あー、こんなことなら僕もちっちゃい頃フライパン山にドラゴンボール探しに行けばよかったな。
そんで牛魔王に頼まれてチチを迎えに行けばよかったな。
そしたら大人になってからなんの苦労もせずに伴侶ができたのに。
たまたまかつてのバイト先であったコンビニの前を通り掛かったら、店の前にひときわ目を引く看板が出ていた。
「店長が替わりました!」
巨星、墜つ。
ああ、あの夏の日々が、次々に眼前に浮かんでくる。
店長に叱られたこと。
店長に怒られたこと。
店長に怒鳴られたこと。
店長に中傷されたこと。
店長に侮辱されたこと。
店長にイヤミを言われたこと。
店長に罵られたこと。
店長に罵倒し尽くされたこと。
店長に「バーカ」と言われたこと。
店長に人格を否定されたこと。
店長とお局から陰湿な言葉責めを受けたこと。
店長の舌打ちの回数が早朝の三時間だけで三十回を超えたこと。
点検に来た見ず知らずのガス会社の人に「聞いてない」とガチギレして、青すじを立てながら怒鳴り散らし喚き散らす店長の姿を見て、「あ、俺が悪いんじゃないんだ。この人がおかしいんだ。」と思ったこと。
一度、かわいい女子大生がバイトで入ってきたけど、翌週にはもういなくなっていたこと。
店長が怒り狂い、それをお客さんが宥めようとしてくれたけど余計に店長の怒りを逆なでする結果になったこと。
ふと気付くと、よく裏で店長が寝ていたこと。
でも店長が寝ている間が天国だったこと。
「短い間でしたけど、お世話になりました。」と別れの挨拶をしたら、「カップ麺のとこだけはやっといて。」と挨拶をガン無視されたこと。
他にも数え切れないくらい、素敵なことがあった。
そして、そんな日々の中で、僕はまさよと出会ったのだ。(脳内で。)
店長、お局、屁フェチの先輩、一週間で辞めた女子大生、そして、まさよ。
たった四ヶ月の短い間だったけど、素敵な仲間達と過ごした、素敵な時間。
そんな思い出の場所も、あっという間に変わっていってしまうものなのだなと、切に思う。
僕らはそうやって、いつも、あの日の自分にさよならを言いながら、前に進んでいっているのかもしれない。
寂しいけれど、それがきっと、生きるということなのだ。
新店長はとってもいい人そうである。
3482955人中21799位って、けっこうすごくね?
いやあ、読者のみなさんのおかげですよ。
ありがとうございます。
そんなに読んでくれてる人がいるなんてありがてえなあ。人気者になったものだなあ。うふふ。
でも僕は、別に世界中の人々から愛されるスターになりたいわけではないのです。
僕を好きでいてくれる彼女がたった一人でもいれば、それでいいのです。
そんなことを思う今日この頃。
あ、すいません、やっぱなれるならスターにもなりたいです。
酒井流宗家サカス先生とメールをしていて色々と考えさせられるところがあり、サカス先生が僕にかけてくださるポジティブな言葉とは裏腹に独りでネガティブな思索を募らせ、今では遂に、僕は女に惚れたことはたくさんあるけど、女に惚れられたことは一度もないのではないか、などという恐ろしい疑念が胸中に渦巻いてきております。
ちなみにサカス先生は、二人きりで食事に誘ってくれたり相合い傘をしてくれたりと猛烈なアピールを受けてこれはもう告られ待ちだと思っていた女の子に彼氏を紹介されるという凄絶な経験をしている天下のヤリチンであります。
また先生は、酒井流恋愛術を大成させるべく大学で「恋愛学」の講義をとろうとして選外になったほどのお方です。
そんな恋愛の師、サカス先生のヤリチン語録。
「だからー、likeが様々なアプローチを経てloveに変わるんさ。」
素敵すぎる。サカス先生素敵すぎる。「るんさ。」ってとこがすごい。素敵すぎる。さすが酒井流恋愛術を極められた方です。
でもこんな素敵なサカス先生は人生に「華やかさの欠片もない」と嘆いておられます。
こんな立派な先生が不遇であるというのは、やはり社会に何か歪みがあるとしか思われません。
誰かサカス先生の彼女に立候補される方はいないのですか?
歪みを是正しようという志のある女性はいらっしゃらないのですか?
そういう志のある方は、僕の彼女にもなるべきだと思います。
今日は雪の予報が出てたから何をして遊ぼうかとわくわくしてたのに、雨。
行きの山手線に傘を置き忘れる。
でも昼頃にはなんか小降りになってたので、まあこんくらいなら大丈夫かなと思っていた。
彼女ほしい彼女ほしいと軟派なことばっか言っていたら、気付いたら卒論がやばそうな雰囲気に突入しつつあるので、今日は授業後に図書館に篭って関係書籍を漁ることにする。
必要っぽい本が11冊もあり、生まれて初めて本を10冊以上借りる。
午後七時半。
図書館から出ると、雨、全盛。
しばし図書館の入口で途方に暮れる。
でもいまさら借りた本返しにいくのもかったるいので、クソ重い本を庇いながら走る。
なぜか横なぐりの大雨。
ずぶ濡れになる。
そんな折、母より家に夕飯はないと伝えるメールが来る。
タイミング悪し。
すたどんにビショビショになりながら駆け込み、すたどんを食す。
どんなときでも、すたどんはおいしい。
途中カサを購入し、なんとか家に戻る。
でもビッショビショなことにかわりはない。
ちなみに本もちょっと濡れた。
要は、今日はツイていなかった。
さっき明日は雪が降るとか言っていたような気がする。
明日に期待。
雪遊びしたい。
でも卒論も書かなきゃいけない。あと二十日。40000字。
あれ?大丈夫か?これ。
というわけで、今日も取り留めのない話しか書けないような一日であった。
あ、タイトルに意味はありません。
ただ、朝からものすごく我慢しててようやくうんこができたときなんかは、こんな気持ちになるのでしょうね。
いやあ、女神はいる。女神はいるね。
世の中捨てたもんじゃないね。
心の美しい善意の女性というのは確実に存在してるね。
そんなわけで、手帳が手に入りました。
おお、僕の女神様、ほんとありがとう!
さて、そんな女神様との思い出はとりあえず僕の心の中の宝石箱にしまっておくとして、僕は本格的に自分の方向感覚がヤヴァイ気がしてきた。
手帳も手に入り、あとは電車に乗って帰るだけという段階に至って、僕は案の定横浜駅の構内でまた道に迷ったのだ。
もうお約束である。うんこである。
いや、道に迷うまではまあ仕方がないとしても、その後なげやりになるのが僕の性格のいけないところだと思う。
つまりは、「あー迷ったー道わかんねえ、もういいや適当に歩いてみよう」的な気分になるのがよくないと思う。
その結果、迷ってもちゃんと道調べればわかったはずなのに本格的にわけわからんところへ行ってしまうのだ。
結局、今日僕は迷いに迷ってわけがわからなくなった結果、「よし、ランドマークタワーを目指そう」という結論に達し、とりあえずランドマークタワーへ向けて歩くことにした。
まあランドマークってそういう意味だしね。地上の目印って意味だしね。
ランドマークタワーには、20分ほどで到着し、(あ、ちなみに出発地点が桜木町だったので、僕は引き返した形になる)これで晴れて桜木町駅から家路につけるかと思ったその時、僕の視界に、ある看板の文字が飛び込んできた。
「山下公園↑」
こ、これは…!
あのカップルがいちゃこらくちゃこらするために存在しているという噂の山下公園ではないか!
今まで、同じ横浜市だし庭だ庭だと思っていた山下公園だが、よく考えると幼き日に一度か二度行ったきりで、むぁっったく知らないに等しい状況だったのだ。
そりゃそうだ。来る理由がないからね。
そこで、いつか彼女と訪れる可能性が万に一つくらいはないとも限らないので、僕は後学のために山下公園に行ってみることにした。
しかし…。
山下公園、遠っ!!
「山下公園↑」って看板からどんだけあんの!?
その矢印何キロ分!?
結局、「ちょっと山公(山下公園)寄ってから駅に戻るわ。」的な土地の人っぽい気分でヤマコー(土地の人っぽい略し方な気がする)を目指した僕が山下公園に着いた時には、日は傾き、桜木町の駅は遥か彼方のビル群の一角と化していたのであった。
それにしても、山下公園。
何の変哲もないただの公園ではないか。
一体なにを求めて世の中のカポーどもはここに群れ集まってくるのだろう。
恋人達の聖地に、そんなカピカピになったご飯みたいな無味乾燥な感慨しか抱くことのできなかった僕だが、冴えていたのは、山下公園を出たとこに中華街の看板があるのを発見して、「関内が近い」ということを察知したことである。
つまり、僕は結果的に横浜駅から桜木町駅を突っ切り関内駅までを踏破したのである。
しかし、自分が関内まで歩いてきたことを察したまではよかったのだが、「近い」だけでどっちの方にあるのかまでは察知できなかった僕は、それから約一時間、関内の駅を捜し求めて歩き回る羽目になったのであった。
完全に病的な方向音痴である。
てか人に道聞きゃあいいのに、土地の人ぶって余裕ぶっこいたフリをする僕は、真正のイナカモンである。
その後、紆余曲折を経て献血センターに行き着きなぜか400ccの全血献血をして帰途に着いた。
献血は初体験だったが、もう今日はずいぶん書いたので詳細は割愛しようと思う。
世のため人のために自らの血を捧げているのだという崇高な気分になったということだけ、初体験を記念してここに記しておこう。
ちなみに針は思ったよりぶっとかったが、痛くはなかった。
さらに詳しい話が聞きたい人は、僕が1時間でも2時間でもたっぷり語ってきかせてあげるから連絡しなさい。
さて、そんなこんなで僕がおうちに帰ってきたのは、なんと8時である。
午前11時に桜木町を出発し、手帳を買い終わって横浜駅で迷い始めたのがたしか午後1時半頃。
家に着いたのが午後8時。
約6時間もの間、僕は歩き回っていたことになる。
もう大冒険である。
あんなちょっとのエリア、世の中のカポーたちがくちゃくちゃしながらでも回りきれるようなエリアを、僕は午後の全てを費やしてガチで道に迷っていたわけだ。
なにこれ。なにこの人。
どうでもいいが、今日はズボンのチョイス間違えたなあと思う。
毎日新聞横浜支店のガラスに映った自分の姿のダサさに脱帽した。
いや、帽子はかぶってなかったけどね。心の帽子のことね。
まがりなりにも横浜歩くんだし、もっとカコイイずぼんはけばよかった。
ズボン買お。