所作四十八手 その二十二
流行を追う者は流行とともに滅ぶという有名な言の葉がある。これを聴いて納得する者は、昔からある不動なるモノコトを求め、裡なる声を聴くようになる。たしかに素晴らしいことではあるが、裡なる声や軀の声を聴くといったときに陥りやすいのが、言葉でもって、裡なる神を訊ねる
といった方法になる。言葉以外の世界のほうが多いと言葉で理解したがために、言葉でもって裡なる宇宙を探索しはじめる。無論、でてくるのも言の葉となってしまう。要は、言語身体の往復にしか過ぎないのである。もともと軀に聴くといった類のものは、このような理論的な方法のことをさすのではない。例えば、難破する船には鼠は乗らぬといった予言的なものは、言の葉では難しいということなのだ。ではどうするか。言の葉を経ずに軀に訊ねればよい。二三紹介しておくので、もしよろしければ、お試しあれ。
・三脈:
両耳したにある脈と左手首の脈を同時に指ではかり、脈が同リズムであれば、行ってよし。
・筋射:
ひとり握手するように指と指をあわせ、右腕と左腕をひっぱりあう。互いに離れなければ、行ってよし。
・頭観:
後頭部を内観し、できれば眼をイメージする。その眼が寄れば、行ってよし。
要は、リズムとタイミングの察知ということになるのだが、それは言の葉から開放された軀のみが事前に識り得るべきもので、このような所作が静かにできる者を勘がよろしいと云うのである。言の葉を追う者は、言の葉とともに滅ぶ。それでは。