面影四十八手 その二十六
幾年かまえ、風流研究家のFさんと仲良くしていただいた時期があった。今でも忘れないが、「嗚呼、十億損しちゃった♪」とさらりと云いのけた男である。そのさらり感が、今おもいかえすとまことに風流であったとおもわなくない。もともと風流とは「ふりゅう」であり、山の景色そのものであったという。つまり、山の風に神を視ることが、まさしく風流であったのだ。
ところで、太古は山それ自体があの世であった。したがって、山登りは死そのものを意味したし、山から帰還すれば、それはもう神の遣いとして視線を向けられた。しかし、この世のサトが大きくなればなるほど、あの世のヤマは肩身がせまくなってゆく。事実、神社なるものは大概、山麓につくられていたのだけれども、時を経るにしたがって、頂に追いやられているケースが少なくない。山麓と山頂に神社があったのならば、通常は山麓のほうが古い神なのだ。風にも様々な種類のものがある。その風のなかから、麓のものだけを選びとり、身をそこに託すのが、たしかな風流だったのである。