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コザのゲーム日記

ゲーム中心に思ったことをいろいろ書いていきます。
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ここ数年で爆発的に広まったツイッター。


何かツイートすれば瞬間的に自分をフォローしている人たちに伝えることができるという簡便さから、今では個人に限らず企業、団体なども多く利用しています。


中には就職活動中の学生に利用を必須とさせる企業もあるとか。


このツイッター。個人的にはどうも不気味さ、薄気味悪さを感じてしまいます。


「よりタイムリーになったコミュニケーションツール」と言えば聞こえはよいのだけれど、プライベートの垂れ流し状態になったという面も否定できないかと。


電車の中で平気で化粧をはじめる女の人とか、ぺちゃくちゃ大声で電話で話す人とか、そういうのを見たときの感じに似ています。


これが一般の人間ならともかく、たとえば名のある企業の、それもけっこう上位の役職に就いている人などもこのツイッターを使っていることにかなり違和感を覚えます。


個人としてやるならまだしも、堂々とその会社の人間であることを公表した上でやっている。宣伝の目的もあるとはいえ、それほど実のある内容でないものも多い。


企業の一員であることを公表しているなら、そこには当然パブリック(公的)な感覚というものが必要でしょう。


ましてや経営する立場に近い人間ならなおさらのことそれが求められるはずなのですが、このツイッターというものはそのプライベート(個人的)とパブリックの境界線を曖昧にしてしまう。そこに底知れぬ薄気味悪さを感じてしまうのです。


しかしツールとして考えればとても便利であることに違いない。おそらく今後はますますスピードをもって普及していくのでしょう。


それに比例して個人とパブリックの壁はより崩れていくのでしょうか。


皆さんはこのツイッター普及の現象をどうご覧になっていますか?


ソフトもある程度揃いだし、ようやく軌道に乗り始めた3DS。


今後ますますコンテンツが充実し、幅広く支持を集めていくのでしょう。


そんなところに水をぶっかけるつもりは毛頭ないのですが・・・。


どうもこの3DSからゲームキューブと同じようなニオイがするのですよ。


えーと、別に売上が失敗すると言うんではないですよ?現状の立場的にそんな感じがするんです。



前世代機のDSから性能も格段にアップし、サードパーティから発売されるソフトも増えている。しかし、ソフト内容を見てみると任天堂含め特に3DSならでは、というものをあまり見かけない。これまでヒットしたソフトの続編であったり、他ハードでも出せそうなものもけっこうある。印象としてはDSと一部PSPユーザーの新たな受け皿のような感じ。それが悪いと言うんじゃないんです。むしろこの1年でここまでサード製ソフトも充実させた任天堂の、これまで見なかったほどの努力に脱帽します。3DSユーザーも選択肢が増え、満足感が高いでしょう。


3DSが大きなウリにしている機能の一つは、もちろん立体映像でしょう。


しかしゲームをプレイする上で立体映像は必須ではありません。ソフトによっては立体映像の方が臨場感が出て楽しさが増すものもありますが、別に立体機能をオフにしたところで何の問題もなく遊べます。


ここに、3DSが見せる弱気を感じてしまうんです。


任天堂は、これまで発売したDSやWiiといったような、前世代と違った新しい機能、デバイスを搭載したハードを出した場合、必ずそれを使わせることで新しいゲーム体験をプレイヤーに提供してきました。


脳トレでは必ずタッチペンを使わせたし、Wiiスポーツでは必ずリモコンを振らせました。


64の場合は3Dスティックを使わせることで3D空間を360度自由に動き回れるようにしました。


そうしないと遊べないように作られているんです。


これは、ある意味ではとても強気な遊ばせ方とも考えられます。


ところが3DSにはそれがない。プレイヤーが任意で立体機能をオンオフできるから、強制はできないんです。


他の新たな機能に、ARやジャイロセンサー、カメラ、通信といったものもありますが、道具が必要であったり、環境面による制限があったりと、それらを生かした、または必須とするソフトは全体の数の中でもごく僅かです。


それらを考えると、現状の3DSというのは、前世代機のよいところを受け継ぎ、なおかつ性能もアップさせた、しかしながら前世代と比較してよく言えば安定感のある、悪く言えば冒険心に欠けるいわば優等生のような感じではないでしょうか。いまひとつ一皮むけ切れていないというか、トゲがないというか・・・。


そこらへんがゲームキューブと似たニオイを感じるんです。


しかしながらそれは3DSがそれだけとてもバランスの取れたハードであるということでもあるのでしょう。


ゲームキューブと明らかに違うのは、多彩な機能によって遊ばせ方の選択肢が増えている、ということ。


今後こなれてきたら、もっといろんなアイデアで各社さまざまな遊びを出してくるでしょう。


その中で「絶対に使わせてみせる!」という強気でやんちゃなゲームも生まれるのではないでしょうか。


個人的には3DSは通信がキモだと思ってますので、トモダチコレクションなどがどう生まれ変わるのか期待してます。


メタルギア・ソリッドを初めて遊んだのはもう十年以上前のことだ。


最初は学校の友達がプレイしているのを後ろでぼんやりと見ていた。


その当時はメタルギアという名前すら知らなかったから、「なんだか小難しそうなゲームやってんなー、俺には合わんゲームやわ」と思いながら画面を眺めてた。


この手のゲームは銃で敵をバンバン倒しながら進むもので、そういうのがニガ手な僕には合わない、と勝手に思っていたのだ。ゲームの舞台も工場みたいな無機質な感じで暗かったし。


ところがしばらく見ていたらなんだか様子がおかしい。友達は敵を倒すどころか極力見つからないように隠れながら進んでいく。「縛りプレイか?」って聞いたら「こういう遊び方をするゲームなんよ」と友達は言う。よくわからなかった。


工場の外は大量に雪が積もっている。歩くたびにザッ、ザッと雪を踏む音がする。


と、その時、敵が「ん?何だ?」と反応し、主人公のいる場所に接近してきた。


僕はなぜかその瞬間に「面白い!」と感じた。理由は今でもよくわからない。


敵を倒ながら進むという、一般的なゲームの中の約束事が、そのゲームでは破られている、それに新鮮さを感じたためだろうか。とにかくその一瞬のできごとが僕の心をとらえ、次の日にはメタルギア・ソリッドを購入していた。


ビビリゆえに心臓をバクバクさせながら見つからないように進み、息をもつかせぬストーリーの展開に仰天し、なんとか最後までプレイした時思ったのは、「誰がこんなすごいゲーム作ったんやろ?」


そしてそれが小島秀夫という人物に手がけられたことを知った僕は、彼が作ったゲームに興味がわき、彼が以前に監督を務めた「ポリスノーツ」という作品に出会うのである。


いつもの悪い癖とはいえ、また前フリが長くなってすみません。



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ポリスノーツ     


基本的には「コマンド選択式アドベンチャー」のシステムで作られている。


しかし、他の同システムのゲームと比較して明らかに違うのは、映画のような壮大な世界観と、練りこまれたストーリー、そしてそれを支えている緻密にして膨大なテキスト量。


テキストに関しては一体どれくらい用意されているのか測りかねる。一回のプレイではおそらくすべてを読むことはできないだろう。


たとえばこの手のアドベンチャーではカーソルを操作して画面内の気になるところをクリックすることで、その箇所の情報などを読むことができるのだが、このゲームの場合ストーリーに関係の無い、それも背景に完全に溶け込んでいてふつうならクリックされないような街路樹や壁に貼られたメモ書き、椅子などにもしっかりテキストが用意されている。しかも一つだけではなく複数用意されていることさえある。


クリックした箇所にほぼ反応が返ってくるのがとても楽しく、気になってやたらとあちこちをクリックしてしまう。アドベンチャー好きのツボをビシビシ押してくるゲームなのだ。今まで数々のアドベンチャーをプレイしてきたが、このゲームのように馬鹿馬鹿しいほど徹底的に作りこまれた作品には出会ったことが無い。


ストーリーも、小島監督らしく、ムービーシーンを挟みながら映画のように進んでいく。


主人公やそれを取り巻く仲間たちそれぞれの心理もしっかり描き、それぞれが悩み、悲しみを抱きながら、舞台となる世界の闇に挑んでいく。


小島監督作品ならおなじみのどんでん返しも用意されており、他のアドベンチャーとはレベル、規模において一線を画している。アドベンチャー好きとしては、コマンド選択式アドベンチャーの究極の形を見せられた思いだ。


メタルギアの一瞬のシーンから始まり、この作品に出会うことができた。


最初にPC-9821で発売されてから既に20年近くが経つが、今でもその凄さ、面白さは色あせることはない。

それがこの作品がまぎれもなく一級品であることのなによりの証なのだ。



現在ではPSのゲームアーカイブスにて600円!という安さでダウンロードできます。アドベンチャー好きの方はもちろん、重厚な世界観を持ったストーリーが好きな方もぜひぜひ一度遊んでみてください、名作です!









なぜ日本には海外ほどにGTAやスカイリムといったようなオープンワールドのゲームがないのだろう。


「宗教的、文化的背景が違うから」と誰かが言っていた。


それは大いにあるかもしれない。



GTAやスカイリムを作った会社はアメリカにある。アメリカはキリスト教圏の国だ。だからまずゲームを作る時、世界そのものを創造する。そしてその中に人、動物、モンスター、町や村、洞窟などゲームにおける素材を配置していく。まるで神がこの世界を創りたもうたように。その世界の中でプレイヤーは自分なりのやり方で旅することになる。その世界の中ではどう遊ぼうが自由だ。目の前のダンジョンを無視して別のダンジョンに行ったってまったく問題なくストーリーを進められる。つまり創造主の視点でゲームが作られている。気がする。


対して日本の場合はストーリーなどのバックボーンからゲームが作られている。人や町、村といった要素はそのコンテクストに沿って配置され、世界が作られていく。「段取り」と言ってもいいかもしれない。だからその世界に「段取り」を無視した要素はまず存在しない。すべては「段取り」において必要だから存在しうるのである。


プレイヤーもその「段取り」という名の神の見えざる手によって自らの行動の目的が決定される。


今プレイヤーがいる町で起きている問題を解決してやっと次の町に行くための「カギ」が手に入るのである。


ドラクエⅠの始まりのシーンを見よ。王の仰せになるお言葉を無視、あるいは否定するような邪な者は姫君を助けるどころか永久に王の間から出ることが叶わぬ。王のお言葉を聞き、目的を理解し、側近の兵士が語るように宝箱の中の鍵を使ってはじめて勇者は王の間の扉を開くことが可能となる。それができぬ者は神の見えざる手によって永久に王の間をさまようがいい。


だから日本のRPGは無駄な要素がなくきれいにまとまっている。「段取り」によって統治される世界だ。

森羅万象すべてのモノにカミが宿る日本人の宗教観があるからかもしれない。違うか。


どっちが優れていると言うんじゃない。作り方の違いだし好みの問題だろう。


とはいえ、単純に本格的な国産オープンワールドのゲームを遊んでみたいという気持ちもある。


それも和風テイストのやつ。


その世界は四季折々の美しい姿を見せる。


長い道のりの途中には茶屋があり一休みできるようになっている。


交通手段は徒歩もしくは馬、駕籠屋。


関所を越えるには正規以外のルートも使えるが厳罰覚悟で。


寺社仏閣などの建造物もしっかり再現。


侍として主君のために忠義を尽くすもよし、下剋上を為すもよし、気に入らない者をとことんぶった斬って悪の道を究めるもよし。


農民ならばこつこつと年貢を納め真面目に生きるもよし、仲間を募って一揆をしかけるもよし、家族や農作業を棄て旅に出るもよし。


つかまって牢屋に閉じ込められたら役人と牢名主への賄賂は忘れずに。


誰かそんなゲーム作ってくれませんかぁ?










小さいときは親が厳しかったのもあって、なかなかファミコンを買ってもらえなかったんです。

よく友達の家で遊ばせてもらったりしてたんだけど、やっぱり好きな時に好きなだけ遊びたいから自分のファミコンが欲しくなる。親を口説きまくってようやく買ってもらえることになったのは、既にスーパーファミコンが発売された翌年の91年だったんですよ。


とはいえ、やっと僕も憧れのファミコンを手に入れることができる!という当時の感動と興奮はすさまじいものがありました。親に連れられ近所のおもちゃ屋さんに。


しかし、いくら欲しかったファミコンとはいっても、ソフトが無ければただの箱。


親は「4000円くらいまでのならいいよ」


うーん、4000円かぁ・・・。


ファミコンソフトといえども、新品は5000円くらいしてたんです。ましてやそこは田舎の小さなおもちゃ屋。品数も豊富ではありませんでした。


そこで店のおばちゃんがセール中の4000円くらいのソフトを選んでくれたんです。


「ボクゥ~、この二つはどうかなぁ?男の子に人気のゲームなんよおぉぉ。どっちにするうぅぅ?(猫なで声)」


おもちゃのことならベテランであるおばちゃんチョイスのソフトとは、











            

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                            ドラゴンクエストⅣ




               と、





            

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                           キテレツ大百科

           


いやいやいやいや、これはもう悩む余地はない、一択だろう。と皆さんも思われるでしょう。まったく同感です。僕は何の迷いもなく選びました。





   キテレツ大百科を。





いやね、その当時RPGというものにまったく触れたことがなくって「なんだか難しそうなゲームだなぁ」と、あまりいいイメージを持ってなかったんですね。


で、キテレツは漫画もアニメも見て知ってたし、前からCM見て面白そうだなぁと思ってたから当時の僕には迷いはなかったわけなんです。



で、このファミコンキテレツ大百科。今から思えば開発者の脳みそが奇天烈なんじゃねーか?っていうくらい鬼仕様というかはっきり言ってクソゲーでして。



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よくある横スクロールアクションなんだけど、敵を踏んで攻撃する時の当たり判定はひどいわ、そのくせ敵の攻撃はしっかり当たるわ、回復アイテムはまれにしか出ないわ、とにかくいろいろヒドイ。

またコロ助とかおなじみのメンバーを連れて動けるんですが、この連れてるキャラだけが穴に落ちたりしてもライフ失うからタチが悪い。世界観だってキテレツのキャラを使ってるだけで全然キテレツらしくない。


そんなゲームでも当時はキャッキャッ言いながら楽しんだもんです。幼いころはどんなクソゲーでも、なかなか買ってもらえなかったからそれなりに楽しんでたんですね。


そして月日は流れ、プレイステーションが発売された94年12月。

ついにスーパーファミコンを買ってもらえることになりました。


どうも僕は一世代遅れているのかな、と思いながらも大人気のスーファミを買ってもらえる嬉しさにそんなモヤモヤなんか吹っ飛びます。


しかも今度は値段関係なく何でも好きなソフトを一つだけなら買ってもらえるというオマケつき!

僕のテンションは最高潮に達します。


そして選択肢は当時最新作の二つに絞られました。数年を経てまたしても運命の分かれ道がやってきたのです。






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                  スーパードンキーコング





               と、







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               ドラえもん3 のび太と時の宝玉



・・・いや、僕だってこの数年いろんなソフトで遊んだんですよ。さすがに学習してるわけですよ?

だから選びました。




















     ドラえもんを。


どうも僕は藤子キャラクターに弱いようで。

ただこの時はけっこう悩んだんですよ。

一つはCMもバンバン流れて、きれいなグラフィックをウリにしたゴリラのアクションゲーム。

もう一つは誰もが知ってる国民的キャラクターであり僕も大ファンだったドラえもんのアクションゲーム。


悩みに悩みぬいて結局ドラえもんにしました。

当時ゲームは好きだったものの、ろくにクリアーできたソフトがなく、ドンキーはなんか難しそうだったけど、ドラえもんならなんとか終わりまでいけるんじゃないかなと思ったことも理由の一つでした。


で、結果はキテレツの時と同じだと思うでしょ?


これがなかなか楽しめたんですよ。ドラえもんの他にもキャラ操作できて、ストーリーもドラえもんの世界観を大切にした好感のもてる出来でした。キャラゲーにしては良作。ただ一回クリアーしたらもう十分。



まぁ、要するに何が言いたいかというと、今はいろんなゲームの情報が手に入ってありがたいなぁってこと(笑)