さて、滝見の茶屋の横の池での光景。
注目すべきは、この真ん中に写ってる石です。
庭師って、こういう事をやりたがるんです。
ちなみに、私もやりたがります。
こういう、ちょっと良い(珍しい)石を置いて、「おっ!」と思わせたがるんです(笑)
六義園は、基本的には、本格的な大名庭園です。
こういう庭園は、遊ばないで直球勝負が基本。
自然のあるがままを尊び、人工的な部分を極力排除しようとします。
そういう庭は、素晴らしいのですが、やや遊び心に欠ける部分が出てくるのが否めないんですね。
この滝見の茶屋の横の池は、唯一、庭師の遊び心を感じます。
言い方を変えると、庭師のエゴといいますか、いかにも人造的な部分を感じます。
これをどう捉えるかは、恐らく人によって違うでしょう。
「細工しすぎている」と、嫌う人も当然いるはず。
しかし私は、この風景に、人間臭さを感じて、悪くないと思ってしまいます。
六義園は、つまりは、やはり「人が造った庭」なのだという、当たり前の事をふと確認させてくれるからです。
そして、それを確認すると、この広大な庭を人力のみで作りあげた、偉大な先人の努力に頭が下がるのですね。
