Volare! Oh, oh!!

Volare! Oh, oh!!

賑やかなタイトルとは裏腹に、まったり書いています。

 8月上旬の内視鏡検査で腫瘍が見つかりました。

 病理検査の結果を待って正式にガンを告知されたのが内視鏡検査の約10日後。

 病気が発覚する前に既に夏の帰省を計画していたため、医師やコンサルタントに相談し確認をとってから、予定どおり日本へ飛ぶことにしました。当初は、行きも帰りも1人旅の予定でしたが、こちらに来る予定のなかった夫も急遽休みを取り、弾丸で日本に来てくれて、一緒に居住国に帰ることができたのは本当に心強かったです。

 

 「手術の3日前には自宅に戻っていたい」

 と体調管理にナーバスになっていた帰省中。

 途中台風の上陸の心配もしましたが、9月某日、無事帰国便に搭乗できました。

 離陸後ひと息ついたところで機内WiFiに繋ぎ、メールやSNSをチェックすると、あるニュースのヘッドラインに息をのみました。

 

 同病の著名人の訃報でした。

 

 言葉にならなかったです。

 まさに「絶句」という感じ。

 機内の周囲の声が遮断されたかのような錯覚。

 

 同郷。

 同病。

 同年代。

 

 その方の訴えることに共感することが多く、支持していた政治家でした。

 

 亡くなる前年の春に病が発覚。

 かなり進行した状態だったそうです。

 それから約1年半、果敢に闘病された、との一報でした。

 

 

 その訃報を目にした数日後に私は手術台に。

 

 「これまでの人生、十分すぎるくらい幸せだった」

 

 告知されたときにそう思ったけれど、手術当日の朝、病院へ向かう車のなかで、「頑張って生きなければ」と覚悟を決めることができたように思います。

 

 私自身は、術後の経過は順調です。

 未だ体調に波はありますが、体力も戻り、術後の機能に順応してきたのを実感します。

 病気の回復段階にあるのを忘れてしまうほど快調な日も増えてきましたが、油断せず、無理せず、全快を目指そうと思います。

 先日公開したブログで、9月にガンの手術を受けたことをお話しました。

 たまたまアメブロの「投稿ネタ」を見ていたらタイムリーなお題が目に留まったので、短いですが記しておこうと思います。

最近の痛かったこと

 その日の朝イチの手術となり、9時すぎに付き添いの夫に「あとでね」と告げて手術室へ歩いて移動。

 準備室ですでにメガネは外していたので視界は最悪。

 転んでしまうんじゃ...と気が紛れて逆によかったのかもしれません。

 

 手術台にも自分で「よっこいしょ」と。

 左手甲に麻酔用の管が挿入され

 「いよいよか...。あ、ちょっと待って!」

 と、下着をつけていないガウンの裾から局部のポジション直し。

 そして気がついたら手術は無事終了していました。

 手術室で起こされたのか、術後の処置室(回復室)だったのか記憶は定かでないですが、何度も起こされては「Thank you」とだけ返答して、病室に移されたあたりで意識がハッキリしてきました。

 

 手術直前に触れた下腹部の違和感が覚醒の一番の理由です。

 

 

 術前に説明は受けていなかったんですが、一時的に導尿カテーテルが挿入されていました。

 手術直後にトイレに立つのは無理だから仕方ないとはいえ、尿瓶のようなものを使うと思っていたので、目覚めたときの下半身の状態に一番驚いたのでした。

 

 その日は強い痛み止めでぼんやりとしたまま次の日の朝。

 手術翌日から歩行練習をするとのことで、それを前に看護師に

 「自分でトイレに行きたいので、可能なら導尿管を除去してほしい」

 とお願いするとすぐに処置してくれました。

 

 が、それが痛いのなんの...。

 

 「ぐわぁぁぁ!」

 

 と呻きました。

 看護師さんは「Sorry!」を連呼するも、顔は苦笑い。

 ニュルン!シュポッ!と抜けて涙を拭いて深呼吸し、ふと

 「抜くときがこれだけ痛いなら、もし麻酔なしで尿道口から挿入していたらどれだけの激痛だったんだろう」

 と考えてしまって、ゾッとしたのを覚えています。

 

 手術日を含め4泊で退院しましたが、その後10日間ほど排尿時の下腹部の鈍痛に悩まされました。

 手術自体は全身麻酔で、しかも腹腔鏡手術だったので回復も早く痛みも強くはなかったですが、導尿カテーテルだけは二度と経験したくないです。


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 8月に受けた検査でおなかに腫瘍が見つかりました。

 検査後すぐに医師から説明があり、

 「病理の結果を待って正式にお話するけれど、悪性でほぼ間違いないでしょう」

 と、当日にあっさりガンの告知を受けました。

 映画やドラマで見るような劇的な感じはまったくなく、医師が淡々と説明することを聞き洩らさないようにしていた記憶。

 とはいえ、やはり動揺しているのにも気づいていました。

 「なにかご質問は?」

 って急に言われてもね、なにを聞くべきなのかがわからない。

 聞いたとしても、精密な検査が済んだわけではなく、腫瘍が見つかった段階に過ぎず...。

 

 人生の大きな岐路に立たされたんだな、と思いました。

 けれど、大きく悲観することもなかったです。

 

 すぐに造影剤CTで転移の有無を確認。

 検査から2週間後に病理の結果も出て、手術が決まりました。

 病理の結果を伝える電話があった週は、実は日本に帰省することが決まっていたんですが、緊急で手術を受けなければいけない場合は渡航はキャンセルしなければならない。医師に聞くと、

 「数週間でどうにかなるわけではないですよ」

 とのこと。おかげで親には、電話ではなく、会ったときに直接自分の口で伝えることができました。
 戻ってからの手術・治療の詳細を把握して渡航できたのも幸運だったと思います。

 

 

 日本にいる間に祈祷もお願いしました。

 家族や友人のためでなく自分の病気平癒の祈祷を...というのは初めての経験。

 友人にも
 「すがれるのは神社仏閣と担当医だけよ」
 と言われ、暦をみて最適な日を定めて日取りを決めました。

 

 約2週間の日本滞在から戻り、数日後に手術。

 腫瘍摘出は腹腔鏡手術で行われました。

 約4時間だったと聞きます。

 手術当日を含め4泊5日で退院。

 その後は自宅で療養しています。

 

 術後経過は順調です。

 

 細々とですが続けてきたブログでどこまでパーソナルなことを晒すか、正直少し悩みました。

 「闘病ブログ」とカテゴライズされたくない思いもあり、躊躇う気持ちがあったのです。

 けれど、嘘をつかないのであれば「(自分が話せる範囲内のことならば)話したほうが心の健康にもいいんじゃないか」と思い、ブログに記すことにしました。

 

 自分を見つめなおすきっかけ...なんでしょうか。

 自分を労り、しっかり守っていこうと思います。

 退院して自宅に戻り、「はらまき」をネットで購入しました。

 引き続き口にするものに気をつけていかなければ。
 とかいいつつ、術後1カ月のお祝いにアルコールも解禁したのでした。

 上からとはいえ見下してるわけではなく…。

 正しくは「見おろす」ですね。

 

 諸用でイタリアに行き帰路はパリ経由。

 ミラノからの直行便はあるのだけど、この日は経由便のほうが都合が良かったの。

 

 パリ着陸少し前、上空からパリ市街地を見ることができました。
 

 そして小さくてもはっきりわかるエッフェル塔も。

 

 エッフェル塔は「見上げる」かたちで拝むものだったので、ものすごく新鮮でした。

 

 このときは機窓からの夜景。

 いつかお金を貯めて東京上空をクルーズしてみたいです。

 

 ブログはお久しぶりでした。
 生存報告的にブログ更新してみました。
 

 その昔「十年愛」というドラマがTBS系で放送されてね。

 田中美佐子さん、ダウンタウンの浜田さん。

 そしてミュージシャンの大江千里さんらが出演したドラマ。

 今回のブログのタイトルを真似させてもらいました。

 

 先月末、夫と出会って30年の記念日を迎えました。

 

 

 1995年の1月、阪神淡路大震災が起こってさほど経っていない時期。

 スマホはもちろん、ネットも普及していなかった時代でした。

 同性同士の出会いの定番はバー。

 大阪・梅田、堂山のバーで隣に座ったのが私たちの出会いです。

 

 最寄り駅が同じという偶然も重なり一緒にお店を出た記憶が。

 

 

 その後紆余曲折を経て恋人同士に。

 当時彼は留学生で一度国に帰らなければならず遠距離に。

 1年の遠距離恋愛を経て彼が再来日。

 私の学業修了を待って今住む国に2人で移り住んだ、という感じです。

 

 移住するにあたってそれなりの覚悟はしたけれど、まさかこんなに長くここに住むことになろうとは、当時は全く思っていませんでした。

 

 けれど、どこに住もうとも、

 「この人となら生きていける」

 ということだけは確信していたと思います。

 

 2人で家を買い、法制度が整ったタイミングで結婚。

 お互い病気もしたし、互いの家族にも変化がありました。

 念願だった犬も飼い始めました。

 2人の生活に新たな息吹をもたらしてくれました。

 

 昨年末から年始にかけて日本で過ごした際、懐かしい場所を少し歩きました。

 出会ったバーはもうなくなっていましたが、お店が入っていたであろうビルはそのまま。

 写真を撮りたかったけれど、人が多かったので自重しました。

 

 

 梅田のスカイビルからの夜景です。

 こうしてみると、大きな街だなぁと思いますね。

 

 「あの日あの時あの場所で出会わなかったら」

 

 って陳腐な言い方だとわかっているんですよ。

 でも実際そう思ったんだもの、仕方ないよね。

 

 

 30年の記念日は旅先で迎えました。

 これからもいろんな景色を一緒にみていきたいものです。

 

 しかし2人とも歳とったわー。

 昔の写真見返すと、面積/体積の違いに絶句します。

 夏に向けて、頑張って絞ります!