生きていれば、様々な事に遭遇する。

無論、良いことばかりではないし、逆でもない。

言えるのは「必然」だということ。なぜ?

「その事を起こしているのはあなただから」である。
人が人生を生きるのは、「自らを成長させ、あらゆる有限の中に無限を知り、自らが無限となる為」である。

神は人の中にある。

それは「永遠に発展し続けようとする意思」であり、「進化を遂げようとする志向性」である。
人の本質がそのものであるから、人は「心もからだも成長する」のだ。

そして様々な課題は、「成長の為に必要な課題」であって、「必ず乗り越えられる課題」なのだ。

なぜ乗り越えられるか?それは「与えたのがあなたなら、答えはあなたのなかにある」から。

だから、試練から逃げてはいけない。
あまりにも時間に囚われすぎている。
時間軸は「現世に於いて便宜上設けた概念」である。
それが「永遠でないと思うから、自らの人生を有限化することになるのだ」

私は前歴者である。

正直一度、人生は終わったと思っていた。
だから神に「必要ないなら殺してくれ」と願ったのだ。

しかし、神は私には今までの人生を振り返らせ、反省させ、やり直せることを信じさせ、そして「全てを失ったと思っていたものが、そうではなかったと気づかせてくれたのだ」

死は再出発の儀式ではある。だが、現世で学ぶべき何かを学ばずに、安易な死の選択は「課題を繰り返すだけ」である。

あらゆるものが繰り返し、より深く、より高くなっていくのだ。

我々は未知半ばにある。
毎日が繰り返すが如く、人生もまた繰り返す。

一般的には人生は一度きりだと考えられている。

しかし、それでは説明できないことがあまりに多い。

例えば右の道と左の道。あなたはどちらかを選択して進むか、どちらも選択せずに立ち止まるかを選択するしかない。
選ばないことはできない。選ばないことは「立ち止まる」ことを選択して、その表現を変えただけだ。

どうするか?

普通に考えるなら三者のどれかを選ぶだろう。それは正解である。

しかし、実は選んだ道を変更することも可能なのだ。それも、何度でも。私のように離婚しても再婚できるように、挫折したと思っても、やり直しができるのだ。