『高堂巓古 Officia Blog』 -76ページ目

軀の生成意味論 その三十七

 軀というのは人の縁と似たようなところもあって、「えっ?そことあそこが繋がっているの」というような不可思議なことが少なくない。例えば、有名な話であるけれども、首という漢字がついている部分を痛めると、他の首という漢字がついている軀の部位がかたくなったり、肉が骨と癒着しはじめる。だから、首がはって辛いという方の乳首もほぼ例外なく凝っている(笑)。日本語の漢字感覚というのは、実に素晴らしいものがあるのだ。少しマイナーな話をすると、過日の合宿で、腰が痛くてテニスができない生徒の足を眺めていると、いつもより右足の薬指がどうも元氣なく垂れている。


腰を痛めたりすると、足の薬指(第四指)が不可思議なことに縮こまったりするのだ。


 まあ、温泉などにつかなせながら、足の指に刺戟を与えさせていたりしたのではあるけれども、スピリチュアル的に申しあげれば、足の第四指は人間関係を表す。特に右側は外的な部分を表すので、おそらく過去における人間関係にまだ厭な記憶があって、それが指を垂れさせ、あげくの果てに腰痛をひきおこしたと視ることができる。あるいは逆に、もともと怒りを表す腰という部位が痛まることによって、足指にもその表現がでたと視てもよいだろう。いずれにしろ、このような方の場合、過去の人間関係、あるいは左側の第四指も元氣がないようであれば、現在のトラウマもとりはらわないとならない。

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 宮本武蔵は五輪書に指は心持ち浮かせるようになる所作をたしか書き残していたと記憶しているけれども、足指というのはスピリチュアル的に上向きになっていたほうがよろしい。このような話をすると、がんばり過ぎてしまって、指が反りかえるようなところまで力み、地に指つけまいとする方もおいでになるが、そのような足姿は夢想家に多い(笑)。何事もほどほどになさったほうがよろしいのではないだろうか。