弱き四十八手 その十三
過日、父から世界遺産と題された写メが送られた。静岡からの富士であった。ところが、同時刻、私はその富士を上から眺めていた。場所が異なる観測者が同じものを偶然に視るという、なんともアインシュタインあたりが好みそうな状況であったわけである。富士を視て、富士というひとつ名しかおもいつかぬ身体からは、もはや想像力は期待できないというのはイシス編集学校の視点である。つまりは、不二の富士に不時着せよ
といったところなのだ。世界各地の観測者が最も見惚れているものは、月以外に考えられない。バラバラの眼球が多様な角度から、ひとつの球体を眺めているのである。野暮な太陽ではこうはいかない。ともに愛でるべきは、不二の乱反射なのだ。あゝ、愛し藤。