで飲んでしまうけど、たまにはコーヒーっぽい用意もしてみたい。モノクロの映画だが、色彩感覚や色合いの豊富さもなかなかの凝りよう。ちょっと濃いコーヒーが飲みたくなってきた。

ラコステ の ポロシャツ

季節外れにポロシャツ

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以前かっこいい着こなしを見たことがあります。それはTシャツ、ポロシャツ、ダウンジャケットというシンプルなものでした。ずーと外にいる人にはただ寒いだけなのでお勧めできませんが、室内外を行き来する人にとっては温かい室内でポロシャツになるのも冬冬な気分からの一時解放でどことなく爽快な気がします。

ポロシャツはいろいろあると思いますがどれも型やフィット感が微妙に違います。一番のお気に入りはL1213(半袖の方L1212が定番でしょうか)。比較的タイトに着れます。洗ってもあまり崩れないので長く着れそう。夏物は洗濯回数が多いのですぐ傷んでしまうけど、そこそこ耐えうる強さを持っているのはいいところ。

夏目線で見ると、薄着なのにちゃんと襟がある。これって意外に印象に影響を与えていそう。色は紺か白がきれい(ラルフのポロシャツで紺色地に赤のポロのロゴのものを着ている人を見るとかっこいいなと思ってしまう)。ちょっとベターすぎるけど、夏の昼下がり、プリントTシャツに遊び心があふれている分シンプルさでちょっときりっとするのもたまにはよさそう。

Tokyo graffiti

http://grfft.com/


僕が時々読んでいる雑誌が Tokyo graffiti です。雑誌は定期的に読んでいる銘柄(?)はないのですが、好みの特集が組んであるかどうか、ファッション雑誌は時々チェックしています。でもなかなかライフスタイル総合誌(含インテリア、ファッション)のような超ジャンル的雑誌はないものです。

東京ライフスタイルみたいな雑誌ですが、各人の好みから東京の文化が透けて見えるところが好きです。東京的おしゃれとは何たるものか勉強になります。なんかみんな意外にインドアだなって感じたり、カルチャーって何ってわかんなくなったり、もっとスポーツとかしたら健康的なのになんて観察できたり、iPhone使いこなしてるのかっこいいなって感じたり。でも、もっと感じることは意外に個性がないこと。トレンドが強すぎるのでしょうか。

適当に、手当たりしだいに部屋に“落ちてる”服を着たら偶然にもおしゃれだった、みたいなものを目指していきたいと思います。これが、自分らしさ?や、さりげなさ?なのでしょうか。


ちょっと大きめの本屋or個性的本屋なら置いていると思うので是非チェックしてみてください。

古着 の ジーンズ

最近気づいたこと。それは、ジーンズが好きだということ。


高校生の頃とかは新品のジーンズを持つとそれだけでうれしかったりしました。ジーンズはなんににでも合わせられる魔法の定番アイテムですもんね。でも特に古着のほうがいいのではないかと思う今日この頃なのです。そもそも新品のジーンズは高いように感じてしまいます。

ジーンズはサイズ感とダメージ感が2大インパクト(笑)だと思うのですが、両者を満たすものを新品市場ではなかなか見つけることができません。古着のジーンズはこうした点で比較的満足度が高くいいものを見つけることができます。この間はアバクロのジーンズも比較的安いお値段で欲しかったデザインを見つけられました。(写真を撮り忘れましたが続けます・・・笑)特にジーンズにおいては近年生産国が新興国に移転してきています。それ以前のものはアメリカ製が多く生地もしっかりしているのでアタリが出ても破れることなく味として長くはけます。パラドックスですね。古着は特に好きなわけではないのだけど、ジーンズはむしろ特に好きかもしれません。


ただこの考えを打ち破ってしまうトレンドがスキニーとサルエルパンツなのです。「トレンド」であるので古着市場ではあまり出回っていないことと、ダメージ感よりデザイン(サイズ感、シルエット)を重視すべきパンツだということが問題なのです。東京トレンドはよくわからないのですがこの2つのパンツは(将来的に)定番化できるほど素敵なアイテムだと思います。これらは新品を買うしかないのかもしれませんが、今のところ・・・です。


でもファッション全般に関してここ最近思うのは、あまり自己満足なのは良くないのではないかということです。僕の場合、特にあれが好きだとか言ってしまっているので良くないということになってしまうのですが、相手や集団、時と場合に従いながら、かつ周りを幸せにできるようなものを目指すといいのかもしれませんね。相手への気持が浮き出るような。でもそれは本当に難しいと思います。でも志す価値のあるおしゃれなのかな。


話は飛び飛びになってしまいましたがこんなことがふと頭に浮かんだので書き留めておきました。おやすみなさい。