お薄四十八手 十服
だいぶ以前から矯正視力なるものに違和感を憶え、永くコンタクトレンズをしていない。無論、眼鏡もほとんどかけない。見えていることは視えていることにならないのと同様、見えてなくとも視えるものがある。視力が悪いというのは、ただ単に焦点があうまで時間がかかるというだけに過ぎない。それよりも問題なのが、衒(てら)った視力というもので、こちらはやはり眼に視えぬズレが生じるような氣がする。茶道で先生に見えてないことがわかってしまったのは、先月のことであった。炭手前でカンを釜につけるとき、私の触覚が未熟なため、なかなか入れることができなかったのだ。台風まえの今日の軸は、遠山無限碧層々
で、雪底老師のお筆であった。そのしたには、こちらも雪底老師が書かれた「雲」の花器にミズヒキとホトトギスが活けられており、こちらを眺めていた。日本文化の根底には共鳴藝術が流れている。その多くは背骨で視ることを軸とする。床の間の花と共鳴したいのであれば、背骨でホトトギスを視ればよい。自分の裡を眺めてゆくうちに、そこにあるはずのホトトギスが消える瞬間がある。そのとき、私はホトトギスであり、ホトトギスが私である。その身のうつろいを愛でるのが、日本の躾というものであった。茶室を辞するとき、奥様に遠山無限碧層々を高校生にきちんと教えなさいと云われたのだが、肝心の私がそんな壮大な山々とまだ共鳴できていない。背骨で視れば花は消えるが、山は消えないだろうという小さい視野に縛られているからだとおもう。台風一過、高校生に「なんであのおじさんは何も見えてないくせに、ボールが返ってくるんだ」とヤジられながらテニスレッスンする日々がはじまる。